1つ前の投稿の続きです。
「何をもって美しいというか」という所で行き詰まったのですよね、多分。
山本教授は、温かく時に厳しくご指導してくださっていまして、いよいよ卒業論文の方向性やテーマを決めないといけなくなったときです。
その頃、同じ学科の別の講師で、大学院を卒業されて間もなく、この大学に赴任されたN先生の研究室で、友達や上級生下級生らと集まって話したり、みんなで車で海やランチや飲み会などに出掛けたりして楽しく過ごしつつ、哲学的なテーマについてもみんなでよく議論をしていました。
そんな時に、N先生が私に、
「君には、ベルクソンが合ってると思うよ❗」と強く勧めてくれました。
高校時代に、
デカルトの
「我思う。故に我あり」という言葉を、受験勉強の実況中継という予備校シリーズのテキストで聞いたことがあって、
そもそも、大学を選ぶときに哲学にしか興味を見出だせなかったのは、そのとき読んだデカルトの影響が強いのですが…
周りにあまりそういう話題を話せる友達は、高校時代にはいなかったですね。
大学生になり、山本教授の授業でカントの「純粋理性批判」の講義があり、とってみたけれど、難しすぎて当時は?今も?理解できず。
ハイデガーの「存在と時間」は、図書館で借りたけれど、長すぎて疲れる。
じゃあ、ベルクソン??ベルクソン…
誰それ、聞いたことない。
でも、割りと年の近いN先生があれだけ勧めてくれるのだから、考えてみようかな😃と思って、初めて
「時間と自由」を手に取りました。
物質と記憶、創造的進化、あともう1つシリーズ的には4番目の本なども借りて読んでみました。
のちに、山本教授に、ベルクソンをテーマにしたいとドキドキしながら申し出ると、
「あなたは美について、途中まで頑張って書いていたよね」ということまで思い出して下さいました。
その上で、アンリ・ベルクソンのことを相談すると、一言、
「マアでも、ベルクソンは時間と自由が一番面白いよね 🎓」。
私の心は固まりました。
続く
「何をもって美しいというか」という所で行き詰まったのですよね、多分。
山本教授は、温かく時に厳しくご指導してくださっていまして、いよいよ卒業論文の方向性やテーマを決めないといけなくなったときです。
その頃、同じ学科の別の講師で、大学院を卒業されて間もなく、この大学に赴任されたN先生の研究室で、友達や上級生下級生らと集まって話したり、みんなで車で海やランチや飲み会などに出掛けたりして楽しく過ごしつつ、哲学的なテーマについてもみんなでよく議論をしていました。
そんな時に、N先生が私に、
「君には、ベルクソンが合ってると思うよ❗」と強く勧めてくれました。
高校時代に、
デカルトの
「我思う。故に我あり」という言葉を、受験勉強の実況中継という予備校シリーズのテキストで聞いたことがあって、
そもそも、大学を選ぶときに哲学にしか興味を見出だせなかったのは、そのとき読んだデカルトの影響が強いのですが…
周りにあまりそういう話題を話せる友達は、高校時代にはいなかったですね。
大学生になり、山本教授の授業でカントの「純粋理性批判」の講義があり、とってみたけれど、難しすぎて当時は?今も?理解できず。
ハイデガーの「存在と時間」は、図書館で借りたけれど、長すぎて疲れる。
じゃあ、ベルクソン??ベルクソン…
誰それ、聞いたことない。
でも、割りと年の近いN先生があれだけ勧めてくれるのだから、考えてみようかな😃と思って、初めて
「時間と自由」を手に取りました。
物質と記憶、創造的進化、あともう1つシリーズ的には4番目の本なども借りて読んでみました。
のちに、山本教授に、ベルクソンをテーマにしたいとドキドキしながら申し出ると、
「あなたは美について、途中まで頑張って書いていたよね」ということまで思い出して下さいました。
その上で、アンリ・ベルクソンのことを相談すると、一言、
「マアでも、ベルクソンは時間と自由が一番面白いよね 🎓」。
私の心は固まりました。
続く