私が小学生の頃、
法事が何か用事があったのか、珍しく母方の祖父母が我が家に泊まりにきたことがあった。
その時、母の家事を手伝っていた祖母が誤ってお風呂を空焚きしてしまった。
少し焦げた様な臭いがしただけで、風呂釜が壊れたりすることはなかったが、
祖父は祖母を責めたて、
私の目の前で祖母の頬を思い切り平手打ちした。
大人の男が女に手を挙げる瞬間を
初めて目の当たりにした私は衝撃を受けた。
私は祖父に手を上げられたどころか、怒られたことすらなく、
孫の私には優しい祖父だった。
その祖父が、何の落ち度もない祖母を突然殴ったのだ。
リウマチで杖をついて歩いている、弱々しく痩せ細った祖母を。
一方で、祖母は孫の私にもちょっとしたことで容赦なく怒ったり
大人になった母に対しても支配的に振る舞い、
私にとっては怖い存在だった。
私や母には気の強い祖母なのに、
祖父に理不尽に殴られても、祖父には何も言い返さなかった。
殴られた頬に手を当てながら、大人しく固まったままだった。
その祖母の姿は、自尊心を奪われ感情を失った弱々しい生き物の様に見えた。
当時の私には理解できなかったが、暴力は連鎖するのだ。
祖父は第二次世界大戦中、20代で近衛兵として徴兵されたが、
毎日上官に殴られまくっていたという。
終戦後、祖母と見合い結婚した。
妻を殴ることになんの疑問をもたないま、祖父は亡くなっていった。
祖父の葬儀では、天皇陛下から賜ったという品々が誇らしげに飾られていた。
祖父にはそれなりに可愛がってもらったはずなのに、
私には価値のわからないそれらを見て、
悲しみよりも虚しさを感じていた。