娘への私の解答
【お父さんは君にもマサにも勉強を一度も教えたこと無かったよね?何故と訊いて来たら詳しく教えるけど、その場合にはその人に合った適切な言葉で応える。お父さんは他人に教えられて知識を得たことは無い。そんな風に教えられた知識は眼差しの焦点がバラバラで混乱する。自分で→
千葉ニュータウンの地名に白井と言う地名が有りシライではなくてシロイが正しいのですが…グーグル音声検索では正しく声を出すと検索されないことにカナー型自閉症の息子マサは最近気付いた様です。以前はワザとシライと言うと興奮して何度も抗議していた息子はシライにも余裕で
笑っています。
→教えを乞わないのに他人に指示されて何しているのか判断出来ない眼差しは空を見る。バラバラ。自閉症って自分の気付きで拓く生き方。だから以前マサは白井市(シロイ)をシライと言うと違いますと興奮していたけど最近グーグル音声検索では平気でシライシと声出し検索している!自分で発見する知!】
自分で判断して知ることが出来ない時は信頼できる人に分からない理由を理解して貰って何故かをその人と一緒に論理的に噛み砕いて説明して貰うと理解が進みます。言葉での一方通行の説明ではなくて説明をお願いするなどの身体・精神的な擦り合わせが必要なのが自閉症の知の姿ではないでしょうか?
制限があるとはいえ、私達が住むのはこの空間ですし、この空間と私達はさまざまな身体関係を維持しています。私達は、各々の事物に一種のスタイル、実際に人間の鏡であるような存在のスタイルを見出します。『知覚の哲学』
↓の記事を読み、改めて支援と言う言葉が安易に使われていると感じている。当事者の言葉、ジェスチャー、眼差しを確認して当事者の意思を代行するツールに成り切ることが支援の意味。ツールは暴行はしない。
袖ケ浦福祉センター養育園の暴行事件
goo.gl/DJSfu1
@iwatyan1963 ↓の記事を読み、改めて支援と言う言葉が安易に使われていると感じています。当事者の言葉、ジェスチャー、眼差しを確認して当事者の意思を代行するツールに成り切ることが支援の意味。ツールは暴行はしない。
goo.gl/DJSfu1
絵画的表現は、知覚の中で開始されている世界の形態化を捉え直し、そして越える。ということは、作品は、物を離れた所で、また画家が、そして画家だけがその鍵を持っている或る内密な研究室で作られるのではない、ということである。『世界の散文』
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