ちゃんと覚えている訳ではないし、或いはきちんと理解していないのかもしれないのだが、「夜と霧」の作者ヴィクトール・フランクルの言葉が気になった。
「宗教とは言葉」・・・・・言葉には価値観はない。常に伝えるための「手段」でしかない。伝えるための言葉であるから語っている内容に「宗教」としての意味はない。おそらくは、全く同じ内容の一つ一つを、キリスト教と言う言葉、ユダヤ教と言う言葉、イスラム教と言う言葉を使って伝えようとしているに過ぎないと・・・。
ユダヤ人のヴィクトール・フランクルはナチスの殺戮から「生きるべき何かで」生き残り、キリスト教徒の妻を娶っている。
中東で殺戮の絶えない今、この思想の深みを理解できる人は多くはないらしい。