うウォーキングを、やってます。

楽しく歩いてますが、小糸川河口から、下湯江、君津駅前方面を歩いています

ウオーキングやってます(100mスキップ)

2020-02-14 16:41:11 | 日記

骨折

1月の下旬のある日。早朝・ピンポン・ピンポンとチャイム。朝早くから、うるさいなア。玄関に出ると

隣の婆さんが、骨折った、骨折ったと。騒ぎ立てる。よく聞くと、朝起きるとき、布団の裾を踏んで、転

手をつき、骨折したと。内に来るより、救急車でも呼んだ方が、早いのに。私はまだ、頭はボーとして、

一寸眠いのだ。実は、隣の婆さん、2年前に旦那をなくし、寡婦になった。「じゃあ病院まで送ろう」と、

私。「いいよと」、とお隣さん。押し問答の末、「先に、娘にTELしたからいいよ」と。それを先に言い

なさいよ。「全く、女とゆうの生き物は、しょうがない」と言う言葉を、ぐっと飲みこみ、其れは災難です

と、言葉を濁す。普段から、お隣さんは、噂ずきな一言虚子。でも、家の町内は、老人が増え、お互い様

の、町内でもある。こうゆうご家庭が、あちこちに増えてきているのが、現実だ。そして1週間、彼女は

退院してこられた。手にボルト入れた、の、ステンレスだの、喧しい。ま、不幸中の幸い、腰の骨でも

だったら、ねたきり寝たきり婆さんだ。反面教師。家も気を付けよう。あれから、数週間、何事も無かった

かの様に、ケロリとしている。そして今度は、「危ないぞう」コロナウイルス❢それでも尚、人生は続く。

 


ウォーキング(6500歩)

2020-02-13 16:01:11 | 日記

2月14日

今年も、若者たちで、愛の交換の、ツールとして、チョコレートの交換や、自分へのご褒美として、贈ったり貰ったりの

風習があるのかな。古くは、あの悪名高き、アルカポネの部下が、警官に変そう、対立するギャング7人を、マシンガンで

虐殺。私は、映画でしか、この事件を知らない。聖バレンタインと言えば、宗教的な、儀式で、もっと、崇高的なことで

なければと。現代では、クリスチャンでもないのに、製菓会社の、宣伝に乗せられ、いつの間にか、女性から男性にチョ

コレートを贈り、愛の告白を何とかかんとか。其れはそれでよい。争う事より平和的。微笑ましい。ここで、ある一つ

の、エピソードを。50年ほど前のこと、あるペアレントが、誕生した。仕事一筋の男が、何を思ったか、近所にいた、娘

さんを一目惚れ、シャイなその男は、娘を思うだけで、打ち明けられない。誰かに、中を取り持って貰おう、思った。け

れど、彼は、親が片親と言う、コンプレックス、そしてシャイ。趣味も、特技もない。トルコの国の「ムスターファ」で

ある。おまけに年がら年中,仕事で出張、出張。で、親父代わりの兄に言った。兄はその娘さんに、話すと「はいと」。

相手は、兄と私と勘違いしてたのだ。(兄の方が男前)色々、在って、何とか纏まった。50年前の2月21日に。式を挙げる

ことに。所が相手の親に、一身上の問題が出来。どうしても、都合がつかないと言う。で、一週間、式を繰り上げてくれ

とゆう。何が何だか、訳わからん内に、で、2月14日挙式。「ムスターファ」も驚いた。」あれから50年。今ではこの日は

若い皆さんに、持てはやされ、我が家では、「バレンタインデー」を、忘れようものなら、一大事である。この日がが近

ずくと、上さんと目を合わさないようにしている。オーマイ・ダーリン・バレンタイン

 

 


ウオーキング、サボってます(風邪)

2020-02-11 10:15:17 | 日記

カーク

彼は、1916年、ユダヤ系ロシア人の子として、ニューヨークで生まれた。後に映画俳優として、成功。

私は、中学生の頃、4つ年上の、兄に連れられ映画「グリーン・ベレー」を見た。G・ウェイン主演の映画。初めてのアメリ

映画、ド迫力、只唖然として観たものである。以来、M・モンロー、B・ランカスター、G・ペック、k・ゲーブル、

G・ケリー、E・テイラー、R・バートン、Ⅽ・ヘストン、G・キャグニー、O・ヘップバーン、等々、煌きの映画スターの

作品を見、多くを映画の中から学んだ。前出の、カーク・ダグラス、(マイケル・ダグラスは、息子で俳優)は、特に私が

きな、俳優の一人である。「O・K牧場の決闘」「栄光への脱出」「バイキング」「スパルタカス」など、エキセントリ

ックな役どころが多い。が、私は、ファンである。西部劇、探偵もの、大スペクタル史劇、等々心踊らせた物語である。往

年の映画スターの映画は殆ど、見、アメリカ映画のハッタリ、驚嘆、を、覚えたものである。後に彼、カークは、「スパル

タカス」では、プロデューㇲも手掛け、アメリカン・ドリームを、成し遂げた、ナイスガイ、103歳・カーク、よ永遠に。

アルデベルチ❢😎👨🐕

 


ウオーキングやってます

2020-02-06 16:52:13 | 日記

めまい

のこと。ベッドから起き上がり、伸びをした、途端に、フラフラっと来た。

アレレおかしいぞ!と思ったら、天井がぐるぐる回りだした。こりゃ遺憾と、

ベッドに慌てて倒れこんだ、けれど、眼を開けると、天井はぐるぐる回る。

その内、冷や汗だ、一瞬、梗塞でも起きたか!でも、意識はハッキリある。呂律も

回る。1時間程横になっていも、眩暈は止まらない。そのうち吐き気も催し、これ

は、大変だ、急いでかみさんを呼ぶ、おーいおーい、「何よ」とかみさん。

「言葉が出るのは、心配ないわよ」と切って捨てるのだ。胸はむかむか、吐くが

胃は空っぽなので、唾液だけが出る。依然として、眩暈はつずく。立っても、ふ

らついて、立ち上がれない。結局、病院で見て貰った結果、年齢からくる、体力

低下の一症状だとの結論に。慌てて、大病院に行くのも、考えも物と。診察料

+5500円余計に取られた、顛末記ではあった。ご同輩に方々、先ずは、近所の

町医者で診察し、推薦状を持っていくべし。頭痛、呂律、等の症状は、左にあ

らず。因みに、私は、耳鼻咽喉科で治療した。おわり!


yosida_5525@yahoo.co.jp

2020-02-05 21:22:35 | 日記

ノスタルジア

愛犬マリリンのこと(愛称マリー)

17年前、愛犬マリリンは、1か月の子犬で、我が家に貰われてきました。幼犬、中犬、そして、成犬へと、

育ってゆきました。歩き出してから、抱っこしたり、出かけたり、散歩しながら、少しずつ距離を伸ばし時に

は、6KMも離れた早朝の、グランドに出かけ、リードを離してやり、思いっきり走らせたり、マリーはグングンスマートに

そして、成長してゆきました。マリーの知らない世界を!と、清和の「愛宕山」歩きにも連れて行きました。けれど、マリーは、ヘコタレルことなく、往復4時間を歩き切った。(3歳位の時)🐶の気持ち、動物の習性など、図書館に通った。

物言わぬ、ワン公は、眼を逸らすことなく、嘘もつかない、こんな、コミニュケーションあるだろうか。本音は、動物は

余り好きではなかった。けれど、毎日、朝、雨戸をあけると、正面向いて、座っている居るのだ。雨の日も、雪の日も、

殆ど、散歩休んだことはなかった。私の健康のもとは、マリリンから頂いた。ある時、三ケ日の(浜松)妻の実家に行く時も、必ずつれて行った。三ケ日はミカンの里。離してやると、ミカン畑を、一目散に。30分位、帰ってこないのである。私は、青くなって、探しに探した。すると、私の後ろに、音もなく座っているのである。コノヤロー。

(マリリン♀甲斐犬ミックス)ウンチをさせたり、ドッグランで走らせたり。ある時、上さんと、険悪になった時、2人

で、私に向かってくるのである。上さんは、ほとんど、🐶の面倒は見ない。上さんは戌年、ははーん、解ったゾ。犬

同士で連合軍を。この時から、私は、連合軍を、刺激しない。ウンチをとり、餌をやったり、時には、体を洗ってやったり、2019年3月頃まで、何ともなかったのに、少し後ろ脚が、おかしい位だった。其れから、時々大好きな、散歩を嫌がる

様になった。数えると、16年。春から夏に。8月、暑さも手伝って、散歩に行かなくなった。最後の2~3日は、抱きかかえ

家の付近を、2人で歩いた。家内と一緒に、看取り、暫くして、小糸川の見える、小高い丘に。葬って遣った。

16年間、有難う、マリー!