写真は、キューバにある米海軍グアンタナモ基地内に造られたキャンプ・デルタ収容所。アメリカに対する〈敵性戦闘員〉として逮捕された人々は、アメリカの法律の及ばないここで、無期限に拘束されている。人権上問題だ、としてアメリカ国内からさえ批判の声が上がっている。(筆者撮影)
ところで、私がこだわり続けているテーマのひとつが〈テロとの戦争〉である。いまではイラクがその象徴だが、そのイラクでは昨日15日、国民議会選挙(定数275人、任期4年)の投票が行われた。結果が判明するまでにはまだまだ時間がかかるに違いない。
選挙という一見穏やかな情勢を思わせるイラクではあるが、その一方で、15万3000人体制で臨んでいるアメリカ軍との間では、戦闘、無差別攻撃、路肩に仕掛けた爆弾などいまも戦争状態が続いている。
アメリカ国防総省が発表している最新の数字によれば、03年3月の開戦以降おとといの12月14日までに、犠牲となった兵士は2153人。均せば一日2人以上が死亡していることになる。また軽傷・重傷問わず負傷した兵士は1万5568人。こちらも一日16人以上が傷を負っている計算になる。
アメリカ軍による空爆や掃討作戦の結果、いうまでもなく、イラク民間人の犠牲者の数はさらに高い。NGOのひとつ、イラク・ボディカウントの調査では、12月11日現在のイラク人死者は、最小で2万7383人、最大で3万0892人としている。
4日前の12日、ブッシュ大統領が初めてイラク民間人の犠牲者について言及した際に、取り出した数字が3万人だった。NGOが発表している数字の中間をとったのかも知れない。
そのブッシュ政権が「収容者虐待禁止に同意」というニュースをCNNが伝えていた。
《以下引用》
「米ブッシュ政権は15日、テロ容疑などで拘束された収容者への虐待を禁止することに同意した。共和党のマケイン上院議員が06年度軍事予算案の修正条項として提案し、上院で可決されていた。ベトナム戦争での捕虜経験を持つマケイン議員は、「米国はテロリストとは違う。相手がどんな悪者であっても処遇の基準を守るという態度を世界に示すことで、人々の心を勝ち取ることができるだろう」と語った。(12月16日『CNNニュース』)《引用ここまで》
当然である。イラク戦争には大義がなかった、とブッシュ大統領自身認めなければならないような現在の状況下にあって、それでもイラクに関わり続ける最大の理由といえば、イラクの民主化である、といい続けるしかない。そのアメリカが秘密の収容所までも作って、そこで虐待を行っていたなどというのは、ブラック・ユーモア以外の何物でもない。
これまでにアメリカが公式的にその存在を明らかにした収容所は、バグダッド近郊のアブグレイブ刑務所とキューバの米海軍グアンタナモ基地内に作られたキャンプ・デルタのふたつだった。だがここにきて、ふたつ以外にもあるのでは、との疑惑がヨーロッパの国々で浮上していた。アメリカは打ち消しに懸命だが、疑惑は晴れていない。
だが、公式的に明らかにされた収容所にしても、虐待は日常的だった、といっていい。その実態を私は今年7月1日付の沖縄の新聞『沖縄タイムス』に書いた。
以下に全文を掲載する。(人数などの数字は取材当時のもの)
〈テロとの戦争〉から4年。キューバにある米海軍グアンタナモ基地に造られたアルカイダメンバーの収容所(キャンプ・デルタ)の存続をめぐって、ブッシュ政権が揺れている。法的な裏付けも乏しいまま、無期限拘束も可能とされる施設はテロ対策上必要なのか、それとも現代の強制収容所なのか・・・。
「被告はタリバン軍に参加したアフガン人テロリスト。カブール近郊の山中で銃撃戦を展開。2002年10月拘束。わが国に敵意を抱く敵性戦闘員と認められる・・・」
去年8月、録音も筆記もだめ、と釘を刺されて許されたキャンプ・デルタ内の軍事法廷で、私は予備審問の成り行きを見守っていた。〈敵性戦闘員〉とはジュネーブ協定で保護される戦時捕虜と違って、戦時ルールに従わず軍服も着ないテロリストを指している。
手錠のほかに足枷まで填められた18才の被告に連れ添っているのは、通訳者である。弁護人は許されていない。法廷内には3人の判事と検察官、それにCIAやFBI、軍情報局などから上がった情報をまとめた書記官が座る。いずれも軍人たちである。
検察官が立ち上がる。
「アルカイダのメンバーだったか?」「ノー」「タリバン兵だったか?」「イエス」「銃を発射したことは?」「イエス」「誰に向けて?」「北部同盟軍」「北部同盟軍への発射はアメリカへの攻撃と同じであることを知っているか?」「・・・」。
被告にとって最後の質問は理解不能のように見えた。それもそのはずで〈テロとの戦争〉が始まるずっと以前から、アフガニスタンではタリバンと北部同盟との間で内戦が続いてきた。被告人にとって北部同盟軍は敵であり、その敵に向けて銃を発射することは当たり前だった。それなのになぜ自分はテロリストにされ、アメリカへの攻撃と同じだとされてしまうのか・・・。
だが、予備審問では〈敵性戦闘員〉である相当の理由さえあればよく、この場合、相当の理由とはタリバンはアルカイダを支援した。そのアルカイダはアメリカを敵にした。ゆえにタリバン兵である被告はアメリカに対する〈敵性戦闘員〉である。これで十分だった。最後に判事は、被告に残された権利は本人陳述と証拠申請である、と告げた。
しかし、と私は考えた。弁護人も許されず、国際社会の目からも閉ざされたキャンプ・デルタといういわば密室の軍事法廷で、いったい誰が本人の陳述を信用してくれるというのだろうか。それにいまもってアメリカとの小規模戦闘が続くアフガニスタンで、いったいどこを探したら〈敵性戦闘員〉ではないと証明してくれる人や証拠が見つかるというのだろうか。決してテロは許されない、としてでもある。
拘束理由も告げられないまま長期間収容された揚げ句に、裁判では自らが無実を証明しなければ釈放もされないという理不尽さが、キャンプ・デルタではまかり通ってきた。まさに法の〈ブラックホール(獄舎)〉だった。
いまでも520人のアルカイダメンバーとされたイスラム教徒が、鋼鉄のフレームに囲まれた収容所で暮らしている。取り調べに協力的だった、として白い民族服を許されたイスラム教徒もいるが、大多数は非協力を意味するオレンジ服のままである。
「取調室に入ると、床に設置されている鉄の輪に手錠と足枷の鎖をまずつなぐ。尋問がうまくいかないときは、屈強な兵士が数人来て、頭に催眠スプレーを吹きかけ、首や背中を掴んで床に押しつけたり、頭を便器に押し込んで水を流したりもした」
法の〈ブラックホール〉から2年ぶりに自由を得たモロッコ人の話を聞いたとき、私はバグダッド近郊のアブグレイブ収容所で発覚した虐待写真に劣らぬ驚きを覚えた。だが、驚きは長続きしなかった。アメリカ国防総省ですら、収容所の独房に配布されているコーラン(イスラム聖典)について、け飛ばした、踏みつけた、濡らした、卑猥な落書きをした、などの事例が確認されたと発表せざるを得なくなっていたからだ(今年6月3日)。なぜアメリカはそこまでしなければならないのか。
法の国を自認してきたアメリカが、法の〈ブラックホール〉に陥った最大の原因は一つしかない。それは〈テロとの戦争〉を始めるに当たって、最も必要であったはずのテロリスト情報を始めイスラムの文化や伝統、習慣や風習といった基本的な知識も得ないままに戦争に突入してしまった、ということである。
だからこそ拷問や虐待ばかりか、司法手続きを経ないまま長期収容といったことが必要だったのだ。イラクではなおさらである。そしてこのことが、〈テロとの戦争〉を続けるブッシュ政権のアキレス腱となることは間違いない。(7月1日付『沖縄タイムス』掲載)
「虐待」とは必ずしも暴力を伴ったものだけではない。無期限に拘留し続けること自体も虐待であり、「おまえはアルカイダか?」といった同じ質問を毎日続ける、というのも虐待である。
考えてみれば、確かにテロリストグループのアルカイダは実在する。しかし、イラク戦争に限ってみれば、フセインとアルカイダの関連は証明されず、それからいまも続く非正規の戦闘でも、アルカイダの影は薄い。
にもかかわらず拘留し続けるというのは、一種アメリカの焦りというしかない。いやアメリカというよりは、ブッシュ政権の、である。
CNNニュースが伝えるように、ブッシュ政権が収容者虐待禁止に同意したのも、「戦争の真実」の前に追いつめられたからに他ならない。
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