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1985計画の予兆

1985年8月12日の123便遭難事件がかなり早くから計画・準備されていただろう件については、本ブログでも数年前から明確にそれを示してきました。

本ブログでは、その証左を当時のメディア作品・報道、流行などの中に見出してきました。詳しくは「芸能界の闇」シリーズを再読して頂きたいのですが、搭乗していた坂本九さんが、事件から20年以上前の1963年6月に全米ビルボード第1位に輝いたのも、また、123便事件の前年から「グリコ森永事件」によって日本社会が翻弄され続けていたのも、全て計画の準備段階と考えると辻褄の合うことが分かってきます。

そのような、123便事件を巡る計画性の一つの示唆として、Foggy-K氏がまたもや独自視点で動画を作成してくださいました。まずはそれをご覧になって頂きたいと思います。


123便の乗客を検視するために創られた組織と確定!【123便調査File_No.28】

何故か関東の北の外れ群馬県で、1984年に一般医師・歯科医を組み込んだ異例の大規模検死体制が作られており、その「先見性」が翌年の123便事件発生の際に大いに功を奏した。その余りに出来過ぎた話にFoggy-K氏は疑問を呈しているのです。

123便事件ではありませんが、これと似たような話が他にもあり、本ブログでも取り上げたことがあるのをご記憶でしょうか?

 関連記事:地下鉄サリン事件の暗号 

1995年の地下鉄サリン事件では、その犠牲者の多くが東京の聖路加国際病院へと搬送されました。何故ならば、日野原重明先生で有名なこの病院は、何故か大規模テロ・災害に備えた病院設備の増強を済ませたばかりだったのです。この時も病院の「先見性」が称賛されたのを覚えておられるでしょうか?

日野原先生が元731部隊の関係者で、世界的な毒薬の権威であることは既に述べていますが、猛毒に晒された被害者が、まるでその為に準備されていたかのような病院へと搬送され、毒薬の権威によって診断を受ける。こちらについてもやはり出来過ぎた話だと私は思うのですが、如何でしょうか?

いずれにせよ、あまりにも「先見性」が高いリアクションについては、予め計画の中に組み込まれていたと考えるのが、むしろ自然な発想であると私もFoggy-K氏に賛同するのです。


■失敗も織り込み済み?

さて、群馬県警による「先見性の高い」医会発足が計画的なものだったとしても、一点だけ未だに解せない点があるのです。それは、

 陸上遭難シナリオは失敗シナリオ

だったのではないかという疑いです。

どういうことかと言うと、大量の物的証拠・目撃証言が残る陸上遭難シナリオは予め想定されてた123便撃墜計画の本筋ではなかろうというのが、計画立案者の思考に立脚した時に、普通に考え至る結論です。象徴的に123便を葬るならば、やはり証拠が挙がりにくい海上というのが一番に考えられます。

もちろん、これまでの分析から、計画者はカルト集団的要素も持ち合わせているのが分かっているので、そのような普通の思考は通用しないのかもしれませんが。

計画者がいくらかまともな思考をする集団であると仮定するなら、群馬県警の事前準備は、どう考えても

 計画の失敗が事前に分かった上での対処

と見るしかありません。

もちろん、周到な計画とは失敗シナリオを含めてその対策を練るものですが、事件の何年も前の、陸上のどこで起きるかも分からない失敗ケースに対し、ピンポイントで群馬県を指定してきたことには、やはり大きな違和感があるのです。

この大きな違和感は、これまで本ブログでお伝えしてきた、各国軍用機の同事件への干渉についても言えることであり、特に、御巣鷹の尾根に続くスゲノ沢沿いで発見されたオーストラリア空軍の戦闘機破片については、時間的にも空間的にもどうしてそんなものがそこにあるのか私も未だに理解できていません。

 関連記事:The Longest Flight of a Hornet 

敢えて言うなら、そこで何が起こるのか事前に知った上で予め上空に迫っていたという説明なのですが、陸上遭難が失敗シナリオならば、同戦闘機も失敗そのものを予め知っていて待機していたのではということになるのです。

これに関しては、米国のU2偵察機や旧ソ連のミグ25など、速度や航続距離に問題のある軍機が同じタイミングでそこ(御巣鷹の尾根周辺)に居合わせ、しかも全て撃墜されているという奇妙さにも通ずるのです。

それらの不自然さを説明する答とは何なのか?一部のアニメ作品の中にはそれが描かれているようなのですが、果たしてどうなのでしょうか・・・



参考:
 ・黒霧123便関連記事ガイド
 ・(新)ブログ全記事リスト
 ・123便搭乗者検索


TU REX COGITARE COEPISTI IN STRATU TUO QUID ESSET FUTURUM POST HAEC ET QUI REVELAT MYSTERIA OSTENDIT TIBI QUAE VENTURA SUNT
お休みになって先々のことを思いめぐらしておられた王様に、神は秘密を明かし、将来起こるべきことを知らせようとなさったのです。
(ダニエル書 第2章29節)


キリストの御国にて記す
管理人 日月土
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