陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「未来の白十字」(二)

2011-10-25 | 感想・二次創作──マリア様がみてる


「祥子さまとの小旅行は、その、以前から決まっていたものだし」
「だれも、祐巳さんが遊びに行くな、なんて言ってないでしょ!」

プン、スカ! ぷん、すか! ぶー、ぶー!
まさに、そんな漫画のなかの擬態が似合いそうなほど、雲のような怒りを吐き散らしてる由乃さん。
このところ、薔薇の館のなかの空気を濁らせているのは、あきらかにこの人だ。ああ、この調子だと四月から、校門前で女子大生になられた祥子さまと私があいさつしてる場面ひとつに出くわしても、いちいち嫉妬心まるだしでここぞとばかりに絡まれてくるんだろうな。祥子さまにお裾わけしていただいたハーブについて語ろうものなら、膨れっ面になるんだろうな。おまけに、祐巳はといえば、卒業式に起きたある一件で、場当たり的に令さまと「共犯」に及んでしまったため、由乃にすっかり恨まれていたりするのだ。冷静に考えてみれば、いくらなんでもあれはないんじゃないの、と思える。薔薇の館のビスケット扉の前でぶつかったというおまぬけな出逢いかたをした祐巳と祥子さまですら、ちゃんとマリア様がご覧になっている前で、奥ゆかしいあのロザリオ授受の儀式をおこなったというのに。神聖なる薔薇さま姉妹の結びがあれでよいのか。いや、よいわけがない(反語)。

「だってぇ、酷いじゃないの、ずるいじゃないの。私が一年坊の頃なんかさぁ、妹が姉より先に帰るもんじゃないって睨まれてたんだもん。むちゃくちゃ、うるさかったのよぉ。特に江利子さまとか、江利子さまとか、江利子さまとかー」

出た、でた。
由乃さんお得意の「江利子さまがね」問答。まったく、あの人もとんでもない宿題を置いていってくれたものだけど、そのおかげか、こんなにも腑甲斐ない姉たる私たちがちゃんと妹をもらっているのだから、お家もまあ安泰というところか。

来年は地獄の受験生。
高校二年の春休みと言えば、最後のスクールライフの謳歌どきではないのか。卒業式も首尾よく終わったというのに、なにが悲しゅうて、学校に集わにゃならんのだ。しかも、妹二人のうち、ひとりの演劇部員は用事があるとかで欠席しているし、やって来たひとりはといえば、お茶の準備だけしてそそくさと早退する始末。上級生が舐められているとしか思えない。

「だからね、そういう上下の縛りをなくそうっていうのが、今年の山百合会からの試みでしょ?」
「志摩子さんが甘すぎるのお! だいたいねー、乃梨子ちゃんはここに来た時からさー」
「あー、はいはい。ストップ! そうやって、過去を蒸し返さないの!」

じたばたともがいて声を荒らげようとする由乃の口を、クッキーを噛ませて静かにさせる祐巳であった。
由乃が言い出した一件とは、他ならない。藤堂志摩子が妹候補としてはじめて二条乃梨子を、この薔薇の館に招き入れたときのことだ。乃梨子が志摩子のことを友人のように親しげに呼びならわしていたことが気に入らないだの、なんだのからはじまった口論だった。今となってはほんとにささいなことなのに、由乃は、なにかあるとしばしばあの一件を持ち出す。困った人だ。困った人なのは。姉の姉すなわち「おばあちゃん」譲りなのかもしれないけど。

「あれ、おいひいよ、これ」
「食べるか、喋るか、どっちかにして。薔薇さまとして示しがつかないんだから」

ぱりぽりと一枚食べた由乃は、すでに二枚、三枚にも手を出している。
まったく食べるほうでも口は早い。一年ほど前まで心臓病を患っていたなんて信じられないくらいだ。しかし、その病があるからこそ、祐巳も志摩子も、わりあい、由乃を我がまま放題にさせているといえた。三人の薔薇が同世代であるという強みはここからくるであろう。姉でも妹でもない、平等な対等な支えがあるというのは、つまらないプライドをかざさなくてもすむのだ。祐巳はあの先代黄薔薇さまこと、支倉令さまに言われたことがある。自分が由乃の一歳上でなく、同学年であったならどれほどよかっただろうか、と。

「ほんとうにおいしいね」

祐巳もひと口。ほっぺが落ちそうとはこのことか。
頬を押さえて、顔を綻ばせてみせる。おいしいお菓子と紅茶のティータイム。それは苦労の多い生徒会役員にとっての至福の時だ。




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