てんもく日記

ヒゲ親父が独特の感性で記録する日記。このブログがずっと未来に残るなら、子孫に体験と思いを伝えたい。

なんとも寂しい・・・

2021年05月31日 18時35分47秒 | 【ヒゲ親父】出来事
夕方に聖火リレーのニュースを見た。

なんとも寂しい光景でした。

コロナだから仕方ないけど、何かねぇ、
オイラにとっては、おそらく生涯一度の地元の聖火リレーだったろうに・・・、
なんかコロナのせいで我慢するのが、悔しんだよね。


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旧北国街道をゆく《県外》越前二つの峠編

2021年05月29日 22時23分19秒 | 【ヒゲ親父】街道をゆく
越前は今庄宿の先にある板取。


日野川の支流である孫谷川。


おっ説明板がある。



読めん・・・

ならば、
щ(゚V゚щ) くるっとキャモ~ン!

味方の本登場です。

越前国もそろそろ終わり、これより近江国へ向けて峠に登っていく途中にある集落です。

ここは板取でも下板取という場所。

少し進んで、




上板取に入ります。


石畳。


芽葺きの古民家が数軒ありました。


「越の国へようこそ」

国境から最初の集落ですからね。

それにしてもよく保存されています。

人もお住いのようです。

さらに進むと、板取関所跡。


ここ。


さて旧北国街道は通常このまま栃ノ木峠と向かうのですが、
ふもとの今庄宿で二つに分かれた木ノ芽峠経由で敦賀へ向かう方の旧街道に向かいます。


そこに行くには、この今庄365スキー場を越えていかねばなりません。


これを登るのです。

といっても車が通れる道がありますよ。(ほっ

かなり急こう配の坂道を登り上がると、駐車場がありました。


周辺ウォークマップを見ます。

なるほど少し歩けば旧北国街道(旧北陸道)があります。

ここから歩きます。

脇に木の棒が何本か置いてあったので、一本取ります。




旧街道に出ました。


言奈地蔵堂があります。


この道も旧北国街道です。

味方の本によると、
奈良時代、今庄から敦賀までのルートは、標高389メートルの山中峠を経由するもの、
次いで平安時代に開設された標高628メートルの木ノ芽峠経由となったが、いずれも北陸と京を結ぶ北陸道の原形である。
柴田勝家によって、敦賀を経由せずに直接今庄から木之本へ繋ぐ標高593メートルの栃ノ木峠経由の北陸道が開設されると、以後メインルートとなったが、
江戸時代においても山中峠、木ノ芽峠経由も盛んに利用され、栃ノ木峠経由が東近江路、木ノ芽峠経由が西近江路とも呼ばれるようになった。

では木ノ芽を目指して進もう





昔のままの姿でしょうね。


視界が開けた。

向こうに峠がある。

見えてきたぞ。


木ノ芽峠。


峠の茶屋です。


ふむふむ。


中に人が居られるようでした。


石標があります。


明治天皇木ノ芽峠御小休所附御膳水。

明治天皇巡幸ではここで御休憩され、

このお水でお茶を飲まれたようです。


この峠、多くの方が行き来したんでしょうね。


松尾芭蕉も、


新保か、幕末に水戸の武田耕雲斎率いる天狗党もここを通ったわけですね。


さて木ノ芽峠をあとにして、もう一つの峠を目指します。



栃ノ木峠です。近江国に入りました。

橋の向こうが越前国です。

考えてみれば、古代ならばこれより向こうが越の国(越前、越中、越後)となります。
※ちなみに加賀・能登は越前に含まれていました。

なぜ北陸道と呼ばれたのか?
とある書籍に書いてありましたが、本来なら東海道と同じように北海道と呼ばれるべきだった、
古代の畿内人が国境よりあちらを見ても山深くのイメージが強く、海道というイメージができなかったとか・・・、


この峠の由来、樹齢500年の巨大なトチノキがあったから。

残念ながら令和元年に朽ちて切られたようです。

あれか!


たしかに大きい、直径2mくらいかな。


旧街道は、この急な傾斜を上り下りしていたようです。



はい今回はここまで。





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ブラオイラ#398(福井の峠を越えて余呉湖編)

2021年05月29日 19時43分32秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
土曜にパートがあるカミさんでも月(四週)に一回は休まなければならず、
本日が休日なのでどこか行きたいねとなった。
人と接触しない場所で、前から行きたかった場所があります。

福井南越にある旧北国街道の二つの峠です。
木ノ芽峠と栃ノ木峠。
(詳しくはこの後に作成する「旧北国街道をゆく」で紹介します)


北陸自動車道を走ります。

建設中の北陸新幹線の下をくぐります。

滋賀との県境山岳地直前の今庄ICで下ります。


日野川沿いの道を走ります。

当然、この川は日本海にそそぎます。

しばらく進むと、


板取宿に着きました。

石畳みも残っており、

ここには貴重な茅葺きの古民家が残っています。

すばらしい


道路に出て、少し進むとめずらしいスタンドがありました。


温泉のお湯のスタンドなのです。


そして、ここで道は二手に分かれます。


どちらも旧北国街道につながりますが、右は木ノ芽峠を越え敦賀経由で近江に入るルートで、真っすぐが栃ノ木峠を越え近江に入るルートです。
栃ノ木峠ルートは新しく柴田勝家が開設しました。

右に進みます。


今庄365スキー場に入りました。


このスキー場の上の方まで車で登ることができます。
頂上付近にある駐車場で車を降ります。
 

少し遊歩道を進むと


旧北国街道に出ました。


そして、木の芽峠です。

峠の茶屋の建物が残っています。


ここをあとにして、もう一つの峠である栃ノ木峠に向かいます。

越前と近江の境である栃ノ木峠です。


この峠は分水嶺でもあります。

このあたりに降る雨、峠を境に福井側に落ちれば日本海へ、滋賀県側なら太平洋まで流れるのです。

ひっそりと地蔵堂があります。


この裏手あたりに、


水が流れてるわけですが、これ


大阪にある大きな淀川の、

(拝借

まさに源流なのです。


365号線の坂道を下っていきます。
まだ川もこの程度です。


このあたりまでくると、


ずいぶんと大きくなりました。



のどかなところです。


しばらく進むと余呉湖があります。


琵琶湖の北にあって、余りみたいな湖です。


天女の羽衣伝説の地でもあります。



このあたりで羽柴秀吉と柴田勝家の賤ケ岳の戦いがあったわけですが、

前田利家公も柴田側として出陣していますが、やる気のない参戦でした。


余呉湖をぐるりと一周します。


この戦いといえば、福島正則や加藤清正が活躍した賤ケ岳の七本槍。


その激戦地は、


切り通しのこんな狭い場所で行われたらしいのです。


なかなか興味深い場所でした。

さて帰りましょうかね。

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オイラにゃできないこと・・・。

2021年05月28日 23時12分26秒 | 【ヒゲ親父】思考日記
カミさんから、
「たまには一日のんびりしたら」と言われることがある。

例えば、
朝起きてから、こんなソファに横になって一日中テレビでも見ながら、
ゴロゴロしようと試みたこともあったけど、

10分で飽きた・・・。

オイラにゃできないなぁ、
何もしないということが苦痛なのです。

明日からの土日、特に予定は無い。
「さて何かしないと」と今から思うこと自体、
どうかと思う今日この頃・・・。
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エアロバイクがやって来た。

2021年05月26日 21時23分09秒 | 【ヒゲ親父】出来事
オイラの妹から、お古のエアロバイクをもらった。


COMBI AEROBIKE EZ101です。


さてさて、何度目かのダイエットのきっかけにでもなればいいかな。
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昔の番組が面白い

2021年05月25日 19時40分26秒 | 【ヒゲ親父】評論的な・・・
ダイニングにあるセカンドテレビにはHDDが内蔵されており、
お好み録画機能というのがあり、オイラはドキュメンタリー/教養:歴史・紀行のジャンルで設定しています。

おっこれは興味深い!
合掌造りの村 富山県五箇山

昔聞いた懐かしいテーマ曲が流れます♪~

4K よみがえる あの番組 新日本紀行 昭和45年放送

オイラ1歳の頃の番組です。

富山の五箇山、冬になると道路が雪で埋まり陸の孤島になるので、


庄川を船で往来するんだって・・・(大変だわ


かわいいこの子、今はオイラと同じくらいのオッサンになってます。


さてと風呂に入ってから、ゆっくりと当時の五箇山の様子でも見てみようと。
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憧れの生活。

2021年05月24日 20時43分23秒 | 【ヒゲ親父】思考日記
野菜をくれる隣のおじいちゃん。
80代中頃くらいかな。

毎日近くの畑に行って、農作業されている。

なんか憧れるなぁ。
オイラもそういう年寄りになりたいね。
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ブラオイラ#397(コマツ発祥の遊泉寺銅山ハイキング編)

2021年05月23日 19時12分41秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
土日で息子が富山から帰ってきて「すっかり運動不足や」と言うので、
ならば山へハイキングでも行こうかとなった。

今日は午後から晴れる予報だったので(
最近整備された小松にある「遊泉寺銅山跡」へ家族4人で行ってきました。

 

銅山というわりにはそれほど山奥でもありません。
でも雲がかかってるね。


到着。
このあたりを「遊泉寺銅山ものがたりパーク」として、見学施設や山歩き遊歩道が綺麗に整備されたのです。
よしここから1時間程度の山歩きです。



さて話変わって、
石川県で誕生した会社で一番大きな会社はなんでしょう・・・、

それは建機メーカーのコマツ(小松製作所)ですね。
コマツの「こまつ」は小松市からですね。
豊田市のトヨタみたいなもんです。
その世界のコマツが誕生したきっかけが、まさにこの遊泉寺銅山なのです。

<里山みらい館発行パンフより>
江戸時代から加賀藩所有のもと採掘が行われていた「遊泉寺銅山」が、明治35年に竹内鋼氏により本格的な操業がスタートし全国でも有数の鉱山となりました。
大正時代に竹内明太郎氏が鉱山機械の会社「小松製作所」を立ち上げ、のちに世界的建機メーカーのコマツにつながるのです。




信じがたいけど、このあたりに大規模な鉱山街があって、


労働者とその家族で5000人も住み、駅、学校、郵便局まであったというのですが、


信じられません。


そんな銅山跡に残っている遺構は多くないようです。

煉瓦造りの炉跡。

少し曇だけど、かえって涼しくてよかった。


こういう石垣がところどころに残っています。


池がある。


オタマジャクシがいっぱいいる。


里山みらい館でもらったパンフレット


山歩きMAPが掲載されており、


このあたりに鉄道駅がありました。

この鉄道はここより小松駅まで繋がっていました。

進みます。

結構見学者の方が歩いていました。

ここは砂山口で二方向に分かれます。


右に進みます。


ふと地面に目をやると瓦が散乱していました。

当時のモノでしょう。

しばらく進むと右手に、

巨大煙突です。

製錬所のシンボル。

このあたりに選鉱場、電気分銅所、事務所が立ち並び、竪坑から搬出された鉄鉱石を運び出すインクラインが敷設されていました。

チリンチリン♪

はっ自転車! まさか当時の労働者か!

ボワ~ん・・・

(当時の風景)

自転車行っちゃった、タイムスリップしたかと思ったわ。


鍛冶屋の炉跡。


そして出ました、竪坑跡ですね。

安全面を考えコンクリートで囲ってあるとのことです。

フムフム

250mの深さがあるんだって。

この穴に、


石を投げ入れてみると、

「カラン、コロン・・・カラン・・・・コロン、コロン・・・・」
たしかに深そうな音が鳴りました。

さてMAPを見る。


ここから舗装道路は終わり登坂がはじまります。


まさに息切れ急斜面です。


ここにきて天気も晴れてきました。


汗かいちゃうね



巻き上げ装置跡。


ふぅ、ふぅ


おっキタ――(゚∀゚)――!!

砂山頂上です。

カーン!


小松市街、日本海まで一望できます。

少し休憩。

これからは下りとなります。


  


足を滑らさないように気を付けて、


大きな道に出ました。


池がある。


かっての銅山街の水源地です。


ここからは比較的に楽な道のりでしたが、

ヘビを3匹も見ました。 うち1匹はマムシ

見覚えのある場所まで戻ってきました。

二方向に分かれた砂山口です。

ずいぶん天気が良くなりました。暑いくらいです。


ぐるりと周ってくる約3キロで1時間の山歩きハイキングでした。


里山みらい館。


あっコマツの建機だ。


いい場所でしたよ。

息子もいい運動になったようです。


(おまけ

実はこの場所、ブラオイラの初期に行っているんです。⇒ブラオイラ#40(小松市コマツ編)
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庭作り61春夏花壇①・・球根掘り上げ。

2021年05月22日 12時50分00秒 | 【ヒゲ親父】庭のこと
三分割されて、
「眺める花壇」「細長い畑」「春夏花壇」とした。

その春夏花壇は、
春にチューリップとシバザクラ、
夏にアサガオを植えます。

そのチューリップも枯れたので、


来年のために球根の掘り上げをしようと思います。

えい!


よし。


大きめの球根だけを取って、


秋まで、


保管します。


次のアサガオまでしばしお待ちを・・・、

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庭作り60細長い畑③・・小さな実発見。

2021年05月22日 11時34分37秒 | 【ヒゲ親父】庭のこと

本日はくも~りなり

さてさて、


細長い畑ですが、


ミニトマト


小さな実がありました。



ナス


ナスはこんな感じ。



ししとう



土壌が心配でしたけど、

なんとか少しづつ生育しているようです。
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PHP 表紙の絵が好きなやつだった。

2021年05月21日 19時52分21秒 | 【ヒゲ親父】評論的な・・・
コンビニの本コーナーで目に止まった。

表紙の絵が良かったので、思わず買ってしまいました。

少し前なら、河北潟に注ぐ川で似たような感じの風景があったね。
オイラこういう感じ好きなんです。
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梅雨ってる?

2021年05月20日 19時36分22秒 | 【ヒゲ親父】出来事
あれ、石川県は梅雨ってる?

まだだっけ・・・。
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大谷フィーバー!

2021年05月19日 19時46分41秒 | 【ヒゲ親父】評論的な・・・
大谷フィーバーだね。

今一番HOTな話題。
明日は先発登板だ。
いけいけー!!!!
コメント (2)
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えんぴつ派。

2021年05月18日 20時23分34秒 | 【ヒゲ親父】思考日記
オイラは、
えんぴつ派ですね。


シャープペンシルなんて嫌いです。
芯が丸くなれば、鉛筆削りで削るのさ。

昔、親父が鉛筆ばかり使っていたのが
わかる歳ごろになりました。
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見ちゃってる「青天を衝け」

2021年05月17日 19時00分00秒 | 【ヒゲ親父】評論的な・・・
NHK大河ドラマ「青天を衝け」が面白い。


これは予想外でした。
今年の大河はオイラ的には外れ年だろうなと思っていたので、

第一回から全回見ています。
俳優陣がいいね、特に北大路欣也の徳川家康がいい。

渋沢栄一については、よく知らないので勉強しようと思います。
個人的には、敦賀で関連の地を訪れたこともあり、
水戸天狗党の終焉のシーンなどが描かれたらと期待しています。
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