北朝鮮発のニュースは、日本語で書かれたものでは『朝鮮新報』がある。久しぶりに読んでみた。文章表現の仕方にも大きな違いはあるが、しかし「先軍政治」であることがよく伝わってくる。
《以下引用》
「金正日総書記の4月の活動は軍視察に集中していた。実際に動静が確認された9回のすべてが軍視察だった。(金正日総書記は)米帝侵略者に対する燃えるような敵がい心を抱いて、敵の頭上に百発百中の命中弾を飛ばす訓練を見て、中隊のすべての軍人がいかなる強敵もあえて侵せないようにしっかり準備した一騎当千の勇士に成長したことに満足の意を表し、中隊の戦闘力をいっそう強化するうえで提起される課題を示した。金正日総書記の朝鮮人民軍第821軍部隊管下砲兵中隊視察について朝鮮中央通信報道(4月5日発)はこう伝えた。この報道からもわかるとおり、総書記の軍視察は米国との対立関係が深まっていることが背景にある。(中略)ブッシュ米政権は核問題にとどまらず、人権問題を取り上げて朝鮮に対する圧力を強めている。総書記の動静が軍視察に集中しているのは、こうした米国との緊張状態に対応してつねに防衛力強化に力を入れていることを米国にアピールしたものといえる」(5月29日『朝鮮新報』)《引用ここまで》
この記事から読めることは、北朝鮮は人権問題で突っ込まれることを非常に嫌がっている、ということではないか。核問題だけではなくアメリカとの間では、人権問題でも緊張関係が高まることを警戒して、防衛力強化に力を入れる、と読める。ということは、人権に問題があるということを自白したようなものだ。
対北朝鮮政策を語る場合、アメリカは北朝鮮の人々の人権についても主張する。拉致被害者を抱える日本は、北朝鮮の人々というよりも、拉致被害者たちの人権の回復を主眼にした主張をする。韓国ではこの人権という視点が欠落したままだ。
人権問題を抜きにしたままの「融和政策」は、いつか破綻する、と韓国のある評論家は声を大にする。連載8回目となる『黄長はかく語りき』の今日は、その評論家インタビューをまとめたものである。
□韓国外交の〈岐路〉
「北朝鮮の機嫌を損ねてはいけない、むしろ機嫌を取りながら核を放棄させなければいけない。そのためには北朝鮮が望むものを与えながら核放棄へと導かなければいけない。これが太陽政策論者たちが考える核問題の解決策です。しかし盧武鉉政権がなにをいおうとも、いまの金正日政権の立場で核を放棄するということは、いかなる状況においてもあり得ません」
「私の考えでは、金正日政権が退くことによってのみ核問題は解決されるのです」
武力や経済制裁といった手段は大混乱をもたらすだけだ、として宥和政策に固執する盧武鉉政府の方針に対して、南北の統一問題を中心に評論活動を続けてきた李東馥氏の口からは、全く対立する言葉が吐き出された。
続いて吐き出されたもうひとつ。
「金正日政権のもとでは経済改革も不可能です」
李東馥氏の歯に衣を着せぬこのような物言いには、当然ながら根拠がある。
「もし北朝鮮が意味のある経済改革を進めるとするならば、3つのことを決断するしかありません。ひとつは個人崇拝を止めさせること。ひとつは法の支配を徹底させること。もうひとつは市場経済に移行すること。しかしこの3つを行うとすればどうなるかというと、金正日はいまの座から退かなければならないという結論しかないのです」
つまり北朝鮮の経済改革に手をつけるとするならば、その前に横たわる〈個人崇拝〉と〈法の支配〉という水と油ほどの違いのある矛盾を越えなければならない。そんなことを一挙に実現することは不可能だというのだ。
ということは、まずは金正日政権の崩壊があり、その上でなければ核の問題も経済の問題も進展しないということなのかどうか?
李東馥氏の答えは明快だった。
「その通りです。まず金正日政権は退かなければなりません。それが崩壊によるものかどうかは関係なく、彼が退き新しい政権が立ち上がるということでなければ、朝鮮半島に本当に意味のある変化の訪れはない、ということです」
北朝鮮の改革・開放という問題について李東馥氏がいわんとする大枠は次のようなことだ。
・・・・韓国だけではなくアメリカも日本も金正日政権の崩壊と、共産主義の崩壊、そして北朝鮮という国家の崩壊を区別しないまま議論してきているのではないか。しかし考えてもみて欲しい、ある政権の崩壊と国家の崩壊が同時に起こったことがあるのかどうか。まずは政権が崩壊し、次に体制に変化が起こり、そのあと国家の崩壊につながるというのがパターンではないか。ということはわれわれが北朝鮮について、金正日政権の崩壊を語っても、それは北朝鮮という国家の崩壊にはつながらないということだ・・・・。
韓国政府が進めている現在の対北朝鮮政策を、李東馥氏の論に依拠して考えてみると、次のような結論にならざるを得ない。すなわち10年前から始まった〈太陽政策〉やその後を引き継いだ〈平和繁栄政策〉は、金正日政権の崩壊どころか逆に延命に力を貸している。
クリントン時代と違ってブッシュ大統領の北朝鮮政策の基本は、すでに述べた〈ABC政策〉をベースに〈悪の枢軸〉路線を前提とした強硬一辺倒のものだった。このような政策に直面した金大中大統領は困惑し、盧武鉉大統領はアメリカとは距離を保とうとする姿勢を鮮明にした。
一方で、ブッシュ大統領の強硬政策に反対する若者たちの〈反米感情〉は、少しずつ高まっていた。そしてこの〈反米感情〉の高まりは、思わぬ効果を北朝鮮にもたらしていた。
「わが国ではこの10年間、事実上反米感情に同調する2人の大統領が誕生しました。特に反米感情を劇的に高めたのは、2002年に起きた2人の女子中学生がアメリカ軍の装甲車にひき殺されるという事件(注⑪)でした。北朝鮮はこのような状況を黙って見ていればよかったんです」
つまり、冷戦最後の砦といわれて久しい朝鮮半島の南半分、韓国では、〈反米〉はすなわち〈親北〉であり、〈親米〉はすなわち〈反北〉という思想がいまもまだ厳然と生きているということである。
これは分断された国家の宿命でもあった、と李東馥氏はいう。
「金大中、盧武鉉という2人の大統領を誕生させるにあたって、主力となった勢力は、かつて朴正熙大統領時代に反独裁闘争をしていた民主化勢力でした。分断された一方の国家にあって、民主化勢力は、敵の敵は友、敵の友は敵だ、という論理を持つようになったのです。つまり自分たちが反独裁として闘っていた朴正熙政権を支持するアメリカは敵であり、そのアメリカに敵対していたのだから北朝鮮は友だ、という論理です。その残滓がいまもあるんです」
民主化勢力はその後、金大中、盧武鉉政権の中枢に取り入れられ、過去10年間、対北朝鮮政策を樹立し推進役を担ってきているのだ、という。
だが、ブッシュ政権の誕生が北朝鮮宥和政策を基本にする韓国政府の前途に大きな暗雲となって立ち塞がった。
「盧武鉉政権下でも太陽政策の基調が放棄されることはありません。しかし放棄するしないにかかわらず、太陽政策がこれ以上前進するということもないでしょう。なぜならアメリカの対北朝鮮政策のなかに太陽政策が入り込む隙がないからです」
韓国政府にしてみれば、李東馥氏の指摘は苦々しい限りであろう。その上さらにこう続けるのである。
「2ヶ月先になるか3ヶ月先になるかわかりませんが、政府の太陽政策は厳しい決断を迫られることでしょう。そのときは政府も国民も重大な選択をしなければならない。その決断とはアメリカの同盟国として生き残るか、でなければ北朝鮮の側に立ってアメリカに対抗するのか、の選択です」
韓国は分断のもう一方の当事者である。南北の平和統一問題は南北当事国の話し合いによって、という理念と、現実の国際政治は北朝鮮の〈瀬戸際外交〉と対峙するアメリカという図式を中心にして回っている。このような現実を前にいずれ韓国は究極的な選択を迫られる、というのである。
韓国の社会を俯瞰してみると、南北首脳会談以降、韓国人の北朝鮮に対する感情は一挙に好転した。北朝鮮には鬼が住んでいる、と教育された時代とは打って変わっていまは、同胞だ、一体だ、という情緒いっぱいの感情が満ち始めていた。(以下第9回に続く)
(注⑪)女子中学生轢き逃げ事件・・・2002年、日韓共催のワールド・カップサッカーが行われていた6月9日、韓国北部の京畿道楊州郡で歩行中の女子中学生2人が、演習走行していた米第2師団所属の装甲車に轢き殺された事件。装甲車の管制兵長と運転兵の2人の容疑者が軍事裁判で無罪となったことから、韓国では反米運動が全土に広がった。
詳しくは、今年2月11日から3月27日まで間欠的に連載した『検証・韓国反米感情の深層』を参照いただきたい。
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