母は短大卒業後、地元の大学の事務員として働いていた。
その大学に業者として時折出入りしていた父は、母に一目惚れをしたそうだ。
母といえば、父の存在を知ってはいたものの全く興味がなかった。
まず第一に見た目がタイプではないし、
父は会話をして楽しいような人間ではなく、田舎の朴訥な男だった。
そんな好きでもない男から交際を申し込まれた母だったが、
それをすんなり受け入れた。
20代半ばに差し掛かっていた母はちょうど失恋したばかりだった。
そして、女は25歳までに結婚しなければならないという社会認識が母を焦らせていたのだ。
異性としてはあまり魅力を感じない父であったが
・父が4年制大学卒であったこと
・父が高収入とはいかないまでも収入は安定しており、実家も比較的裕福な家であること
・顔はハンサムとは言い難いが、身長はそれなりにあったこと
・次男であること
という条件が気に入って付き合うこととした。
かつて三高 (「高学歴」「高収入」「高身長」)の男性と結婚することが女の幸せとされていた時代だった。
父は何とかその条件に当てはまっていると母は打算的に思ったという。
そして、
農家の長男に嫁いで大変苦労した祖母が母にしきりに言っていたのは、
嫁姑問題で苦労する長男とは絶対に結婚するなということだった。
また、結婚前にその男が暴力を振るう人間か見極めなさいと。
つまりは、祖父は妻を打擲する農家の長男だった。
母はその祖母の言葉も忠実に守った。
双方の両親や周りから祝福され、母と父は結婚に至った。
‥幸せになれるはずだった。