抗がん剤を用いる化学療法は、全身性がん治療の第一選択です。しかし、抗がん剤は疲労感/倦怠感や筋肉痛、ひどい場合は心筋症といった副作用を起こすことが問題視されています。原因は心筋や骨格筋などの萎縮であることは知られていましたが、抗がん剤が筋萎縮を起こす機構は不明でした。 今回、生理研の西田基宏教授(九州大学教授兼務)は、九州大学、群馬大学、東京大学、京都大学との共同研究において、心筋細胞膜に存在し、抗がん剤投与により発現増加するTRPC3チャネルが、活性酸素を発生することで心筋細胞を萎縮することを発見。実際、TRPC3チャネルを阻害する化合物が、抗がん剤誘発性の心不全を軽減することを明らかにしました。 本研究結果は、米国医学誌が発行するJCI insight誌に掲載されます(平成29年8月3日日本時間午後10時 オンライン版掲載)。 |
がんは、我が国で最も死亡率の高い病気であり、日本人の2人に1人が罹患するといわれています。抗がん剤治療(化学療法)は、手術および放射線治療と並ぶ「がん治療の3本柱」の1つとして、高い医療実績を誇っています。その一方で、化学療法を続けることにより、筋力低下による疲労感/倦怠感や廃用(寝たきり)症候群、心筋症といった副作用が起こりうることが問題視されています。しかし、抗がん剤が筋力低下を起こす原因についてはよくわかっていませんでした。
私たちのグループは昨年、心筋細胞膜上に存在するCa2+透過型カチオンチャネル(transient receptor potential canonical (TRPC) 3)が、酸化ストレスの原因となる活性酸素の生成酵素である細胞膜タンパク質NADPHオキシダーゼ2(Nox2)と相互作用し、Nox2タンパク質の分解を抑制(安定化に寄与)していることを報告しました。さらにTRPC3チャネルは心筋細胞の物理的伸展刺激により活性化し、Nox2からの活性酸素生成を促すことで、心臓の線維化(硬化)を誘導することも明らかにしてきました
今回私たちは、高用量のアントラサイクリン系抗がん剤ドキソルビシン(商品名:アドリアシン)が、心臓において急性期にTRPC3-Nox2タンパク複合体数を増加し、酸化ストレスを誘発することで心筋細胞を萎縮させることを、マウスを用いて明らかにしました(図2)。ドキソルビシン投与は、心筋細胞の「低酸素化」を誘発することでTRPC3タンパク質の発現を増加し、TRPC3がNox2タンパク質を安定化することでNox2依存的な活性酸素の生成を促し、結果的に心筋細胞を萎縮させることがわかりました。TRPC3とNox2の相互作用を特異的に阻害するタンパク質をマウスの心筋細胞特異的に発現させたところ、ドキソルビシン投与によるマウスの心筋萎縮と心機能低下が軽減されました。さらに、TRPC3チャネルを阻害することが報告されている複数の化合物の中から、TRPC3-Nox2複合体形成も抑制できる化合物pyrazole-3を同定し、pyrazole-3がドキソルビシン誘発性の心筋萎縮を顕著に抑制することも明らかにしました。
一方、適度な運動がマウスのドキソルビシン心毒性を軽減することも過去に報告されています。適度な運動を与え続けたアスリートモデルマウスの心臓ではTRPC3-Nox2複合体形成が抑制されていました。TRPC3遺伝子欠損マウスの心機能を解析した結果、やはりアスリートモデルマウスの心臓と同様にコンプライアンス(弾性と伸展性)の高い柔軟な心筋を呈していることがわかりました。TRPC3チャネル活性だけを変化させても心筋の柔軟性は変化しないことから、TRPC3-Nox2複合体形成の阻害が、適度な運動を模倣することで、抗がん剤投与による急性期の心筋萎縮を抑制する可能性が示されました
本研究により、TRPC3-Nox2複合体形成が抗がん剤誘発性の心筋萎縮を引き起こす原因となることが明らかとなりました。今後、TRPC3チャネル活性およびTRPC3-Nox2相互作用を阻害する薬と抗がん剤の併用療法の開発が、健康長寿社会の実現や医療経済的負担の軽減に大きく貢献するものと期待されます。
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