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文学教師の孤独

 前回「文化大革命(1966~76)」について少し語りましたが、中国のイントラネットではこの歴史について少しでも触れると、ネット警察にマークされて捕まる恐れがあります。

 ましてや、これについての文学作品を発表するコトなど、中国ではとうてい無理なので海外で出版するしかありません。

 前回挙げた中国人作家3人は皆そうして文化大革命についての作品を発表しており、特にユン-チアンの「ワイルド・スワン」は世界的ベストセラーになまりました。

 それは実際に彼女が紅衛兵として多くの大人たちを迫害したという、他には誰も書けなかった経験を語っているからで、そうして「思想に問題がある」とされ吊るし上げられた人々は、暴力や社会的追放に耐えられず多くが自殺してしまいました。 その数は文革中の死者数の半分に達するとされるので、およそ1千万人が自ら命を絶ったコトになります。

 文革当時まだ十代だったユンは「毛沢東語録」によって洗脳されていたので、迫害した父親が精神障害を負ってもさして罪の意識を感じませんでしたが、成長して洗脳から抜け出した彼女は「無限の孤独と苦悩」に付きまとわれるようになったと言います。 それは感受性の強い彼女が自殺していった人々に共感を持ったからで、贖罪のタメにも彼等の人生を書く使命感を持ち、国を捨ててイギリスに亡命しました。

 もう一人の亡命したノーベル賞作家-高行健は、元文学教師でしたが末期ガンを患って余命宣告され「死出の旅」へと出ます。その「霊山」への旅路で彼は、それまで保身のタメに書けなかった文革時代に犯した罪や、そうした多くの悲劇を生み出しておきながら全く責任を取ろうとせず、うやむやに闇に葬り去ろうとする「党」への反感をつづります。

 そうして思い通りの作品を書き上げた高さんのガンは、思いがけずも縮小して行き生還できたので、それだけ自由に書けないコトが彼には大きな苦悩だったコトが伺えます。 一命を取り留めた高さんはもう失うモノが無くなり、芸術家を大事にするフランスに亡命して活躍し続けています。

 物語に於いて、民主革命の旗振り役となる文学教師に名前を付けるとし、初めは高行健をもじった名前を考えましたが、彼はまだ生きているので勝手に名前を使うのはどうかと思い直して、20世紀中国最大の文学者とされる郭沫若(グォ-モーロー)から取るコトにしました。

 彼が中国史上最大の作家とされるのは、その知識量や作品に込める熱量が他を抜きん出ていたからだけでなく、その影響力も作家としては最大だったからです。 沫若は当時流行っていたプロレタリア文学(労農を主体とする)を描いて共産革命を支持し、孫文の妻で国民党内で大きな力を持っていた宋慶齢は彼の大ファンだったタメ、国共内戦で多くの兵を共産党側へ寝返らせており、それがなかったら共産党は国民党に敗れていただろうと言われます。

 なので沫若は革命後に「党」から大いに歓待されて、「中国文学芸術界聯合会」の首任主席に抜擢されますが、共産党による言論統制によって中国文学が事実上死んで行ったコトに責任を感じて苦悩します。 この苦悩は彼の孫-郭沫平にも引き継がれるとし、次回は北京大学で文学教師を永年務めて学長にまでなった彼の孤独と苦悩を描きます。

 

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