前回、
何か桜のことを書こうと思ったらしいのですが、
ほぼ寝ながら書いていたらしく、
まったくと言っていいほど記憶にないんですよね。
なんかブツ切れみたいに終わってるし、
まぁ続きは改めて書くことにします。
何か作業したわけでもないですし。
それはちょっと置いときまして、
今日はですね、
ちょっとマジメに語りたいなと。
来年で3年目を向かえる、
このネペンテス栽培記なんですが、
少しずつ変えていこうかなと思っています。
手始めに、
ブログのタイトルを変えました。
今まで、
ネペンテスって服の方じゃねーよと、
偉そうに言ってましたが、
よく考えたら、
紛らわしいのは自分の方だったみたいで、
だったら間違いようがないよう、
細かく説明したタイトルにしようと、
思い切って変更いたしました。
誰も知らないかと思いますが、
このブログ、
俺の食卓から始まって、
Dream Makersを追加し、
リターンズとなって、
すべてをぶん投げて普及委員会になったという、
そういうどうでもいい歴史があったりするのです。
すぐ終わるんだろうなと思っていた新企画、
悠のネペンテス栽培記が、
まさか200回を目指すまでに成長するとは、
まったくもって思ってもみなかったことですよ。
で、
3年も経って、
ずっと同じことをしてるのもアレなので、
ちょっとずつ変えていこうと、
そう思い立ったわけです。
で、
ブログの表面だけ変えても仕方ないので、
今回からはテーマである、
ネペンテスの栽培方法にもこだわってみることにしました。
いやー、
でもそう考えると、
ネペンテスだけじゃなく、
自分も成長したなーって思いますね。
あんだけ枯らしまくってたのに、
今は、
まぁまぁ枯らしたくらいまでに上達しましたからね。
そこで今日の話しなんですが、
もし本気で植物を育てようと思ったら、
枯らしまくることをおすすめします。
枯らしまくるということは、
その度に導入し直すということですから、
成功するまでやり続けるということです。
植替え、
用土、
潅水、
日照、
温度、
病気、
害虫、
植物が枯れるイベントは数多くありますから、
一回二回枯らしたくらいで、
育てるのが下手とか、
植物を粗末に扱ってるとか、
そういう声も出てくるかもしれません。
今後のこともありますので、
ここだけはっきりさせておこうと思います。
悠の定義としては、
植物を育てるということは、
造花や置物のように、
ただ見た目を維持するということではありません。
成長だけではなく、
枯れるまでの変化を見届けることが、
植物を育てるということだと思ってます。
じっくりと植物に向き合う、
つまり観察こそが、
育てるということなのです。
どれくらい観察が大事かと言うと、
20年くらい共に過ごしてきた植物でさえ、
私はいまだに水遣りのタイミングで悩みます。
時には、
今日水をやるかやらないかで、
枯れるか生きるか決まるというのも、
直感でわかります。
もちろん、
そのたった一回の水遣りで枯れるわけではありません。
ただ、
そのタイミングのズレが許されないほど、
植物が弱ってるなということが、
これまでの観察による経験でわかるのです。
だから、
鉢に指を突っ込んで湿り気を見たり、
葉にさわって状態を見たりと、
とにかく変化を観察します。
新芽の状態、
葉の色、
幹の感触も変化ないか観察します。
なので、
ここではいつも、
何か意図的に変化を起こさせて、
その後の様子を観察することを、
すべて検証と表現しています。
理由やこれまでの常識関係なく、
実際に起こった結果だけを調べるためです。
だから、
やっぱり植物をよく枯らします。
植物は、
枯らしてから観察が始まるのです。
枯らすからよく考えるようになります。
どうして枯れていくのかもよく見るようになります。
そこでやっぱり枯れてしまい、
ここで嫌になってやめてしまうから、
育てるのが苦手とか、
粗末に扱って植物が可哀想とか、
そういう脱線した話しになってしまうのです。
原因は必ずあります。
観察を続ければ必ず見つかります。
なぜなら、
植物は正直なので、
一定の条件を満たすと、
同じ変化が起きるからです。
つまり、
変化=枯れるならば、
その変化がどのタイミングで起こるかを見ればいいわけです。
そして、
枯らさないように観察を続けると、
今度は育たない植物が出てきます。
なぜ育たないか凄く考えるようになります。
育たないのはなぜか、
よく見るようになります。
そうすると、
ほんのわずかな、
小さな変化に気づくようになります。
これが第一歩です。
二歩目から、
水や土、
光を含めて観察が始まります。
ちょっと今日はもう時間がないのでこの辺で。
ではでは、
また次回にお会いしましょう。
何か桜のことを書こうと思ったらしいのですが、
ほぼ寝ながら書いていたらしく、
まったくと言っていいほど記憶にないんですよね。
なんかブツ切れみたいに終わってるし、
まぁ続きは改めて書くことにします。
何か作業したわけでもないですし。
それはちょっと置いときまして、
今日はですね、
ちょっとマジメに語りたいなと。
来年で3年目を向かえる、
このネペンテス栽培記なんですが、
少しずつ変えていこうかなと思っています。
手始めに、
ブログのタイトルを変えました。
今まで、
ネペンテスって服の方じゃねーよと、
偉そうに言ってましたが、
よく考えたら、
紛らわしいのは自分の方だったみたいで、
だったら間違いようがないよう、
細かく説明したタイトルにしようと、
思い切って変更いたしました。
誰も知らないかと思いますが、
このブログ、
俺の食卓から始まって、
Dream Makersを追加し、
リターンズとなって、
すべてをぶん投げて普及委員会になったという、
そういうどうでもいい歴史があったりするのです。
すぐ終わるんだろうなと思っていた新企画、
悠のネペンテス栽培記が、
まさか200回を目指すまでに成長するとは、
まったくもって思ってもみなかったことですよ。
で、
3年も経って、
ずっと同じことをしてるのもアレなので、
ちょっとずつ変えていこうと、
そう思い立ったわけです。
で、
ブログの表面だけ変えても仕方ないので、
今回からはテーマである、
ネペンテスの栽培方法にもこだわってみることにしました。
いやー、
でもそう考えると、
ネペンテスだけじゃなく、
自分も成長したなーって思いますね。
あんだけ枯らしまくってたのに、
今は、
まぁまぁ枯らしたくらいまでに上達しましたからね。
そこで今日の話しなんですが、
もし本気で植物を育てようと思ったら、
枯らしまくることをおすすめします。
枯らしまくるということは、
その度に導入し直すということですから、
成功するまでやり続けるということです。
植替え、
用土、
潅水、
日照、
温度、
病気、
害虫、
植物が枯れるイベントは数多くありますから、
一回二回枯らしたくらいで、
育てるのが下手とか、
植物を粗末に扱ってるとか、
そういう声も出てくるかもしれません。
今後のこともありますので、
ここだけはっきりさせておこうと思います。
悠の定義としては、
植物を育てるということは、
造花や置物のように、
ただ見た目を維持するということではありません。
成長だけではなく、
枯れるまでの変化を見届けることが、
植物を育てるということだと思ってます。
じっくりと植物に向き合う、
つまり観察こそが、
育てるということなのです。
どれくらい観察が大事かと言うと、
20年くらい共に過ごしてきた植物でさえ、
私はいまだに水遣りのタイミングで悩みます。
時には、
今日水をやるかやらないかで、
枯れるか生きるか決まるというのも、
直感でわかります。
もちろん、
そのたった一回の水遣りで枯れるわけではありません。
ただ、
そのタイミングのズレが許されないほど、
植物が弱ってるなということが、
これまでの観察による経験でわかるのです。
だから、
鉢に指を突っ込んで湿り気を見たり、
葉にさわって状態を見たりと、
とにかく変化を観察します。
新芽の状態、
葉の色、
幹の感触も変化ないか観察します。
なので、
ここではいつも、
何か意図的に変化を起こさせて、
その後の様子を観察することを、
すべて検証と表現しています。
理由やこれまでの常識関係なく、
実際に起こった結果だけを調べるためです。
だから、
やっぱり植物をよく枯らします。
植物は、
枯らしてから観察が始まるのです。
枯らすからよく考えるようになります。
どうして枯れていくのかもよく見るようになります。
そこでやっぱり枯れてしまい、
ここで嫌になってやめてしまうから、
育てるのが苦手とか、
粗末に扱って植物が可哀想とか、
そういう脱線した話しになってしまうのです。
原因は必ずあります。
観察を続ければ必ず見つかります。
なぜなら、
植物は正直なので、
一定の条件を満たすと、
同じ変化が起きるからです。
つまり、
変化=枯れるならば、
その変化がどのタイミングで起こるかを見ればいいわけです。
そして、
枯らさないように観察を続けると、
今度は育たない植物が出てきます。
なぜ育たないか凄く考えるようになります。
育たないのはなぜか、
よく見るようになります。
そうすると、
ほんのわずかな、
小さな変化に気づくようになります。
これが第一歩です。
二歩目から、
水や土、
光を含めて観察が始まります。
ちょっと今日はもう時間がないのでこの辺で。
ではでは、
また次回にお会いしましょう。
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