陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「誰そ彼の枢(くるるぎ)」(五)

2009-05-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

そもそも、いま、この月世界とは、合体神ヤマタノオロチを封印しようとしている場所なのである。
その部分体である武夜御鳴神(タケノヤミカヅチ)をふたたび召喚――なんて、ありえない。ひと柱だけオロチ神をそばに置くなんぞ、巫女としてはあってはならない。それでは元の木阿弥なのだが…。あどけない姫子の提案を跳ねかえすこともはばかられて、千歌音は困惑をにじませた顔で。

「…姫子。それは、私たちのアメノムラクモではだめなの?」
「う~ん、どうだろう…」

姫子がしばし口をつぐむ。目がくらみ、声が遠い。
アメノムラクモは使えない。雪遊びを手伝ってくれるかって? こんなことには働かない。なぜって――…。

――だって、アメノムラクモはわたしたち神無月の巫女を……するためにあるから――。
――あなたたちは、アメノムラクモをふるう資格があるの…?
神との誓約(うけい)を覚えていないのに――…。
――あの孤高の月の神が望むものを存分に捧げてもいないのに…? 裏切ったあなたたちがなにをいまさら――。


たまさか、その時がとまる。暗幕が降りたかのように。どこからか、そんなひややかな問いかけが落ちてくる。ぼぉおおんとした大船の霧笛のように、その不吉な声は押し寄せる。
いまの、なに?  答えたのは、誰?  揺さぶるのは、どこから? 忘れていた神との誓約とは? 裏切った、とは?

「ちょっと気難しい神さまなのかなぁ、頼んだらやってくれるのかな…。あれ、千歌音ちゃん…?」
「…え。ええ、そうね。こんど、いっしょに探してみましょうか。そこらにかくれんぼしてるかも」

額をおさえながら、青ざめた顔を見られたくなくて、千歌音は咳ばらいをした。
風邪を引いたの、雪遊びのしすぎかなあ、あとであったまろうね。そんな姫子の心配顔にかるく手を振って応える。

これはまだ、この剣神の御柱を発見する前のことなのだ。
姫子はこんなおふざけをこぼしていた。ふわふわした白い息を吐きながら、そんな冗談口もどこかこの命閉ざされた夜ばかりの世界ではあたたかい。姫子がこぼすのだから、あたたかい。あの瞬間を思い返すたびに、笑みがこぼれしまう。ケーキのメレンゲのような粉雪を髪にまぶして、姫子もまぶしく笑っていた。そんな姫子をみると、否定のかけらも言えない。けれども、そのあとで影のように引きずられた不安が襲ってもくる。枠からはみ出がちな希望を語ったあとに、冷や水をかけるようなあの反省ぶりが。湯気のようにきえていく、私たちの夢の端々。

そして、私たちはついにアメノムラクモをこの月世界で探しあててしまった。
忘れて見まいとしていた巫女のむごたらしい現実を。逃げてはいけないのだ、私たちの仕事から……でも。

そう、最初に見たときは遺跡のごとくおとなしく眠っているはず、だったのに。
ただ突き立っているだけであったのに。そのまま儀式をおこなえば、なんらの問題もなく、完璧に鞘に収まった状態のまま鎮められるはずだったのに。どうして、あの巫女の神機はままならないのであろう。まさか、あの度し難い姿、あのなりは…――。

オロチの邪神も剣神・天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)も、どちらも鋼鉄めいたロボットのなりをしているが、いずれも神のやどる武具。
大神神社に伝わる伝説では、その時代その地域にあわせた形状をして、地上に出現するとされている。七の首大神ソウマの搭乗機である武夜御鳴神は、千歌音も操ったことがあるからわかるが、動かしやすい機体だった。最初に気絶した姫子を襲いはしたものの、改心したソウマとともに姫子がのりこんだことがあるゆえか。すこぶる運動神経の良い少年搭乗者の気質を反映してか、撃ってよし、投げてよし、斬ってもよし、さらに蹴ってもよし、四つに組んでも他のオロチ神機にパワー負けしない。

兄弟機の一の首機・嶽鑓御太刀神(タケノヤスクナズチ)をのぞけば、ほかのオロチ機は搭乗者の身体能力が高くない者もいるせいか、ひとつの必殺技に特化したいびつな形態をしているからだ。
いわゆる一手切り、短期決戦向き。とくに巨大な拳骨になる三の首機・飛埜御脚神(ヒノアシナズチ)は典型的なただのハードパンチャー。重量ののった殴り技で緒戦を制すれば大幅に勝ちぬけるのだが、二の手、三の手をくりだせる粘り腰というものがない。二の首機・八雄炬御鎚神(ヤツノオノコシズチ)の触手をいかした拘束術とタッグを組んでしまえば無敵だったのだろうが、姉弟の足並みがそろわないのが運の尽き。その後、火炎放射や溶解液飛ばしなど遠距離戦が持ち味の大宇邊御蟲神(オオウベノセナヅチ)、火殊羅御雹神(ホノシュライズチ)、そして鋳都祓御霊神(イズハラノタマズチ)ら三柱を手玉にとって圧勝したことをかんがみれば、何をおいても武夜御鳴神の優位は揺らぎようがない。オロチ衆の首魁ツバサ操る嶽鑓御太刀神戦がゆいいつの黒星で、再戦のちの辛勝をもぎとったのだし、陽の巫女たる姫子がそばにいたせいか戦闘後の再生力も高かった。兄弟の勝負を経て、あの勇者機の戦闘力は一段増しに飛躍を遂げた。

武夜御鳴神は四肢のそろった人体に近いフォルムで、機動力に優れ、がっしりした大きな左右の拳と関節のばねを活かして器用に働けるのだ。しまいには、千歌音のしなやかな膂力を活かした弓術をとりいれた攻撃までできてしまう、実にバランスのとれたいい神機だった。



【神無月の巫女二次創作小説「花ざかりの社」シリーズ(目次)】




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