背面の山から降り落ちて来る蝉時雨……山影になった暗いこちら側の岸と対岸の明るい日差しとが昼と夜を同時に演出する様に水面に鋭利な境界線を作っている。
かれこれ三十分もウキを見詰め続けている両眼の奥に鈍い痛みが生じている。
少年はゆっくり波打つウキから目を外せない……。今日こそあの大きなフナを釣り上げるという予感が焦れる感情を抑え込んでいる。
その時少年は間違いなく彼のキサナドゥに在ったのだ。
蝉時雨の中にハッキリと聞いた張り裂けそうに脈打ち続けた心臓の鼓動。
それから何回か夏が過ぎ去り何時しか釣りは少年にとって退屈な遊びに変わり……彼は釣竿を持つこともなくなった。
その河原は平凡な田舎のありふれた場所になり、少年がその草いきれの中に踏み込む事はなくなった。
彼のキサナドゥは灼熱の陽光が降り注ぐ白線がまばゆい赤茶色のグラウンドに変わった。
彼は酸欠の苦しさに忘我の境地に踏み込む寸前で自分の強い意志を必死に呼び覚ます努力をする。
隣にはライバルの途切れ途切れの
息づかい……。
それからまた随分と後になってから彼は気付いたのだった。
あの時こそ……呼び戻す事は出来ない一期一会のキサナドゥに自分は在ったのだと……。
ライバルは片方の肺を摘出し……生きてるだけで感謝だ……と遠い目をして呟いた……。
しかし……これで終わる訳じゃないと言った。
何かを何処かに見付けなきゃ駄目だ……あの緊張感を知ってしまった以上……あの時の昔話には何もドキドキしないから……。
そうだ!あの時を越える『何か』を知って死にたいと思う……と僕は言った。
何度かチャンスはあった。しかし自分の中の何かがリミッタを作動させるのである。
恐らくそれは……張り詰めた空気に耐えられないと癖になった負け癖に違いない……。
マ・ケ・グ・セ……ライバルは一人言のように頷きながら自分を説得する様に……何回も繰り返し言った……。