伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

自分の生活こそが聖地です

2012-07-30 11:34:35 | 再検証シリーズ

どんな道でも目覚めます」(2011-06-03)

私たちは、
1.仕事 2.仕事と生活上で会う人々 3.家族や縁者 
という三要素の中で生きています。特に、起きている時間の半分以上は、生きるために1番に時間をかけているものです。
ということは、人生の半分以上は何らかの仕事に費やしているのです。
自宅で仕事をするモノ造りの職人さんなどは、その大半を1番に集中させているでしょう。2と3の出会いも、限られた少ない人数です。
それでも長年にわたり仕事に集中していますと、心の内面が充実していき、良い顔に成っていくものです。
家庭の主婦も、家庭という小さい社会に居ても、懸命に家事を行い、家族への思いやりの行為をしていますと、心の成長が起こっています。
3番への介護が自分の重要な仕事と成り、自身の修行の場とされている方も同様に、心の成長が起こります。

社会に出て働けば、たくさんの人々の中でもまれて大変です。他人に心が乱されて、悩むことが多いものです。
しかし、この中でも自分の良心を守りながら、懸命に生きていれば、より大きな心の成長が起こる可能性に満ち満ちています。
要は、どんな道を自分が歩んでいようとも、心の良心を「意識して」働くことが最重要なのです。
この意識が無ければ、どんな道も苦痛であり、徒労であり、漏電に終わる可能性が高まります。
どんな悪条件の中でも、自分の良心は?と意識すれば、そこは最高の修行の場へと変貌して行きます。
この世は、「自ら意識しないことには」、焦点が他所に逃げてしまう世界なのです。
これは、逆に言えば、本当の自由を与えられているということなのです

意識するも、しないも自由。心が成長するも、しないも自由なのです。自由には、厳しさも在りますね。
「心の成長」と上記で何度も書きましたが、これは本当は正しくは無いのです。
心は成長し切った神の分神であり、すでに完全な悟った存在です。
だから心の成長とは、思い出すこと、どれだけ目が覚めるか、と表現するのが正しいです。
自ら目隠しをして生まれて来て、与えられた限定時間(人生)の間に、どれだけ「自分自身で」目のフタを取れるのか?
というゲームを、私たちは行っている最中なのです。
このゲームを何回生まれてでも試して来たのです。
もうそろそろ全員が目隠しを取りますよ。
これには時間感覚の変化が関係します。この物質世界を創りだしている正体は、時間だったのです。

時間という幻想が無ければ、この世界は生まれていませんでした。
この時間感覚が、これから更に減少して行きますので、人類は目覚めることに成ります。
この稀有な時代を楽しんで見てやろう、生きてやろうではないですか。

(感想)
どんな仕事でも真剣に懸命に没入すれば、人間の意識の向上が起こるということです。霊的にも目覚めが起こります。
結局は仕事の種類や内容ではなくて、自分の誠意(良心)をどこまで仕事の中に発揮するかということです。他人が見ていなくても関係ありません。自分自身との対話の聖なる場所に、仕事を使います。
売上の向上や利益UPのために仕事をするのも良いのですが、必ず息切れがします。成果が出なければ嫌にも成ります。
そうではなくて、自分の良心を発露させる場所が仕事だと考えます。その副産物として、給与や仕事の成果が後から付いて来るものだと考えましょう。

どんな仕事を通じても、自分の良心(内在神)を発露させて、これが普遍的な神という存在に自然と行き着き、その人物が輝きます。
宗教や信仰をしなければ神様に行き着かないという誤解を人類はしています。
これは大きな間違いであり、間違った信仰は本当の正神から離れて行きます。
仕事や社会生活の中で、自分の良心に従って懸命に生きれば、誰でも本当の神様へと行き着きます。
本当の正神は姿を見せる・話し掛けるなどの奇異が一切ありませんので、素直な普通の人間に成るのがカンナガラ(神との一体化)の証拠と成ります

これと同じことを強烈な信仰を通じて証明した聖人が、近代のインドに存在しました。ラーマクリシュナ(1836年~1886年)です。
彼は、当時の体験入門出来るすべての宗教(ヒンドゥー教・イスラム教・キリスト教・仏教・・・・)に入り、どの宗教組織でも部外者であるにも関わらずに、最高の覚者の認定を受けるという奇跡を短い生涯の間に成しています。
どの宗教でも、教団に関する神々を下位の存在から順番に見神して行き、その宗教の秘中の秘を代表者に語ることで認定を受けました。
ラーマクリシュナが最後に行き着いた信仰は、なんとインドの土着の魔神信仰であるカーリー女神への信仰でした。

縁あるすべての信仰を極めた彼が言うには、どの宗教のどんな信仰を極めても、最後に行き着いた神はどの宗教でも「同じ1つの神様」だったと言います。
魔神カーリー信仰でも、やはり最後は同じ1つなる神様を見神しています。
下位の神々はそれぞれ個性ある姿形を持ちますが、上位の神になるほど個性が消えて行き、最後は太陽のような「愛の海」だったと発言を残しています。
どの宗教どの宗派でも、最後は「太陽の愛の海」が現れると彼は言いました。

本当の神様は、太陽として人類に毎日姿を見せているのです。私の体験でも、最後はやはり「愛情のカタマリ」としか表現しようのない太陽が脳内に示現します。
ラーマクリシュナが体験したことは、宗教でなくても社会の仕事を通じてでも、同じ1つなる存在へと行き着くことが可能なのです。
1つなる存在からしますと、宗教も仕事も生活もすべて同じであり、神へと行き着くことが可能な「道」に出来るのです。

大切なことは、自分の良心(内在神)に従って生きることだけなのです
これが、1つなる存在へと通じる最短であり、本当の神様への信仰とかってになるのです。
人間はどこの聖地にも、偉い先生にも会う必要がありません。
自分が今いる生活の場を、誠意と良心を発露させることで聖地にすることが可能なのです。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

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コメント (422)
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