「あ~、うんうん…そう。わたしはねー、もちろん賛成なんだけどー」
陽あしの長くなった太陽が西の窓の隅に落ちかかる頃、高町家のキッチンには香ばしい匂いが立ちこめていた。
声がのんきに間延びしているのは、慌ただしい夕刻を過ごす会話主の動作にほんのひと休みすら許されないからだった。
高町なのはは夕餉の準備に忙しかった。
地球で言うところの携帯電話に似た、音声通信だけの折り畳み式端末を小粋に肩と頬で挟んだまま、鮮やかな色合いの人参に包丁を入れている。
大きめの角切りなので、視線を定めなくとも大ざっぱに切ればいい。オレンジいろのサイコロが、まな板から湯だった鍋のなかに、ことり、と滑り落ちていく。同じ方向に首を傾けているのが苦であるのか、電話機を右から左に持ち替えて途切れなく作業は続く。
皮を剥がれたじゃがいもは、水に浸してアクを抜いておいた。そして、涙目防止策としておなじく水に晒しておいた玉ねぎも。手頃なサイズにカットされて、てきぱきと放り込まれていく。
大きいわりに軽くて扱いやすいこのホーロー鍋は、つくりおきのシチューに、カレーに、煮物にとなにかと重宝している。
側面が白で左右の取っ手が黒、底をひっくり返せば黒ぶちに白い点をかさねた目ががふたつ。ヴィヴィオはこのパンダさん鍋がお気に入りで、この鍋でつくった料理はたいがい気持ちよく食べてくれた。しかも、すり鉢状に大きく口が広がり、側面は三段ずつにすぼんでいく構造で、吹きこぼれが極力おきにくいのだ。そのせいか、なのははこの鍋を扱うときはついつい、ながら電話をしてしまうのだった。
固形スープを投入してお玉で液体を掻き混ぜる段になって、いったん待たせておいた電話の相手に呼びかけた。
「んー、でもねー。フェイトちゃんがどう言うかが心配で。え~ぇ? なぁに? 聞こえないよー、もしもーし?」
鍋の隅っこに生まれたあくをすくって除く作業に集中しているうちに、電波が途切れたのだろうか、相手の声が遠くなった。
ぐらぐらと煮立ちすぎた湯気を顔に浴びながら、なのはが待つこと数秒。火力を緩めたと同時に、声は戻ってきた。受話器の向こうから返ってきた言葉は、何度か試みたものとみえてはっきりと耳の奥まで届いたが、今度はなのはも困り顔で叫び声に近い。
「え~っ、わたしが説得するの?! それはちょっと…」
向こうからの説教節がすぐさま返ってくるのはわかっていたので、渋面となった。
「うーん。ま、そりゃ、そーだよねぇ。母親なんだし…でも、やっぱりフェイトちゃんが難しいよ、それ。気が重いなぁ、すっごく」
所在なげに、なのははお玉を鍋の縁に沿って、石臼を扱うように、ぐるぐると回して続けていた。
スープはぐつぐつと、ホーロー鍋のなかで煮えたぎっている。そろそろ切り上げないとまずい。コンロのスイッチに手を伸ばしかけながら、受話器に声を押しつけた。
「うんうん。わかったってば。じゃあね、ありがと、ゆ…」