hiroの花便り

我が家に咲く花や日々の暮らしを綴っていきたいと思います

2005ニュージーランド旅行・北島のロトルア~ワイトモ鍾乳洞/帰国まで

2018-09-21 | 思い出の旅・外国旅行



10月31日 ホテル8:45発
今日から北島に移動。
国内線のNZ5376便にて11:40ロトルア着。



昼食はロトルア湖を一望できるスカイラインレストランにて豚カツ定食。

その後、レインボーズスプリングスでニュージーランドの野生動物を、
レインボーファームでは羊の毛刈りショーを楽しみました。



レインボーズスプリングス(鱒に養殖で有名な動・植物園)
絶滅寸前の動物の保護、人工孵化などを行っており、
園内にはニュージーランド特有のシダなどが、至る所に繁殖しています。
透明度の高い湧水を利用して造られた鱒の養殖場とキウイや
ウエカなどの珍鳥、生きた化石として知られるトゥアタラなどを見学。
見学は1時間ほどで終了しました。
(画像は拝借)





カメラにズームがなく、写真の写りも悪く、
何が何だかわからないのですが、雰囲気だけでも

写真上段左より
キーウィの卵 ?鳥 水槽の鱒
写真下段左より
多分エミューの親子、トゥアタラ ?鳥



キーウィはニュージーランドの国鳥。
飛べない鳥の一種で7000万年前から生息している。
夜行性で1日18時間も寝ているとか。
ニワトリ位の大きさですが、卵はなんと約400g、
ニワトリの卵が50~60gなので、約8倍ですね。
(キーウィの画像はお土産のコースターより)

トゥアタラ(和名:ムカシトカゲ)はニュージーランドだけに
生息する爬虫類で、はの歴史は恐竜より古く2億5000万年まで遡り、
生きた化石と呼ばれています。
体長60㎝、体重1㎏程。
意味はマオリ語で「背中のトゲ」
背中には別名:トゲトカゲの由来となった、皮膚からできた棘があります。


羊の毛刈りショー:レインボーファームにて

毛刈りショーの前に、ショー形式で牧羊犬(シープドッグ)の
働き等を紹介してくれました。
牧羊犬には2種類あって、1つは鳴き声を出さずに
羊の群れを先導するタイプ。
もう1つは後方から吠え立てて柵などに追いやるタイプで
どちらも主人の笛の音に従って働くそうです



ふっくらした羊が見るみる裸になっていきました。



可愛い子羊


ロトルアはマオリ族の故郷と温泉で有名な町。
テ・プイアでは間欠泉やアリオ民俗村を見学しました。



間欠泉
高さ20~25m(最大30m)まで吹き上がる世界有数の間歇泉です。
あまり上がっていないときだったようです。



泥温泉
マオリの人はこの湧き上がる音を「カパカパ」と言っているそうです。



マオリ村
園内ではマオリのカヌーや彫刻を各所で見ました。



マヌカの木と花
「マヌカハニー」はニュージーランドのお土産として有名ですね。

グランドティアラホテル着は17:10
夕食はハンギ料理バイキングとマリオ民族ショーをホテルにて楽しみました。
ホテルには温泉もありましたが、水着着用とのこと。
うっかり忘れてしまった私は大好きな温泉に入ることができませんでした。


11月1日 ホテル8:00発
牧場風景を車窓にて楽しみながら、ツチボタルで有名なワイトモ鍾乳洞へ。



洞窟内をボートで進むと、天井に一面にツチボタルが・・・
神秘的な光景でした。



写真が一枚もないのは、洞内が撮影禁止だったのかもしれません。
(画像はワイトモ鍾乳洞で頂いたパンフレットより)

昼食はワイトモ近くのThe big Appleレストランにてバイキング料理を楽しみ、
食後は一路オークランドを目指しました。



素晴らしいお天気に恵まれ、マウントイーデン展望台では
オークランド360度のパノラマを楽しみました。



名物のハーバーブリッジはバスで往復して車窓見学。
(画像は旅行社で頂いたパンフレットより)

ホテルには7:20分に到着。
夕食は近くの「大黒」レストランにて鉄板焼きのディナーでした。
ニュージーランド最後の夜ということで、
水戸からいらしたシニア男性が、ツアー参加者(28名)全員に
グラスワインをご馳走してくださいました。
この方、羽田⇔オークランドの座席は
ビジネスクラスだったそうですが、パックツアーでも座席だけを
アップグレードできるのですね。

11月2日 ホテル6:50発
あっという間の8日間。
オークランド発9:30のNZ99便で帰国の途に就きました。



空港ではOL時代の同期で、奥様とは何度か一緒に旅行した
ことがあるT夫妻と、ばったり会いました。
あまり会話はできませんでしたが、同期間他社のツアーで来たとか。
コースは少し違ったようですが、私達が雨に見舞われたマウントクックでは、
お天気に恵まれ、宿はハーミテージホテルだったそうです。
成田には16:50頃到着。
着後税関前にて流れ解散となりました。
添乗員の杉山さん、同行者の皆さん、いろいろお世話になりました。
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2005ニュージーランド旅行・アロータウン~ワカナ

2018-09-17 | 思い出の旅・外国旅行


クィーンズガーデン(画像は拝借)

10月30日 ホテル8:00発
OPのジェットボード(13名)とクィーンズガーデン(15名)に分かれての出発。
私はクィーンズガーデン散策を選びました。
クィーンズガーデンはワカティプ湖に突き出した岬にあり、
岬がすべて公園になっています。
緑と水辺が美しい公園でしたが、写真が一枚もないのが残念です。
船着き場のフランクトンマリーナでジェットボード組と合流後、アロータウンへ。


アロータウン入り口の看板

アロータウンはクイーンズタウンの北東約21㎞に位置する町で
1862年に金が発見され、ゴールドラッシュに沸きました。



ストリート沿いには当時の面影を残す古い建物が並んでおり、
土産物店や喫茶店になっていました。


カウラウ川に架かるカウラウ橋

ここはバンジージャンプの発祥地。
ジャンプ台から川面まで43mもあるそうです。
こんな深い谷底をめがけて、太いゴムロープだけを頼りに、
飛び降りるなんて、とても私にはできそうもありません。
ツアー同行者の皆さんもそうらしく、
結局、バンジージャンプは見ることができませんでした。

カウラウ橋近くの土産物店ではニュージーランドの女子大生が
アルバイトをしており、片言ながら会話ができました。
今まで行った土産物店では、ワークホリデーを利用して
来ている日本人の店員が多かったので、ちょっと嬉しかった。

カウラウ川を過ぎ、ワナカ湖に向かう途中も牧場が多く、
羊や牛の、のどかな風景に癒されながらバスドライブができました。



エッジウォター・リゾートホテルで昼食を食べた後ワカナ湖畔を散策。
昼食はシーフードバーベキューのバイキングでしたが、美味しかったです。


ワカナ湖畔

食後はホテル近くの湖畔を散歩。
コバルトブルーの湖と大きなポプラの木が美しく
もう少しゆっくりできたらな~と思いました。
ワカナの町は人口1200、島根県のヒキミ町と姉妹都市だそうです。

午後は土産店などに立ち寄りながらクライストチャーチまで424㎞のバスドライブ。
往路で観光したプカキ湖などにも立ち寄り、18:50にホテル着。
夕食はフラワーディナーでした。
フラワーディナーと言っても、食用のお花を食べるわけではなく、
コース料理の所々にお花が添えられているものでした。
南島で3日間安全運転をしてくれたケビンさんとも今日でお別れ。
明日からは北島に移動します。
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2005ニュージーランド旅行・ミルフォードサウンド観光

2018-09-12 | 思い出の旅・外国旅行
10月29日
ホテル発7:30
朝のクィーンズタウンは少し肌寒く感じましたが、お天気は良好。
この日はワカティブ湖を迂回し、クスマン海に面したフィヨルド地帯の
ミルフォードサウンドまで往復約600㎞のドライブ。
途中、テ・アナウ、エグリントン・バレー、ノブスフラット、
モンキークリーク、U字渓谷とキャズムで写真休憩。
「ミルフォードサウンドクルーズ/約2時間」は13:30にスタートしました。
昼食は船内にて幕の内弁当。
またとない良い天気で、クルーズ中、オットセイやカスケードまで満喫。
クイーンズタウンには19:30に戻りました。
夕食は市内の「Lake Side Palace」にて中華料理。
今回の現地ガイドさんはリコさんでした。


(画像は拝借)

クィーンズタウンからテ・アナウまではバスで2時間ぐらい。
のどかな平原地帯が広がり、いたるところに羊や牛が放牧されており、
その風景を見ているだけで癒されます。

テ・アナウではトイレ休憩も兼ねて30分位時間があったはずですが、
写真が一枚もありません。
多分お土産でも買っていたのでしょうね。

ここからは、「ミルフォード・ロード」を通り、
「ミルフォードサウンド」に向かいます。
「ミルフォード・ロード」は道中すべてが景勝地です。



エグリントン・バレー
広大な平原の奥に山々が広がっています。
西側斜面(左側)はアール山脈。
大昔に氷河が削ったU字型の谷の雄大な景色です。
2002年に皇太子ご夫妻が訪れた時もここで写真を撮られたのことです。



ここを出るとすぐに、ミラーレイクと言う小さな池があります。
旅の栞には下車して散策となっていますが、ここの写真もありません。
そこでネットから一枚お借りしました。

水面近くに立つ Mirror Lakes の看板はわざと逆さまに付けられ、
水に映って正しく読めるようになっています。 



ノブスフラット
ミラーレイクスから10分ほどで着きます。
ここがミルフォードサウンドまでの最後のトイレ休憩となります。
氷河が運んできた堆積物で平原が形作られました。
ミルフォードサウンドへは右手、奥の方に進みます。



モンキークリーク



モンキークリークを日本語に訳すと「猿の小川」
しかし、ニュージーランドには野生の猿は住んでいないとのこと。
なぜモンキーの名がついたかというと
川に流されてしまった犬の名前なんだそうです。



タルボット山という雪をいただいた厳しい山を背景に
きれいな小川が流れていて絵になる風景です。
ガイドさんのお話ですと、モンキー・クリークの水を一口飲むと
5歳長生きするということでしたが、お腹を壊しても怖いのでやめておきました。



ホーマートンネルの手前の風景
ホーマートンネルは、ミルフォードサウンドとクイーンズタウンなどの
都心部の間にあるダーラン山脈を貫く、長さ1219mのトンネルで、
1953年に18年にも及ぶ工事の末完成しました。
現在でもトンネル内は光が無く、岩盤のすぐ横を走るので迫力満点です。



トンネルは片側通行。タイミングが悪いと最大15分待たされます。
その時間を利用してパチリ



バスの中から滝をパチリ



キャズム・甌穴(おうけつ)
ホーマー・トンネルを出ると、そこからは急なつづら折リの道となり、
下る途中にキャズムと呼ばれる奇岩の名所があります。
長年、川の水で大きくえぐられた岩だそうです。

ここを過ぎ、更に下ると15分程でミルフォード・サウンドに到着となります。


桟橋からミルフォード・サウンドを望む。

ミルフォード・サウンド (Milford Sound) はニュージーランド南島・南西部の
フィヨルドランド国立公園に位置するフィヨルド。
テ・ワヒポウナムの一部としてユネスコの世界遺産に登録されています。
発見したのはアザラシ狩りをしていたジョン・グロノで
彼の生まれ故郷、英国の「ミルフォード・ヘヴン」にちなんで名付けられました。


ミルフォード・サウンドの素晴らしい景色です。
(写真はイマイチですが)
左の一番高い山がマイターピーク。



フィヨルド観光船に乗り、約2時間のクルージングをしました。



滝やオットセイの近くまで船は近づいてくれます。



オットセイ

この先、タスマン海にでると船はUターンします。
この辺は雨が多く、1年間で300日以上降ると聞きましたが、
お天気が良くて何よりでした。
コメント (8)
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2005ニュージーランド旅行・テカポ湖&マウントクック

2018-09-08 | 思い出の旅・外国旅行


(画像は拝借)

10月28日
ホテル8:00発
クライストチャーチより一路、世界遺産マウントクックまで
バスによる長距離ドライブが始まります。
途中、テカポ湖では「バウンダリー犬像」と「善き羊飼いの教会」を見学し、
お昼は少し離れた湖畔の和食レストランでサーモン丼を頂きました。
強風のため遊覧飛行グランドトラバースは中止になりましたが、
山麓のプカキ湖では晴れ間が少し見えるようになりました。
マウントクック・ビューポイントには14:00に到着したのですが生憎の雨。
バスはその後オマラマとクロムウェル(フルーツの町)でトイレ休憩し、
19:00にクィーズタウンに到着しました。
夕食はボビスピーク山頂の「スカイライン・レストラン」にて。
ホテル最終帰着は21:50でした。



テカポ湖に向かう。
クライストチャーチからテカポ湖辺りまで広がるのがカンタベリー平野。
ニュージーランドで一番広い平野です。
穀倉地帯をぬけると、草原には至る所に羊が放牧され、
丘陵地帯では一山全体が羊だらけというところもありました。
羊の数は人口400万に対して4000頭以上だそうです。

羊は年齢によって呼び名が変わり、ラムは一歳未満の仔羊。
ホゲットは一歳から二歳までの羊。三歳以上の羊をマトンと言うそうです。
ラムとマトンは知っていましたが、ホゲットは初耳でした。

日本のジンギスカン料理はマトンを使いますが、
ここではマトンはほとんど食べず、ペット用食品に加工されるそうです。
マトンは癖があると言われていますが、
ラムは草を余り食べないうちの羊なので、癖がないんだそうです。

最近では羊の価格が下がってきたので、鹿や牛に転換する農家が
増えているともガイドさんは話されていました。
(車窓より:写真、ボケていますね



テカポ湖。
テカポ湖は南島のほぼ中央にあり、マウントクックを望む
ニュージーランドの代表的な風景の一つです。
氷河の水が周辺の岩石を溶かして流れ込むため、独特の淡い青色をしています。
あいにくの曇天でその美しさが半減したのが残念でした。
テカポとはマオリ語で「夜の寝袋」と言う意味だそうです。



善き羊飼いの教会
この一帯マッケンジー地区を開拓した開拓民を記念して
1935年に建てられた石造りの教会。
テカポ湖畔にあります。



教会の窓からはテカポ湖とサザーンアルプスの山々がうっすらと望めます。



バウンダリー犬像
開拓時代に柵のない境界線(バウンダリー)を守って活躍した
牧羊犬の功績を称え、1968年に造られたもの。
「善き羊飼いの教会」のすぐ脇にあります。
バウンダリー犬の像の銘板に、牧羊犬への感謝の言葉が刻まれており、
羊飼いの国だと言うことが実感できます。

教会を見学後、少し離れた湖畔の和食レストランに移動。
美味しいサーモン丼を頂きました。



プカキ湖
マウントクックのふもとにある湖。
プカキとはマオリ語で「水の源」と言う意味だそうです。
タスマン氷河から流れ出る水がすべて流れ込んでおり、
美しい青緑色をしています。

近郊には6つの湖があり、それらは標高差を利用した水路が造られ
水力発電や養殖漁業が大規模に行われているそうです。
電力は、主に水力発電で70%、火力発電が約20%、地熱発電が10%で、
国内の電力を賄い、原発には頼っていないそうです。
自然を大切にするニュージーランドらしくて好感が持てました。

少し晴れてきたのですが、雲でクック山が見えなかったのが残念です。
マウントクック(標高3754m)はニュージーランドで最も高い山。
高さは日本の富士山よりやや低いですが、タスマン氷河他多くの氷河を
抱いていているので、登山の難しい山として知られているそうです。

マウントクック国立公園の面積はおよそ7万ヘクタール。
1986年にユネスコ世界遺産に認定されました。



マウントクック(アオラキ)には14:00に到着しました。
アオラキとはマオラ語で雲を突き抜ける山という意味だそうです。
残念ながら雨だったので約1時間のミニハイクは諦め、
(今だったら、雨でも歩いていたでしょう)
ビジターセンターで絵葉書を買ってお友達や家族に出しました。
上の写真がその時、家に出した絵葉書。

マウント・クック村は、ここで観光案内や登山のガイド等を
仕事としている人々だけが住むことを許されている 約300人の村だそうです。
登山をするには、許可が要り、ガイドがつかないと登れません。
散策できなかったのは残念ですが、
ビジターセンターにあった模型写真1枚だけでも撮ってくればよかった。



クィーズタウン
夕食はボビスピーク山頂(標高440m)の「スカイライン・レストラン」で。
急勾配のゴンドラで展望台まで上ると、
眼下にはクィーズタウンの街並みやワカティブ湖が、
遠くにはサザンアルプスの山々が望めます。
食事の内容は忘れましたが、美しい夜空や夜景が印象的でした。
ホテルに着いたのは21:50。
コメント (2)
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2005ニュージーランド旅行・クライストチャーチ

2018-09-05 | 思い出の旅・外国旅行

13年前の2005年10月26日(木)から11月2日(水)までの8日間、
阪急交通社のパッケージツアーでニュージーランド旅行を楽しんできました。
当時はまだブログをしておらず、デジカメも持っていなかったので
写真も少なく、写りもイマイチなのですが・・・



これら↑の資料やインターネットで調べたものをまとめて、
少しでも記憶に留めておこうと、ブログに残すことにしました。

10月26日~27日
成田空港第2ターミナル16:15集合
18:15発のニュージーランド航空90便で約11時間の空の旅と3時間の時差を経て
翌、10月27日午前9時、ニュージーランドの玄関口オークランド国際空港に到着しました。
添乗員は杉山さん。ツアー参加者は28名でした。


オークランド

その後、オークランドから、国内便NZ2525便に乗り継ぎ、
目的地の南島クライストチャーチに12:20到着。

クライストチャーチは、ニュージーランド第三の都市であり南島最大の都市。
庭園の美しい都市として知られ、市内には740ヶ所の公園がある。
1850年にイギリスからの移民が、リトルトン港に到着し築き上げた都市で、
移民者を率いたジョン・ロバート・ゴッドリーらが
オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジの出身であったことが、
この街の名前の由来となっている。

まずは、春を迎え暖かくなったクライストチャーチ市内観光へ。
現地ガイドは小島さん。
美しく手入れされたモナベイルに立ち寄り、昼食はダルキースファミリーご自慢の
私邸を見ながら、本場英国アフタヌーンティーを。
その後エイボン川にかかる追憶の橋(車窓)ハグレー公園、大聖堂(下車)を見学し、
16:30にホテルに到着しました。



モナベイル
市の中心から2km。エイボン川の上流にたたずむモナベイル。
どこの家も、庭は花に彩られ、美しく整然としていました。
ガイドさんのお話ですと、庭の手入れを怠り
草を60㎝以上伸ばすと罰金が掛けられるそうです。
洗濯物も道路から目に付くところに干してはいけない事になっているそうです。



エイボン川のせせらぎを聞きながら散歩。
咲いている花は桜でしょうか。
13年も経つと忘れてしまいます。メモしておけばよかったわ。



親友のSさんと





ダルキースさんと愛犬アシュリー(ゴールデンレトリバー)
家の中を隅々まで見せていただきました。
壁塗りなど、家のリフォームはすべてご主人がなさり、
業者に依頼されたことは無いそうです。
この後、本場英国風のアフタヌーンティーを頂きました。



追憶の橋
エイボン川にかかるアーチ型の石橋。
第一次世界大戦当時、兵士たちは家族や恋人に見守られながらこの橋を渡り、
兵舎から駅まで行進して各地の戦場に向かっていったという。
現在の橋は1923年に建設されたもので、戦争の犠牲者を偲ぶ慰霊碑も兼ね、
平和の願いも込められている。
(画像はお借りしました)



ハグレー公園内・ピーコック噴水



クライストチャーチ大聖堂
高さ63m 尖塔をもつゴシック様式(1904年完成)の美しい教会。
2011年2月22日の地震でその尖塔が倒壊し、その後が気がかりでしたが、
昨年、やっと再建が決まったそうです。

ホテルに着いたのは4:30
夕食まで時間があったので、免税店でお買い物をしたり、
市内を散歩しました。
ホテルはクライストチャーチ大聖堂の近く。
夕食は旅の栞に魚料理と書かれていますが、全く覚えていません。
コメント (16)
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思い出の旅・バンコク③

2016-10-08 | 思い出の旅・外国旅行

四日目(2001/2/6)
バンコク市内観光&お買い物



王宮とエメラルド寺院は同じ敷地内にあり、
暁の寺はチャオプラヤー川の対岸にあります。
まずは、暁の寺まで渡し船に乗って!



ワットアルン(暁の寺)
アルンとは暁のこと。
三島由紀夫の小説『暁の寺』の舞台となったことで知られています。

中心の大塔を4つの小塔が取り囲み、須弥山(しゅみせん)
を具現化している。須弥山とは古代インド仏教の世界観で、
その仏教世界の中心にある山のこと。
(画像はネットより拝借)



大仏塔
ラーマ1世の時代に建立されたタイ最大のクメール様式の仏塔で、
高さ79m、周囲243mある。



仏塔を支える鬼の使者と彩色陶磁器片で装飾された花や植物。



インドラ神とその乗り物である3つの頭を持つエラワン象。


王宮とエメラルド寺院

1872年、ラーマ1世がバンコクに遷都すると、
豪華絢爛な王宮と王室専用の寺院ワット・プラケオが建てられました。
寺院の本堂にエメラルド仏が安置されていることから、
エメラルド寺院とも呼ばれています。

王宮はラーマ1世から5世まで5代の王様が暮らしていたそうです。
現在では日常的な公務は行われていませんが、
戴冠記念日など特定の儀式や祭典が行われているそうです。

あまりの暑さに、気分が悪くなりましたが、
頑張って歩きました。

王宮には短パン、ノースリーブ、サンダルでは入場出来ません。



王宮
手前がチャクリー宮、奥に見えるのがデュシット宮。
重厚なルネサンス様式の大理石造りの上に、タイ風の尖塔が乗っ ている。
デュシット宮は王宮内で最も古い宮殿。
(画像はネットより拝借しました)





カンボジアの世界遺産であるアンコールワットの模型。
このワット・プラケオを建造した時代の王であるラマ4世がアンコールワット
を訪れた時に感動して模型を造らせたそうです。




ワット・プラケオ(エメラルド寺院)
(画像はネットより拝借しました)





黄金色に輝くプラ・スィー・ラタナ・チェディ
(画像はネットより拝借しました)



「ヤック」と呼ばれる守り神(鬼)


次はワットポー(涅槃寺)へ↓
黄金の涅槃仏が見守るバンコク最古の王立寺院。
国内のどの寺よりも多くの仏像を所蔵し、
タイ・マッサージの総本山としても有名だそうです。



涅槃仏とは、釈迦が入滅する様子を仏像として表したもので、
寝釈迦像、寝仏、涅槃像とも呼ばれ、タイの寺院で多く見られます。
この寝釈迦像は長さ46m、高さが15mもあるそうです。



穏やかな美しいお顔をされています。



仏様の足の裏には真珠母貝を使った
美しい螺鈿(らでん)の模様が施されていました。


最後に、ワットトライミット(黄金仏寺院)へ↓
ワットトライミットは首都バンコクの中華街入り口にある
スコータイ時代に建てられた由緒ある寺院。
高さ4m、重さ5.5t、純度約60%の黄金仏が安置されています。



黄金仏はアユタヤ朝時代、ビルマ軍の略奪から守るために
漆喰で覆われ、放置されていましたが、
1953年、安置されていた廃寺ワット・プラヤーグライの
取り壊しにともなう工事の最中に落下して
漆喰が割れ、中から黄金の仏像が現れたといわれています。



写真の仏像が黄金仏であるかどうかはわかりません。

この日のお食事は
☆朝食はホテルでビュッフェ
☆昼食はプリンスパレスホテルにて飲茶
☆夕食はタンジンにてタイ宮廷料理でした。


五日目(2001/2/7)
この日は一日フリーでした。
同行した近所の方のご主人が単身赴任をしていたので、
オカマショーや豪華なディナー(ランチだったかも)
に案内して下さいました。
スカイトレインに乗ってタイ古式マッサージに行ったり、
ジムトンプソンのお店で買い物をしたり、
日本のデパートのバンコク支店にも行きました。
ツアー中、ジュエリーショップや観光客相手のお店、
タイ国免税店等に連れて行かれましたが、
香辛料や調味料などは観光客相手のお店より、
日本のデパートのバンコク支店の方が安かったです。
(なので追加して買ってしまい、お土産が増えて増えて


六日目(2001/2/8)
モーニングコールで起こされ、ホテルをチェックアウト。
バンコク・ドンムアン空港発08:45のJL708便で
成田空港に向かい、16:30に到着。
一緒に行ってくれたTさん、Hさん、Mさん、Fさん、
どうも有り難うございました。
コメント (8)
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思い出の旅・バンコク②

2016-10-06 | 思い出の旅・外国旅行

三日目(2001/2/5)
バンコク郊外ツアーとお買い物



この日はバンコク郊外へのオプショナルツアーです。
エンジンボートに乗って水上マーケットに朝一番に出かけました。



ダムヌンサドゥアック水上マーケット
(画像はネットより拝借)

水上マーケットと言っても実際お買い物をするのは
運河沿いにある陸地のお店でした。

ご一緒した友人の中に、ご主人がバンコクに単身赴任中で、
タイには何度も来ている方がいて、
こういう所では値切って買うのが常識と、
値切り方まで教えて下さいました。
おかげで雑貨品などすべて半額で買うことが出来ました。
お買い物が楽しくて、マーケットの写真を撮るのを忘れてしまいました。



ナコンパトム大仏塔
ナコンパトムはバンコクから西へ55kmのところにあり、
インドシナ半島で最初に仏教の教えが伝えられた仏教伝来の街とされています。
この巨大な仏塔は3世紀頃にモン族によって建てられたと言われ、
高さは120.45m、世界で最も高い黄金色の仏塔だそうです。
仏塔の周りを囲むように、金ピカの様々な仏様が置かれていました。



最後に、ローズガーデン観光です。
ローズガーデンはバンコクから西南約32Km。
大仏塔と同じナコンパトム県にあります。
タイの文化や伝統を手軽に満喫できるスポットです。



象の曲芸



ムエタイ(左) 結婚式(右)
この他バンブーダンスやタイの舞踊等も楽しむことが出来ました。

パンフレットによるとこの日のお食事は
☆朝食はホテルでビュッフェ
☆昼食はチャワンレストランにて
☆夕食はフカヒレ専門店スカラにてフカヒレの姿煮を含む中華料理
でした。
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思い出の旅・バンコク①

2016-10-04 | 思い出の旅・外国旅行
2001年2月3日から5泊6日で
お友達5人でタイのバンコクに行って来ました。
「ホテルも観光もおまかせバンコク・こだわりグルメの旅6日間」
と銘打った阪急トラピックスの海外ツアーでしたが、
お食事の写真を1枚も撮ってこなかったことが残念なところです。

両替は成田空港で。
1バーツは約2.6円でした。
現在は1バーツ約3円だそうですので、
あまり変わりませんね。

基本的にタイではチップの習慣はないそうですが、
気持ちとして、枕もとに毎朝、
2バーツ(20バーツ?)置いておきました。
お水はミネラルウォーターを利用していましたが、
買ったものなのか、ホテルからのサービスだったのかは
記憶がさだかでありません。

一日目(2001/2/3)
成田18:30発のJL707便でバンコクに向かい、
到着したのは22:45
タイの時間は日本の2時間遅れなのでフライトは6時間15分。
バスでホテルに向かい宿泊。
(モンティエン・リバーサイド・ホテルに4連泊)



当時の旅行のパンフレットより

二日目(2001/2/4)
バンパイン離宮
バンパイン宮殿は、アユタヤ王朝時代にチャオプラヤ川の
中州に王族の避暑地として築かれた宮殿。
王朝崩壊後は約80年間放置されていたそうですが、
19世紀になってラマ4世が再建に着手。
再び王族の夏の離宮として、また各国の要人をもてなす
迎賓館としても使われているそうです。
広い敷地の中には、中国式、西洋式、現代風等の建物があります。               



中国様式の建物 プラ・ティナン・ウェーハート・チャルムーン

建物で大きく撮れた写真はこれだけ。
今だったらデジカメで何枚も撮っていたでしょう。





現地で頂いた離宮のパンフレット
写して来なかった建物も全部ではありませんが写っています。



象の形に剪定された植木







バンパイン離宮の庭園には数々の美しい花が咲いていました。



ワットヤイ・チャイモンコン寺院
1357年、アユタヤを建都した初代ウートン王がセイロン
(現スリランカ)に留学中の修行僧たちの瞑想のために建てた寺院。



寺院の内部



象に乗ってアユタヤ遺跡



ワット・マハタート寺院跡
菩提樹に包まれた仏像



ワット・プラ・マハタート寺院跡
壊された仏像









その後、日本人町跡、お買い物に案内していただき、
一日目のツアーは終了しました。
日本人町跡はそれほど見るところはなかったのですが
現地のガイドさんから聞いた山田長政の話が印象に残っています。

本日のお食事
☆朝食はホテルでビュッフェ
☆昼食はウートンインにてタイスキ
☆夕食はソンブーンにてタイ風海鮮料理
日本人向けに味付けをしてあるのか、どのお料理もとても美味しかった。



当時の旅行のパンフレットより

異国の文化に触れることが出来て大感動の一日でした。
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思い出の旅・クアラルンプール

2014-09-08 | 思い出の旅・外国旅行
2000年4月20日
ホテルで朝食後、クアラルンプール市内観光をしました。

クアラルンプールはマレーシアの首都。
マレー半島の南部の丘陵地帯にあり、人口は約160万人。
大阪市と姉妹都市になっているそうです。

クアラルンプールはマレー語で「泥が合流する場所」という意味で、
ゴンバック川とクラン川が合流している位置にあります。


マレーシア国旗

1857年に中国人の植民者によって、スズの採掘拠点として開拓され、
英国植民地時代はスズとゴムの産出の中心として発展しました。

1941年1月15日から太平洋戦争終了までは、旧日本軍の占領統治下に
ありましたが、戦争終結後は再び英国の植民地となり、
1957年8月31日、「マラヤ連邦」として完全独立を達成しました。

1963年にはシンガポール、東マレーシアのサバ、サラワクを加え、
「マレーシア連邦」成立。1965年8月9日にシンガポールが分離独立し、
現在のマレーシアが形成されました。



旧王宮の入場ゲート
(写真はネットよりお借りしました)
両端の小さなボックスには衛兵さん
大きいボックスには馬に乗った衛兵さんがいました。



塀越しに眺めた王宮
2011年11月に新しい王宮に引越され、
現在は王宮博物館として一般公開されているそうです。



国立回教寺院(国立モスク)
入口で青いスカーフとローブを着用し(現在は紫のようです)見学しました。



モスク内部 
入口から見るだけ、室内には信者しか入れません。



国家記念碑
マレーシアの独立に命を捧げた兵士を顕彰する、
高さ15mの7人の兵士のブロンズ像。
高さ15.54mの立体ブロンズ像は世界最大級の大きさだそうです。



国家記念碑の後ろに立つ、
タマネギ形の屋根飾りの建物の前で記念撮影。



国家記念碑の手前には噴水



旧連邦事務局ビル
ムルデカ広場(独立広場)から通りを隔てたところに建っており、
現在は最高裁判所、高等裁判所として使用されています。
1894年に、イギリス人建築家A.C.Normanの設計によって建てられた
ムーア様式のレンガ造りのビルで、中央にある時計塔。
高さは40mあり、クアラルンプールのシンボルとなっています。

独立広場周辺は、英国統治時代の面影を色濃く残す素敵なエリアです。
フリータイムは1時間以上あったと思いますが、疲れが出たので、
ベンチに腰掛けて、のんびりと美しい街並みを楽しみました。



この日の食事は昼食はスチームポート(マレー風しゃぶしゃぶ)
夕食は何処で何を食べたか忘れましたが、
きっとこんな舞踊を見ながら、楽しくいただいたのでしょう。



旅の栞をみると、国立博物館にも行ったはずなのですが、
写真が見当たりません。
↑の写真は古い王室を再現した展示だと思うのですが、
国立博物館で展示されていたのでしょうか。
写真の裏にメモだけでもしておくべきでした。



ツインタワー
さようなら、クアラルンプール (バスの中から)

帰りは
クアラルンプール発 23:00 JL-724便にて成田空港へ
2000年4月21日 06:45成田着
これで「シンガポール・マラッカ・クアラルンプール」3都市周遊
の旅5日間(観光は3日間ですが)は終わりました。

ご訪問いただきましてありがとうございます。
本日は都合により、コメント欄を閉じさせていただきます。
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思い出の旅・マラッカ

2014-09-05 | 思い出の旅・外国旅行
2000年4月19日
センチュリーマコタホテルで朝食後、
マレーシア最古の都市・マラッカ市内観光をしました。



マラッカはマレー半島西海岸南部に位置し、
マレー半島とスマトラ島を隔てるマラッカ海峡に面しており、
2008年にユネスコ世界遺産に登録されました。
旗はマラッカ州旗

マラッカの歴史は14世紀末、スマトラ島(現インドネシア)
パレンバンの王族の「パラメスワラ王子」により
「マラッカ王国」となったことから始まりました。
16世紀にはオランダ、17世紀にはポルトガル、18世紀には
イギリスの植民地となり、今もなおその時代の影響を残しています。

ではオランダ広場からスタートしましょう。



マラッカ教会
1753年建立のオランダ様式のキリスト教会で、
東南アジアで最古です。
右に一部写っているのはスタダイス(議事堂・市役所)。
現在は博物館。



セントポールの丘より望むマラッカの町とマラッカ海峡



セントポール教会
1521年、ポルトガル支配の頃、キリスト教布教の拠点として
建てられました。
白い像はフランシスコ・ザビエル。
ザビエルはここから日本に旅立ち、また死後9ヶ月間は
ここに遺体が安置されていたそうです。



サンチャゴ砦
1511年。ポルトガル軍がオランダ軍からの攻撃に備えるため
建てられた「ファモサ」と呼ばれる要塞。
(写真がなかったので記念写真を使用)

この他マレーシア最古の中国仏教寺院「チェンフーテン寺院」
も見学しましたが、修理中で写真は撮っていませんでした。

マラッカ観光後、マレー鉄道に乗り、列車内でお弁当を食べ、
車窓からの風景を楽しみながら、クアラルンプールに向かいました。
(タンピング~クアラルンプール 乗車2時間)

夕食後(どこで何を食べたのか覚えていません)
クアラルンプール郊外のセランゴール川にて小舟に乗り
をみて、この日の観光は終わりました。

クアラルンプール市内のセンチュリークアラルンプールホテルで宿泊

*******************************

マラッカで残っている写真はブログに載せた4枚と、
ホテルでお友達と一緒に写っている写真・2枚だけでした。
今だったら、お食事の写真やマレー鉄道、車窓からの風景、ホタル狩り。
オランダ広場やセントポールの丘でも、まだまだ沢山撮っていたでしょう。

しかし少ない写真ながらも「思い出の旅」として、
ブログにしたおかげで、二度旅を楽しめた気分になれ、
マラッカの知識も少しは深まったような気がしました。

クアラルンプールに続く・・・
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思い出の旅・シンガポール

2014-09-01 | 思い出の旅・外国旅行
2000年4月17日から4月21日まで、
近畿日本ツーリストのパッケージツアーで
「シンガポール・マラッカ・クアラルンプール」の旅をしました。
娘と行く予定でしたが、仕事が休めなくなり、
キャンセルしようとしたところ、近所のお友達が同行して
下さることになりました。

行程
2000年4月17日 
成田空港発 17:55 JL-711便にてシンガポールへ 
23:45シンガポール・チャンギ国際空港着 ANAホテルに宿泊


シンガポール国旗

2000年4月18日 
ホテルにて朝食後、シンガポール市内観光とショッピングへ

チャイナタウンマーケット(写真なし)
市場をささっと見学しました。
南国独特の野菜や果物、新鮮な魚介類が並んでいました。



観音堂
シンガポールで一番古い仏教寺院。
中にはお花とお供えを持った沢山の人がいました。

写真は業者さんが写した記念写真の下の方をカットしたもの。
当時は自分で写す写真が少なかったので、
どこに出かけてもこのような写真を買っていましたが、
今から思うとバカバカしいですね。



スリ・クリシュナン寺院
ヒンドゥー教寺院。観音堂の近くにあります。



色鮮やかで独特な姿の彫像が印象的でした。



ブギスストリート
街並みはいろいろ見ることができたのですが
ツアーなのでゆっくりお店を見たり、買い物が出来なかったのが残念です。



アラブストリート



アラブストリートのシンボル サルタン・モスク



クラークキーミニクルーズ



マーライオンも見えます。



川からの眺めは素敵でしたが、
夜だったらもっと素敵なのでしょうね。

昼食はラッフルズホテルで飲茶を頂きました。
昼食後1階にあるルイ・ヴィトンでお財布を買いましたが、
今もまだ使っています。
観光の途中、ツアー観光客向けの土産店に連れて行かれ、
24金のネックレスを買いました。
そこそこのお値段はしましたが、本物かどうかわかりません。
身に付けたのは一度だけ・・・
ずっと箪笥の底で眠っています。

シンガポール一日観光の後
18:20 JL-721便にてクアラルンプールへ
19:20 クアラルンプール着 
バスにてマラッカへ センチュリーマコタホテルに宿泊
けっこうハードなツアーでした。    続く・・・
コメント (8)
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