一方で民間にはC(創造的業務)、M(経営的業務)、H(福祉的業務等)が残るが、それに携わるのは少数のプロフェッショナルな人たちであるといわれている。どちらかといえば、民間ではH(福祉的業務)において多くの人が携わる状態になっていくのかもしれない。公共部門にもC、M、Hは一部残るが、多くの人々は市民という立場で公務をワークシェアリングしながら、それぞれ仕事をもつようになるのではないだろうか。
中国のような国では、共産党によって生産力の公有化のあり方が主張されることになるのであろう。しかし民主主義国家においてはプロセス的には生産力の公有化の前に民主化があるべきということになるのであろう。しかし中国においても、発展途上の開発独裁国家ならともかく、すでにある程度の発展を遂げ、国際経済の最前線に到達した社会において、その国のオーナーが国民でなく、一つの党であるという主張はしだいに詭弁でしかないと受け取られるようになっていくのではないだろうか。それは国家を発展させられるのは国民か党かという命題にも通じるかもしれない。またどの文明間でこうしたモデルが共有できるかという問題も生じてくることだろう。
新しい民主主義、新しい学問、それは技術的効率力に社会構造力がついていけなかったがために生じていた落差※を埋めるための「応戦」であり、回答である。どうして社会科学の立ち遅れはここまでになってしまったのか問うこと※、そのことが新しい時代の価値を探すことにつながっていく。それは時代の挑戦に対する応戦の中身でもあり、その内容を豊かにするものだろう。
※社会科学の立ち遅れはここまでになってしまった。
社会科学の立ち遅れは、それぞれの国がやがて対立状態になること、そしてそれが紛争を引き起こし、戦争が再び繰り返されることに象徴されているように思われる。民主主義国家でいえば、ポピュリズムがその国の問題を本当の意味で解決できないこと、既得権の問題が速やかに解決できないところに見られるのかもしれない。独裁的な国家においても、時間と共に強権的支配ができなくなってくるところに現れてくるのかもしれない。民主主義国家、強権国家においても時間と共に現れてくるのは、総合的な力の劣化であろう。劣化を防ぐ意味で軍事力が強調される事態が生じはじめ、やがては戦争状態に進行していくのである。
しかしそもそも我々は総合的な力が何によって生まれてきたのか、また総合的な力を支える諸力が何なのか理解しているわけでもない。それを構成している部分として意見を主張し、行動しているにすぎないわけである。そうした部分の主張が整理、調整できないのは、部分の力の主体であるところそれぞれに「権力者たち」がいるからである。総合的な力の劣化とはこうした(部分的な)権力者たちと大衆との関係性が難しくなっていることが挙げられるだろう。特に後者の権力者たちと大衆の関係性は民主制と強権制とでは「フィルター」の違いとして現れてくることになる。
その一方で両者に共通することとして、政治、社会のガバナンスが恣意的に決定されるよりも、状況に応じて自動的に決定されるようになっていくことの方が望ましいということがある。状況が放置されて、最終的には調整ができなくなり、戦争に至るよりはましではないだろうか。このような考え方が、「新しい社会科学」の考え方の重要な一面になってくるかもしれない。
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