戦前のわが国の道徳の柱は「忠孝」でした。「忠孝」はもともと武士社会の中で培われた基本道徳です。武士が社会の支配的階級となった徳川時代には「忠孝」は農民や町人の間にも浸透していきます。
「忠」と「孝」という二つの道徳から成り立っております。しかし、日本人は、忠孝は究極的には一つに帰着する、同じ道徳であるとみる理解を強くもっておりました。
(中略)
忠孝が一つであるという理解は、戦闘者の人間関係に即して考えるとその意味が良くわかるように思われます。
武士たちの人間関係理解、道徳理解は、戦闘を基準とすることでとらえなければなりません。武士にあっては、主君と家来とは戦闘を媒介とした絆で結ばれております。主君とは、本来戦闘の指揮者であって、経営者や雇い主ではありません。忠もまた、本来は戦闘における指揮命令の関係をあらわしております。しかも武士の場合、家族もまた戦闘者の共同体でありますから、親と言ってもそれは一般市民社会の親とは異なり、第一義的にはやはり戦闘の指揮者であります。
主従関係(忠)が戦闘における指揮命令関係であり、親子関係(孝)もまたそうであるとすれば、戦闘者たる武士にとって、主君への忠と親への孝は、全く同一のものとなります。忠孝が一つというのが当たり前のように受け止められた背景には、こうした戦闘者としての武士の生活実感があったのではないでしょうか。
面白いことに、このことは、日本の伝統的な道の世界に、一般的に見られる感覚であるように思われます。職人であれ、芸能であれ、日本の道は、多くの「家」を組織単位として受け継がれております。
例えば、歌舞伎役者の家に生まれた者にとって、自分の親は普通の意味での親である以前に、その道の先達、師匠であります。だから、彼らにとって、親への孝は、師に対する礼と同じことだということになるのです。
しかし、ひるがえって考えれば、そもそも「普通の意味での親」とは、一体どういう存在なのでしょうか。それがただ、子どもを生み育て養う存在というのなら、動物の親子となんら差はないのではないでしょうか。血のつながり以上の何か―主君でも師匠でもいいのですが―であるからこそ、動物とは違う人間の親だといえるのではないでしょうか。
家が道を伝える組織としての意味を喪失してしまった今日、世の親御さんたちが、ただの親にとどまっているのではないことを信じたいと思います。
「武士道に学ぶ」(菅野覚明著)より引用
写真:市川猿之助一門
「忠」と「孝」という二つの道徳から成り立っております。しかし、日本人は、忠孝は究極的には一つに帰着する、同じ道徳であるとみる理解を強くもっておりました。
(中略)
忠孝が一つであるという理解は、戦闘者の人間関係に即して考えるとその意味が良くわかるように思われます。
武士たちの人間関係理解、道徳理解は、戦闘を基準とすることでとらえなければなりません。武士にあっては、主君と家来とは戦闘を媒介とした絆で結ばれております。主君とは、本来戦闘の指揮者であって、経営者や雇い主ではありません。忠もまた、本来は戦闘における指揮命令の関係をあらわしております。しかも武士の場合、家族もまた戦闘者の共同体でありますから、親と言ってもそれは一般市民社会の親とは異なり、第一義的にはやはり戦闘の指揮者であります。
主従関係(忠)が戦闘における指揮命令関係であり、親子関係(孝)もまたそうであるとすれば、戦闘者たる武士にとって、主君への忠と親への孝は、全く同一のものとなります。忠孝が一つというのが当たり前のように受け止められた背景には、こうした戦闘者としての武士の生活実感があったのではないでしょうか。
面白いことに、このことは、日本の伝統的な道の世界に、一般的に見られる感覚であるように思われます。職人であれ、芸能であれ、日本の道は、多くの「家」を組織単位として受け継がれております。
例えば、歌舞伎役者の家に生まれた者にとって、自分の親は普通の意味での親である以前に、その道の先達、師匠であります。だから、彼らにとって、親への孝は、師に対する礼と同じことだということになるのです。
しかし、ひるがえって考えれば、そもそも「普通の意味での親」とは、一体どういう存在なのでしょうか。それがただ、子どもを生み育て養う存在というのなら、動物の親子となんら差はないのではないでしょうか。血のつながり以上の何か―主君でも師匠でもいいのですが―であるからこそ、動物とは違う人間の親だといえるのではないでしょうか。
家が道を伝える組織としての意味を喪失してしまった今日、世の親御さんたちが、ただの親にとどまっているのではないことを信じたいと思います。
「武士道に学ぶ」(菅野覚明著)より引用
写真:市川猿之助一門
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