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陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「未来の白十字」(三)

2011-10-25 | 感想・二次創作──マリア様がみてる


ことり、と二つのソーサーが並んだ二人の前に置かれた。さらにもうひとつがその向こうの空席に。
カップからはふんわりとしたローズティーの香気が漂っている。給仕に徹した志摩子は、由乃の左隣にゆったりした仕種で腰を下ろした。ふだん、正式な会議となる場合には、生徒会長である白薔薇さまの志摩子を挟んで、黄薔薇、紅薔薇が左右に陣取るのが筋であったが、本日は非公式の集まりであったため、席順は厭わない。

「ねー、ほんとにおいしいね。志摩子さん、これどこで仕入れたの?」
「帝国ホテルのクッキーよ。うちの檀家さんが法事のときに持ってきてくださったの。それでね、うちのお気に入りになって定期的にお取り寄せしてるの」
「へー。いいなあ~。お寺ってさ、あんがい、貢ぎ物とか多そうねー。いいなあ。うち、神道だからさぁ、そういうのなくて」
「由乃さん、それ言うならお供え物でしょ」

由乃は志摩子の巻き毛の先をくるくる巻いて、もてあそんでいる。
もちろん、その指はクッキーをつまんでいない左手のほうだったが、志摩子はされるがままだ。
以前に三つ編みをしたところ好評だったことから、いつか三人揃って三つ編みになる日を夢見てやまない由乃であったが、あいにく、朝の時間がなるべく欲しい祐巳はツインテールが気に入ってはいるし、志摩子はといえば、やはりどことなく恥ずかしいので却下にされているのだった。仲の良い友人と髪を揃えるというのは、島津家の母譲りの伝統らしい。そうはいっても、由乃は自分からスタイルを曲げるつもりはないらしい。たとえば、剣道部の主将をつとめる田沼ちさとは、令さま恋しなのか、剣道命なのかは知らぬがばっさりと断髪したというのに、由乃はいっこうにその気配を見せない。それが、彼女らしいと言えばらしいのだけど。

「別に、神道だろうが、仏門だろうが、お供え物が豊富なのは宗教に関係ないでしょ、ふつう」
「仏壇の前にお供えしたものは、たいがい、食べないの」
「ええっ、どうして? もったいなーい。もったいないお化けが出たりしないの?」

もったいないお化け。
また、ずいぶんと古いネタが出たな。しかし、ここでウケ笑いしないのがさすがの志摩子さん。リリアンいちの「生けるマリア様観音」の異名は伊達じゃない。祐巳だったら、確実になんらかのリアクションを起こすところだ。

「食べないといっても果物とか、生ものに限られるのだけど。抹香くさくてだめなの」
「ああ、そういうことか。たしかにねー」

由乃は上向き加減で肘を付きながら、つまみあげたクッキーを口のなかへ落しこむようにして食べた。
だから、その態度がもう、ありえないんだったら。祐巳が目も当てられないよ、とばかりに眉をひそめれば、志摩子は志摩子で、観音様のように動じない柔和な微笑みを浮かべている。

不意に、ふふふ、あはは、うふん、という忍び笑いの声。
祐巳も由乃も怪訝そうな表情をすり寄せる。とうとう出たか、藤堂志摩子、秘技ねじの外れた笑い。ふだんは聖女然として顔を崩さない彼女が、いささか情けなく、壊れたように笑い出すのは珍しい。しかも、そんな志摩子らしからぬ志摩子を知ってるのは、薔薇の館の住人のごく一部、今となっては親友である祐巳と由乃だけなのだ。あの乃梨子ですら、こんな志摩子を知らない。そういえば、こういう,唐突に笑い出すくせって誰かに似てるな──そう、あの人だ。福沢祐巳の頭に浮かんだのは、あのお騒がせな元・白薔薇さまなのだった。

「志摩子さーん、なにがおかしいんですかぁ?」
「あのね、思い出したの。兄がケーキ職人になった理由。あの抹香くさいお饅頭が嫌だったからじゃないかしらって」
「ほんと、志摩子さんてさ。唐突にへんなこと思い出して噴き出すよね。脳みそのなかに笑いの種があって、ある日、暖かくなったらぽんと咲いちゃったみたいな?」
「でも、由乃さんのよりは実害がないと思うけどなぁ、志摩子さんのサプライズスマイル」
「言ったな、こらあ」

由乃が祐巳の顔を肘でブロックする。
ぎぶあっぷ、ぎぶあっぷ。祐巳はセコンドに助けを求めるがごとく、テーブルをばんばん叩いた。



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