転じて権威、権力の実力を問うという意味になった。
民主主義と程遠い時代においてさえ、為政者の権威・権力の実力を問うという言葉は存在していたのである。
自分の責任が重くなる程(命運をあずかる人の数が多くなる)、その立場にある人は
義務>権利のスタンスを取らなければならない。
ソレは何も人格が出来た人という意味じゃなく、その不等式が『当然・当たり前』でなければ安定した政治による暮らしは成り立たなくなる。
もう今更……政権の鼎の軽重なんて問いたくもない❗
ここ10日間に彼等が口にした言葉の変遷を切り出して時系列に並べて見れば、『暗愚』、『軽薄』、『詐欺』、『変節漢』……そんなイメージばかりを導く。
彼等の『言葉の軽重』を問えば、彼等が導く事態は容易に察しがつく。
『非を』、『責任を』、認めなければソレで済むという居直り術がすっかりマニュアル化し、彼等のシャラッとした表情には自信さえ漂う始末である。
驚くべきは……一般ピープルの芸人、タレント達の中に政府のスポークスマン的な発言を敢えてする人達が結構いる事……。
何時か書いた『我々庶民はオジサン・オバサン』の様な質(たち)の思考とイコールである。
コレが一番『危険な凡庸』だと思う。
例えば……『GO toトラベル』の総予算の内、三分の1で良いから、自殺した若い女性たち初めとする雇い止め、契約打ち切りにあった人達の失業対策に『緊急措置』として執行してたら?……命はかなりの数救えたんじゃね?
今、杉村大蔵が官僚の用意した数字で政府の応援演説してる。
そもそもその数字の信憑性は?どうやって全員を調べたの?……。
感染経路不明者の異常な増加は旅行者じゃない❗という証拠でもあるのか?キッチリ旅行者全員を検査した見たいに語る手口……流石、政治家目指してただけの事はある。
何が『たったの216人しか?』感染してない?……完全なスポークスマンである。
このレベルで語る『我々庶民さん達』がハンナ・アーレントのいう無思考をベースにして政治の横暴を助ける『凡庸の大罪』なんだと僕は……思う。