風景が映画のように変わり、自分は部外者となって眺めている様な感覚になった。
古い噂を聞いて、その気になった人間がやって来ては上から目線で無礼な言動を働く……それが何度かあって……だからこそ人として失礼しない様に丹念にあしらわなきゃ!と意味の無い努力をしてたのだが……。
そんな嫌な時間を重ねて学習したんだと思う……。随分昔の話だ。
頭の中でプツンと音がしてソイツは道端の石ころくらいの存在になった。
『そろそろ予約の客が来る』……用意しなきゃならないから帰ってくれないか?と静かに言った。
明らかにソイツの顔には恥の表情が浮かんだ。
とても醜い顔だった。言葉に詰まり、それじゃまた……なんてモゴモゴ言って帰っていった。
そういう自分ニュースで生きられない人間。
自分の演ってる態度とイコールの相手の反応なのに……今更ながら狼狽しアタフタする醜さにも、心は何も反応しなかった。
ソイツは懲りずに自分がゴミとイコールだと確認しにそれからも何度かやって来た。
自分の勘違い振りを受け入れられないんだろうな?……と思った。
それはとても悲しい姿だった。
その狼狽振りを見ると……自分で分かってたんじゃねえか!……と思うと尚更だった。
噂は百に一つ真実があれば十分その威力を発揮する。
それを全て真に受けるって愚かしさだけど、嬉々とした表情を見るとイチイチ説明なんてする気にはならなかった。
愚鈍にして凡庸な人間は、そんな『自分の愚かさ』を武器と勘違いするから演る事がしつこくなる。
ま、そのお陰で僕は…静かな鏡面の様な俯瞰で人間と状況を観察出来る様になったんだけど……。
報われない人生を生きているんだろうな?
というよりは生きている実感というものが無いのだろう。
人の風評こそ唯一自分を感じられるリアリティーなんだろうと思った。
感情を越えて、モノクロームでソイツの孤独が見えた。
淡々と映るソイツの孤独は……他人が手出し口出し出来る類いのものじゃなかった。
自分が自分を見なくなって久しい、自分不在の長い時間が彼を突き放している?……そんな風景だった。
誰の人生もやがては終わる……なんて哀しい掟なんだろう?。
どうしても終わってしまう人生ならばせめて自分に出来るのは……その瞬間まで自分で在る事だろう。
他人の話でお茶を濁す暇なんて無いんだよね?……きっと。
自分に忙しい我が人生……そんなに悪いもんじゃないな?……以来そう感じる様になったのだった。
公務員だけど……自分の矜持をキチンと持ってる男が僕に言った事がある。
貴方は自分は報われない損な役割を演ってると思っている。人が作った多額の負債を独りで引き受け……誰もそんな苦労を知ってはくれないと……。
その辛さとか、虚しさとかを分かっている上で……それでも周りの人は貴方を羨ましいと感じているのだと。
羨ましい?……と僕は意外な指摘を理解出来なかった。
演るべきを演っているということが羨ましいのですよ?……貧乏でむちゃくちゃ無いこと無いこと言われて揶揄されてんのに?……ソコなんですよ!……ソレをマジになって引き受けて
る『正しさ』が人を後ろめたくさせるんですよ……貴方はその心ない人達の哀しい弱さを知っておいた方が良いのです……と。
そうすれば酷い仕打ちを演りにやって来る悲しい人を恨まずに済む筈ですから……と。
彼の進言は僕の心の境地としっくりと合致したのだった。
人は……人と引き比べ勝手に人を羨み嫉妬までする。自分の苦痛だけが大変であり常に人は楽に生きてると錯覚する。
哀しいけれどせめてその自分の哀しさに気付いてやる事が大切なんだと思う。
それだけは出来るんじゃね?……と思うのです。それが人の隠された哀しさに目が届く様になる初めの一歩になるのだ……と。