強い奴に、会いに行く。

失ってはならないものがある。

それは、牙。


己が力を誇示し

自分を高めるために絶対に必要なもの。


譲れない、負けられない。


例え敵がどんなに強大でも

立ち向かう勇気の象徴

己を奮い立たせてくれる唯一の武器。


それが牙である。

では

我々、人間にとって牙とは何か。


それは


拳である。



盟友との邂逅。

この緊張感

この高揚感。

いったい、どう言葉に表せばいいのか。


一目で

その存在に気づく。

一目で

その強さに惚れる。


そこから先に待つものは

果てしない戦いの日々。


どこから来て

どこへ行くのか。


すでに覚悟はできている。

例え修羅に成り下がろうとも

強さへの探求をやめてはならない。


己が拳

それが打ち砕ける日まで

この戦いは続く。


もう迷わない。

この震え

この動悸。


言葉はいらない

ただ拳を交えるために

出会ったのだ。


もう立ち止まらない。


牙が折れるまでは、雌雄は決しない。


この覚悟、本物


こいつ



本物。









私の目の前にある

一本のゲームソフト。


後悔はしない

でもためらいはある。


これから続く、戦いの日々が

私の判断を鈍らせる。


いいのか

戦ってしまったら、もう後には戻れない。

でも、出会ってしまった。

私の牙を、触発するものに。


私の失われた戦いの本能を、呼び醒ますものに。



そんな今日この頃

いかがお過ごしでしょうか。


キタキター！

ついにこの日がきましたよ。

そう



ストリートファイターⅣ


の発売日なんですよ。


嬉しすぎます。


仕事中にも関わらず

私はすでにストⅣモード。


お客様との商談中も

テーブルの下で入念に指体操。


トイレに行くときも

弱・竜巻旋風脚で退室。


車に乗り込む時は波動拳

階段からジャンプする時は当然



真・昇竜拳。



言うこときかない後輩に瞬獄殺をくらわせて

今日は定時で颯爽と退社。


愛車のアクセルに蹴りを打ち込み

ゲームショップへ直行。


そして出会ってしまった。

奴に。


「あ～、悠さん。悠さんも買いに来たんですか」


聞き覚えのある声。


すでに

ストリートファイターⅣ

のパッケージに手をかけてる私は

完全に先頭モード。



あん？


危うくメンチを切りそうになったところを

スーパーキャンセルで愛想笑いに繋げ

私は振り返りました。


「いや～、私も会社を早めに切り抜けてきたんですよー」


そこに立っていたのは、私の同僚。

いや、同僚だろうがなんだろうが

戦いの場では、すべてが敵。


「悠さんも、そういうのやるんですね。ＰＳ３持ってたんですか。
　強いんですか、格闘ゲーム？」


はぁ？

何言ってんの？

ボッコボコにしてやろうか



ストリートファイターⅣで。


「実は私、こういう格ゲーっていうんですか、

　そういうの、初めてやるんですよ。

　バイオが出るまでのヒマつぶしにいいかなーと思って」



ザコに用はない。




急いでいる私は


曖昧に返事をして、そそくさと立ち去ろうとしました。


「あ、悠さん、今日の夜はヒマですか？　

　せっかくだからこのまま飯食いに行きましょうよ」



すいません、サガットが待ってますんで。



「はい？　なんですって？」


レジのカウンターに放り投げるように

ストリートファイターⅣを置き

すぐに清算。


今日から、またあの戦いの日々が始まります。


それではみなさん

あの場でお会いしましょう。


合言葉は


強い奴に、会いに行く。