
「推しは推せるときに推せ!」
…て、名言だと思うのですよ。
そもそも「推し」というネットスラングも好ましくはなかったのだけども、芥川賞受賞作のタイトルにされたせいか、いっきょに認知度が高まりました。テレビのアナウンサーもナチュラルにつかっていてびっくり!
もともと好きなアーティストが引退したり、逝去されたりしたときのために、生まれた言葉。あるいは作品が完結しないまま筆を折られたりとか。
SNS上のあまりにも承認欲求のさかんに飛び乱れたいいね合戦は好きではないのだけれども。たしかに、お亡くなりになるまえに、もうすこし応援しておけば、という後悔は日増しに多くなっていくもの。もうあの続きは読めないのかという絶望は積み重なるもの。
季節ごとにいれかわるアニメ、その年どしを代表する大河ドラマや特撮もの。もういい年だし、仕事も多忙きわまるから卒業しても。オトナ面してかしこまってそんな覚悟をしていたのに、ある日、なにげなく観てしまったら、隕石が落ちたかのようにハマってしまうことはあります。
そういえば、なんどかあったわけです。
これまでの人生の陥没期に、なんとなく観つづけていたドラマだとか、番組とか、アニメや漫画なりが。
新しい作品がうたかたのごとく生まれるので、いつまでも古い作品やクリエーターが覚えられていくのも至難の業。それは時の試練。でも、感動がまだ鮮やかなうちに、気持ちの高鳴りがおさえられないうちに、波に乗っていてもいいのではないか。
…というような心境の変化がありまして。
そのときどきで、惚れた腫れたで瞬間的に胸が火傷しそうなぐらいの熱をあびたものを忘れたくないために、情報検索と記録用として、X(旧ツイッター)のアカウントを復活させてしまいました。2025年2月1日付で。
SNSって、けっこうザワザワする情報も流れてきがちなので、メンタルにはよくはないですが。
自分がその時々に知りたかったものを探すのはやはり便利な媒体に違いないですね。じつは旧ツイッターがいやだったのは、タイムラインになぜか自分が選んだものではないつぶやきが流れてきたり、どす黒い自分のぼやきで汚染されているように感じて、消したくなったからです。
もともと交流上のトラブルがあったわけではなくて、休眠状態にさせていたのですけども。
ブログ上に引用したりするのも便利だし。作品ごと、作家さんごとの公式の情報を追うのも手早い。最近の公式さんって、わりときっちり演者さんや関係者さんの声をひろってくれるので、ライトなファンとしては助かります。好きなドラマの裏側をリアルタイムで知れて、ファンアートやネタ創作もふんだんで、考察ももりだくさんで、いやあ、実にいまはオタクには楽しい時代になりました。お気に入り作家の単行本の発売日を見逃すことも、いつのまにかはじまっていた電子書籍の連載を忘れることもない。お宝情報めいたスクープ画像を拾ってしまえたりなんてサプライズにも出会える。
楽しすぎて、大事なことをする時間が削られそうなのが怖いですね。
タイムラインを眺めていたら、さっそく寝不足になりがちで危ないです。
ちなみにいま自分のイチ推しは、ふたつ。
ひさびさにハマった特撮の「爆上戦隊ブンブンジャー」と、アニメの「チ。 -地球の運動について-」。どちらも敵味方ふくめ、ゆるぎない信念をもったキャラクターの生き様がすこぶる魅力的で、人間のもろさと強さ美しさが描かれた、それでいて楽しさもある、名作です。自分はあとどれだけ推せる作品に出会えるのか、でも健康なうちは楽しみたいものですね。それがオタクの生きる道だと思うので。
(2025.02.02)