余り理屈っぽいことは避けるべきなのでしょうが、1970年安保世代はどうしても少々理屈が勝ちます。ほんのわずかな違いですが、「全共闘世代」から5年もしないうちに、もう世代の気分は極めて保守化していした。というか、おそらくこの世代の感性を疎ましく思う気分が充満していたように思います。
震源地はベトナム戦争中のアメリカであったことは間違いないのですが、フランスのポップスも、日本の歌謡界も大きな波をかぶっていました。
フランスの場合は、1968年の5月革命でした。これを機にシャンソンの世界も大きく変わったことはその後のシャンソン界というかフランスのポピュラーソングの世界を見れば明らかだと思います。
フランスの思想界は、日本とはちょうど正反対のトレンドを持っています。フランスの教養人は基本的に中間的な立場から始まっても次第に左派的な傾向を強めていくことが多いと思います。
一方の日本は中間的から次第に右派的な立ち位置にずれていくことが多い傾向にありますね。これはなかなか面白い傾向だと思います。
さて、1968年の5月革命ですが、それまで若者の感性を主導していたジョニー・アリディやクロード・フランソワなどはその力を失っていきました。カルチェ・ラタンを封鎖したのと同じ世代のジルーベール・ベコーは苦悩しました。
ジャン・フェラ、レオ・フェレ、ジョルジュ・ムスタキなどが強い力で歌っていました・・・
これらは、日本と同様、現在につながっているというより、次に世代との断絶を感じさせます。50年代の優しく柔らかなが多かった世代、60年代半ばまでのアメリカ的ポップ世代、68年前後の抵抗の歌を挟み、70年代には右翼的反動も含めグローバルなポップスの世代の始まったといえるのでしょうか。
ジョニー・アリディがいない時代の歌い手。大好きなモニック・モレリです。
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