水子供養と アセンションに向けての意識改革ブログ

命の大切さとともに
ライトボディのことや
意識改革 霊的なことについて
かなりディープな内容になります

戸惑い

2014-11-06 17:34:54 | スピリチュアル
仕事をしていて、スタッフさんたちは女性ばかり。
気持ちよく仕事をさせてもらっていたけれど、
仲の良いスタッフさんと一緒になり、一緒に車に乗っていたとき、
帰り道に思いがけないことを聞かされた。

その人にとってのあの人がどういう人か
その人にとって、別のあの人がどういう態度だったか

わたしが見ている、あの人や別のあの人が、
その人の口から語られると、まるで別人で・・

とてもショックだった。

そして、聞かにゃよかったと凹んだ。。

でも、このままではいけない。
わたしに良くない。

発想の転換をしないと、その人たちに悪いというものでもない。
仲の良いスタッフさんにとった、その人々の態度も真実。
でも、わたしに対しての態度も、真実。

どちらも、その人なんだ。

でも、なんでこんなに別人なんだ?


色眼鏡という答えもある。
良いも悪いもない、色眼鏡。

でも、それ以前に、

その、今日語ってくれた人が、
そもそもどんな現実を選択しているか、だと感じた。

相手に責任があるのではない、
その、今日の仲良しスタッフさんが、そもそも自分で望んで信じている世界。

その世界に出てくる人々は、
その世界にふさわしい現実を見せてくれる。

だから、ある人にとって悪い奴でも、
ある人にとっては良いわけで。

その仲良しスタッフさんの、一人になったときの口癖は、

「どうしよう。。」だそうだ。
でも、とても良い人なんだよ。
わたしは好きなタイプ。

だから、だから、
結局のところ、
わたしはこのままでいいと思うんだ。

みんな好きでいい。
好きな人ばっかりが、わたしの現実。
わたしの周りの人々は、わたしの好きな人しか配置しないの。

いつの間にかそう決めて、
いつの間にか、合わない人とは会わなくなった現実。
勇気を出して、お誘いを断っている現実。

そのまま進もう。
今日聞いたことも、意味がある。

もう一度、あなたはどの現実を選ぶ?
と今日聞かれた。

だから、


何を聞いても、
わたしは、光を選択します。
その人の光の部分を選択します。


合わなくなったら離れる。
そんだけかもしれない。

それが、楽に生きるってことなのかもしれないなぁ。


つくづく思う。

人が多いよと。
昨日上野に行って、大好きな妹と、上野駅近くのprontoの上から、スクランブル交差点を渡る人々を眺めて思った。
こんなに多い人々の中で、多い人々の数の現実と世界が渦巻く。
だから、やっぱり自分の許容範囲の中ででもいいから、好きに生きるべきだって。

こんだけいる人の中で、出会う人は限られているというけれど、
それを選択する権利は、こっちに、お互いにあるんだ。

だから、わがままでいい。

でないと、もったいない。


戸惑いは、もう一度羅針盤を見ようってことだったのかな。

そう思うことにしよう(^-^)

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