
ずっと ずっと お~ちゃんのベイビーを望んでた・・・。
幼い記憶の中のシェパード「ジョン」
アメリカ人の家から父が貰った子・・・だと 思う。
母の背中にシェパードが背負われて獣医さんに行った事を
覚えている・・・・。
ジステンバーが 子犬の命を多く奪ってた時代・・・。
家族の看病で 大人になったジョン。
賢い犬だった・・・と、思う。
自転車が盗まれた日から・・・・シェパードのジョンが帰ってこなくなった。
数日して母が 自転車を押して帰ってきた・・・その後ろを
ジョンが とぼとぼ・・・帰ってきた・・・・・。
駅前で盗まれた自転車が見つかって その横にジョンは 数日間いたそうで、
ジョンを見掛けた人が 知らせてくれて
自転車もジョンも見つかった・・・・。
ジョンは 自転車が盗まれたので ずっと見張ってたんだ・・・・。
幼い私の記憶には ジョンは・・・・断片的なものしかない・・・・。
私の頭の中のシェパードといえば あの聡明なジョン・・・・。
いつか シェパードを飼いたい・・・って 思ってた。
で、探し当てたのがお~ちゃん・・・・。
天下の名犬 ラッツの娘・・・と、言うだけで決めた。
ラッツの血統が 展覧会の系統で 訓練には むいてないなどと言うことも知らずに・・・・・。
で、今となっては
恥ずかしい限りだけど、シェパの繁殖にかけては 老舗といわれるSさんに
「将来は 警察犬になってくれたら嬉しいです」などと言ったけど、
Sさんご夫婦は きっと苦笑いしておられたに違いない・・・。
展覧会の子だよ・・・・とも 仰らずに笑っておられました。
どんなに良い固体でも よい教育を受けなければ 良い子には なれないとの教育理念を 私はもっています。
ほんとうに 恥ずかしいことだけど、
何も知らないから言えたんだけど・・・・
お~ちゃん の学校で 入学手続きのときに
「展覧会もやって 訓練も入れて 将来は 警察犬にしたい」と言ってしまいました。
そしたら「この子は 展覧会系統の子だから ちょっと無理だとおもいますよ~ぉ」って言われて・・・・
「へっ???」って 初めてびっくりするか~ちゃんでした。
あの頃は 展覧会の子に服従訓練「脚側歩行」を入れると
展覧会のシェパードの美しい動きをしなくなる・・・・とか
言って服従訓練もしてはいけないとか・・・・・
あとで、よその訓練士さんから聞いて、またしても
「いやはや 何もしらない私の要望に さぞかし 学校の先生達も困っただろうなぁ・・」と 恥ずかしく思ったものでした。
でも、お~ちゃんは 地道に服従訓練も 選別も そして
展覧会も・・・と それは それは 忙しい毎日を過ごして
いたわけで・・・・。
馬鹿で 無知な事が原因で始まったお~ちゃんの とんでもない忙しい生活と 無理な申し出を聞いてくださった横浜A訓練所のお陰で 展覧会もめいっぱい愉しませていただいて 服従訓練でもそこそこの成績を残し、最終目的の警察犬にもなり、
いっぱい望みを叶えてもらいました。
これを 瓢箪から駒っていうんでしょうか??
これ以上 望んではいけない・・・と 自分で自分に何度も
言い聞かせてはいたけど、お~ちゃんの赤ちゃんを望んでしまいます。
もう 何度も交配してだめなんだから・・・・と
あきらめは 心の中に出来上がってはいるんです。
でも、 でも・・・・・と思ってしまいます。
お~ちゃんが 競技会生活引退して 警察犬を引退して
のんびりお家にいて 天寿を全うしたら 我がシェパード人生は それで THE ENDです。
お~ちゃんの子が生まれていれば まだまだ我がシェパ人生は
続きます。
「も~ぉ・・・この子はぁ・・・・」と 言いながらも
続くわけで・・・・。
だから どうしても お~ちゃんの子がほしい・・・・。
てなことで またしてもA訓練所には 無理無理言っちゃった・・・・。
次の子を飼えばいいじゃん・・・・
次の子は 訓練系統の・・・・と
言ってくださる人もいます・・・。
でも、お~ちゃんで 刷り込みができちゃったから、
他の系統では だめなんです。
お~ちゃんの子が のんびりのほほんおばかさんでも
それは それで 良いんです。
これで ダメなら 諦めます。
そう思っています。
そう 思おうとしています。
馬鹿な飼い主だなぁと 自分で自分のこと思います。
6年前にお~ちゃんをお迎えしたときと 全然変わらないぐらい
いまだに オオバカな飼い主です。
そんな飼い主を相手にしてくれてるお~ちゃん・・・
ありがとうよ・・・・。