居眠りバクの音楽回想

チェンバリスト井上裕子の音楽エッセイブログ。

バッハ崇拝

2011-01-16 05:38:16 | エッセイ
この真の芸術精神があればこそ、
バッハが己の偉大にたいして崇高な芸術様式に、
大きな全体を構成している個々の部分のきわめて繊細な優雅さと最高の正確さを
~この場合普通にはただ美しさだけを狙っているような作品の場合ほどには
 必要だと考えられていないその優雅さと正確さを~
結びつけたのであり、更にまた、その真の芸術精神があれがこそ、
彼が、大きな全体の個々の部分に最高の正確さにおいて
少しでも欠けるところがあるときには、
その全体が完全なものになり得ないと信じたのであり
つまりは、その芸術精神があればこそ、偉大さと崇高さを求める彼の天分と
基本方向にも拘わらず、時には陽気に、戯れさえしながら
作曲し演奏し、しかもその明るさと戯れは
賢者の明るさと戯れだったのである。

        フォルケル著「バッハの生涯」より第11章 バッハの精神

 これで、一文。長いです。
 言いたいことは、一応分かるけれど

 「最高の正確さ」ってどういうことだろう。

※ただ美しさを狙っているような作品ほどには必要でない優雅さと正確さ

崇高な音楽には、ただ美しさを狙っている作品よりも
「優雅さ」と「正確さ」が必要でない・・・というのは変な考え方です。

「正確さ」というのが何を指すのか・・・
「的確に表現されること」?

バッハ崇拝的な要素の強いフォルケルの伝記。
彼自身も音楽家で、その素晴らしさが理解できてこそ
この文章なのだと思うけれど
やっぱりあまりにも賛辞の言葉が過剰で
時々、「???」とびっくりすることがあります。  
 





  
 


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