旅、思いで思い出し           何も知らずに旅にでた!

昔ズート昔、旅をした。何も知らない私が、若かった,若いだけだった!
半世紀前の事....

807 映画は夢!〚放映前に作る課程は見せないで〗(次回更新予定日 5月15日 第三土曜日)

2021-05-01 03:13:39 | 映画

 『本日5月1日 誕生日、冥土の旅への一里塚、嬉しくもあり、嬉しくも無し!』その場に自分がいたと信じられない半世紀前、お世話になっていたエリザ宅で私と同い年の息子との映画談。一番好きな映画は?勿論「明日に向かって撃て」、だから「Shoot  for the tomorrow」と、それ何??「Butch Cassidy and the Sundance Kid」分かるはずが無く、以後、原題を覚えるようにしています。

 しかし最近は原題そのままのタイトルが多くなり、意味の分らない映画も!名前だと勘違いしたノマドランド 「Nomadland」(後、何故かアカデミー作品監督賞等受賞?車で生活している漂流民、やっぱアメリカ!)、 デンマーク映画だから観たけど「わたしの叔父さん」原題Uncle。日本語題名を付ける手間を省いているのでしょう。何だか分からないから見に行く人!そう私です。二本共コロナ最中に危険を冒して行く必要はありませんでした。

 Butch と Sundance Kidの二人の最後のシーンは日本題名から想像でき、バートバカラックの音楽が素晴らしいです。彼らを追う追跡隊を山の向こうに見て”What are those guys?"コペンハーゲンで、崖から川に飛び込む昔、特撮、今メーキングシーンをTVで、この場面はこうして撮ったのかと感動しました。

 その昔、ケインコスギの主演映画の前宣伝を橋から船に飛び降りた所がソフトマット。同じ頃、怪奇映画と思いますが放映前に砂浜の下から石鹼泡でブクブクと!共に本編は見てまいません。

 特撮と呼ばなくなってから公開前にメーキングシーンを頻繫に、大好きな岡田准一 さんの今度の映画も同じです。一作目は何も知らずに見たのですが残念です。これらは種明かしを先に見せる芸の無い手品です。

 映画が大好き日本人とスイス人とで、海外で初めてのロンドンタクシーに乗って町外れある映画館に「明日に向かって撃て」いえ「Butch Cassidy and the Sundance Kid」を、と言う訳で8回以上も❕ 映画好きに取っては、沢山の劇場があるロンドンは聖地、最高の地。50年も前、劇場のロングランは、一年以上と驚きました。社会人になって仕事で行ったのにレスタースクエアーの映画館をハシゴした事が忘れられません。

 デンマーク映画「バベットの晩餐」も好きな映画で、何時でも見ようとカセットテープを!時代は残酷、これらの二つの映画はCDを買わなければと思っています。古い映画ですが、皆さんにお勧めです。

 もう一度見てみたい映画「トーチソングトリロジー」朝早く好きな男より先にベットから出て、髭を剃るゲイの悲しい愛の話。いい映画でした。

 映画の話は続きます。昔、ロンドンで間違っていなければ日本映画「怪談」を、シリアスな場面、白州に座った50人程の侍が一斉にこちらを見たとたん全員が爆笑。月代をハゲだと思ったのでした。貴重な経験となりました。

 淀川長治さんは、どんな映画にも良い所があると!しかしメーキングシーンは??映画の良し悪しは自分自身で決めたら良い事で、一人で観に行くものです。関係ないですが、一番好きな日本俳優は、配達のバイトをしてラジオを聞いている時に亡くなった事を知った市川雷蔵(68年7月17日に37歳没)です。船場言葉が素敵な「ぼんち」「陸軍中野学校」「炎上・金閣寺」等々、どれも最高です。【映画って本当にいいものです。さよなら さよなら さよなら!】

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458 水谷先生 有難う御座いました。 (毎週土曜日 更改しています)

2016-03-12 05:33:27 | 映画
 高校時代は、学校へ行き毎日顔をあわせ、特にクラスメートやその先生方は、いろんな意味で忘れ難いものとなっています。
 その中で卒業後お付き合いして頂いた先生は、担任ではありませんでした。1年生の時は、隣のクラスで大変怖い先生がいると評判でした。その先生に2年から古典を習う事となりました。今でも、「る、らる、す、さす、ず、むじ、まほし まし」何の事か忘れていますが古典の方式として教えて頂いたことを覚えています。その元気一杯な先生が亡くなったと報告を受けました。癌で孤独死とは、まだ良く分からないですし、まだ信じられない状態です。

 先生は、「映画監督五所平之助を偲ぶ会」の会長で、監督を大変尊敬されていました。何冊も本を書かれて、毎年東京の例会に出席されていました。五所監督は第4代:日本映画監督協会理事長で日本最初の国産トーキー映画『マダムと女房』の監督として有名でした。
 テストの点数をつける時にいつも「ごしょ」と書いておられました。監督が1981年5月1日と79歳で亡くなっていますが、同い年に先生も亡くなられるとは、何かの縁、又、不思議さを感じます。

 私は、市川雷蔵の大ファンで、その生涯を書いた本を読んで欲しくて先生に送りました。映画の話、散策や人生についても何にでも話が合う人、合わしてもらえる人が京都に行けば、何時でも会えると思っていましたが、淋しくなり残念です。

 45年前、まだ1ドルが360円だった頃、私がスイスの小さな町を一人歩いている時に、団体バスから降りて来た先生に偶然にお会いした事がありました。確か、道路が敷石で、ひき詰めてありました。そして、今でも良く覚えている近くのオープンカフェテリアで珈琲をご馳走になりました。その時、これからパリに行く、部屋は自分だけで遠慮はいらないからと、巴里祭に自分の部屋に来ないかと聞かれました。あの時、行っていればと何時も思い出します。特に、映画「ジャッカルの日」を見る度に巴里祭に行かなかった事を悔いています。結局、その後、巴里祭に行く予定も無く過ぎていきます。

 カフェを去る時に、「マダム シルブプレ」とチップを置いて行かれた事を忘れていません。楽しい思い出での一つです。阪神ファンの先生、阪神優勝の瞬間でも空から見てください。又、先生がこのブログを書く上での字かず数も教えて頂いて、それ目安にして書きやすくなりました。有難う御座いました。 

バイト先や身近で、僅か5年程で亡くなった方が14人、3月14日は兄の命日、今まで切実に思って無かったですが、死というものが、大変身近なことと感じてきました。
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445 映画って本当、いいものです (毎土曜日 更新)

2015-12-12 04:06:25 | 映画
 映画「杉原千畝」を観て、TVドラマで観て知っているつもりでしたが、最初の数分間で涙が出そうになりました。直ぐに感動、年とは関係無く、映画はいいです。最期の字幕に衣装「黒澤和子」と、是非読んで欲しい「回想 黒澤明」著者の名が出てきました。
黒澤明監督はインタビューで「世界の監督の中で、どの監督の作品を評価されますか。」と同じ様な問いに、自分の映画の宣伝と怒りを抑えて「評論と言うのは、誉めることだと僕は思う。自分が映画監督で特にこの監督が一番だとか、この人は駄目だと言うのは、僕にとって一番大事な映画界をこれから支え、未来を作ってくれる人たちに対して口にすることじゃないと思う」「もし語るとすれば、僕が観た数えきれないほどの映画を一つ一つ、この作品のどこが素晴らしくて、この監督はこういう点で才能があるので是非観て欲しいと、具体的に....」
 「映画って、本当にいいものです!」と淀川長治さんが、良く言っていたことでした。黒澤監督を追う様に彼の死から2か月後に亡くなった人、評論家として素晴らしいと改めて思いました。どんな映画でも何かいいものがある、それを認めて褒めているように言っていました。評論家そのものだと感じました。映画を鑑賞する時は、それを肝にめいじています。
 本の中で黒澤監督が素晴らしい事を言ったより、娘の和子さんが、良く父親の言った事を覚えているなと驚きました。その中に数々の回想として監督の話が出てきます。父親を愛し、尊敬しているのが分かり、本の中から親子愛と言うものを感じました、本当に素晴らしい親子です。そして彼女もやはり、並みの人では、無いと思います。この本の中で、言われている数々の逸話、想像していた以上の父親だったと思います。
 「親がたくさんの本を読んでいれば、強制などなくとも、自然に本に興味を示し、気がつけば読書家になっているものだ。両親ともに教訓めいたことはほとんど言わなかった」とも言っています。又、「人は変わるものさ、それが成長ってもんだろう。年を取るなと言われても、時間は過ぎていくものだよ」
 実は、その点は私もそうで、父親が本が好きで、良く読んでいる姿を見ました。そして、両親から教訓めいたことは言われたことがありません。失敗しても怒られたことも無く育ち、監督は小さい時な泣き虫であった所も、物事に集中するする点等、共通点が被さります。考えてみたら、子供の時は同じだったのに、持っていたものが違う、とか何とか言っても、それぞれに対する、ものの見方、継続的な集中力、その深さが天と地程、違って、まるっきり違う人間が出来上がったのです。 
 でも、映画好きはだけは同じだと思います(@^^)/~~~

 
 
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441 映画 (毎週土曜日に更新)

2015-11-14 04:22:00 | 映画
  最近の見た実話映画「ヒットラー暗殺 13分の誤算」、平凡な家具職人だった主人公が、1939年11月8日、ヒットラーの恒例の記念演説が、いつもより13分早く終わった為に暗殺が失敗し。これが成功していたら多くの人の死は避けられたはずでした。
 主人公が死んでいますので、何処まで本当か分かりませんが、歴史上もっと脚光をあびて誰でも知っている事になっても不思議ないことです。歴史的な事実映画として見るのには面白いかも知れないです。
 時限爆弾は時間通りだったのに、13分前に演説会は早く終るという、まだヒットラーのツキがあったのでした。歴史上、タラ、ハズとか若しかは無いという事です。

近頃、ドラマや映画では汚れと言う事に手を抜きすぎていると思います。街の子が着ているものが、新しすぎるのです。日本のドラマや映画で、ストーリ-が面白く無いので、先ず着ている着物、服が気になってしまいます。我々の子供の時は、近所で遊ぶ時にはガラパンとランニングシャツで過ごしたのに、汚い路地裏の子供さえ綺麗に洗った服(顔はワザとらしく汚しています)を着ています。

 江戸時代や昔のドラマや映画になると、先ず、着物を見てしまいます。まあ、時代劇でお城に登城する藩主ならそういう事もあったでしょうが、街の浪人や町人が真新しい着物を着ているのは許せません。CMが入るから滅多に見ないテレビを、佐藤健さんの天皇の料理番が面白かったので、主演の映画「るろうに剣心」を初めの所を見たけれど、着ているものと畳が新しすぎて止めました。神経質になって来たなと思います。
 
 反対に創作物を本物の様に映像にした監督の一人に黒澤明監督がいます。「7人の侍」の時は、着物を古く見せる為に、手洗いで二ヶ月間着物を洗ったそうです。「用心棒」を撮った時に、映画で味わえることが無いのに、血の臭いづけをやったそうです。まして白黒映画なのに赤い塗料に重油がなにかを混ぜて嫌な臭いがするようにして、見学の5人程の外国の婦人が気絶しかけたと記事に載っていました。映画には出ない臭いも映像の中にいれるとは、流石に世界の黒澤であると感心されられました。
 
 偽物を本当らしく見せるという事で、最近の映画はCGを多用する様になって来ました。以前の「007」は面白かったのに、最近はどうも見なくなりました。これは趣味が変わってきたのかなと思います。

 今、CGをどう使うか使わないか黒澤監督が生きてい「たら」、そんな「たら」はあるはずがないです。
コメント (1)
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