彼女の日本での楽しみの一つに「温泉」がある。
フランスにも温泉が湧く所はあるが、一般的な観光旅行ではめったに行くことはない。
ほとんどが温泉病院などの医療用施設に使われているという。
彼女が日本で初めて温泉に入った際は入浴施設というよりプールの様に感じたようで、
みんな裸になって入ることに違和感を抱いたようだ。
彼女の自宅(古くからあるアパート)にはバスタブは付いているものの、お湯を貯めこんで入浴するという習慣がない。
もっぱらシャワーのみである。
最近では最初からシャワー設備のみの建物が多いとも聞く。
地域にもよると思うが、水は貴重で水道料金もけっこう高いそうだ。
さらに、光熱費も嵩むので娘の家ではバスタブにお湯を張ることがない。
孫娘の住むニースは泳げる海岸があり、夏はしょっちゅう海水浴に出かけるようだ。
そんなわけで、来日しても「海に連れて行って! 私、泳ぎたいの!」とせがむ。
そう言われても、私はもう人が溢れるような近場の海岸へは行く気にはなれない。
そこで、市営プールへ行かせることにした。
ここならクルマで送迎するだけで済む。
幸いにもすぐ近所には孫と同年齢で誕生日も同じという女友達Mちゃんがいる。
彼女は大喜び、Mちゃん一家と一緒にプールで楽しむことができたようだ。
因みに、このMちゃんとはほぼ毎日のように時間を決めて遊んでいた。
Mちゃんのお陰で、彼女の日本語の語彙が増えてきたのも有難いことだった。
今年の夏は「バカンス日本版」とも言うべき旅の計画を2ヶ月以上前から立てていた。
私たちがフランスへ行く際はGîtes (ジット:貸別荘)を借りて10日前後を過ごすのが常だが、
日本にも同様な施設があるのでそれを利用することにした。
ただ、フランスと比べるとややお高めだが、ホテルや旅館に長期滞在するよりはずっと安い。
まず行ったのが山の施設、有名な観光地ではないが標高1,000mを超える場所にある山小屋風の木造建物だ。
夜は編み戸にしておくと寒いくらいの快適な所であった。
内風呂も付いてはいるが、歩いて5分ほどの所にある国民宿舎の温泉が入浴できる特別契約を結んでいる有難い施設なのだ。
温泉好きの私は大満足であったが、私以上にはまったのは孫娘である。
体や髪を洗うことよりシャワーかけ放題、お風呂入り放題の温泉に行くことを何より楽しみにしていた。
アルカリ性が強く肌がツルツルになるその温泉は、大人でもクセになるような良質な温泉であった。
日中は宿場巡りをしたり高原でトンボと戯れ、汗まみれになり疲れた体を夕方になれば温泉で癒すことができる・・・。
何んとも贅沢な貸別荘暮らしであった。
2度目の貸別荘は西伊豆の海の近くに借りた。
ここの宿は和風の2階建て民家を改造して作ったもので、我が家に居るような感じにさせるのがねらいなのか・・・。
けっこう外国人の方の利用も多いようだった。
ここを拠点にして何度か近くの海水浴場へ行ったが、千葉や湘南の海とは違い水は澄んでいて波はなく、人もそれほど多くはいない絶好な海水浴場だった。
テントを張り食料や水も持ち込んでほぼ1日を過ごしたが、ここで彼女は水を得た魚のように自由奔放に遊んだ。
私も何度か誘われて、沖の方まで大きな浮き輪に入って進んだ(泳いだとは言えない)。
「ここに登って私と一緒に飛び込もう!」と言われて海上に浮かぶ小さな基地に登ろうとしたが、力及ばず上陸できなかった。
そんな私を尻目に何度も飛び込む彼女であった・・・。
思えば今から6,7年前、水中へ入るどころか水面に顔すら付けられず、私がお風呂で洗面器に水を張って顔を付ける練習をしていたものだ。
もっとも、シャワーでさえ顔をタオルで覆いながら浴びるという度胸のなさだったから、海は好きなのに一人で泳ぐことはとてもできない子だった。
そんな彼女がこれほどまでも・・・。
「ニースの海」恐るべしである。
ここでも彼女は「温泉に入りたい!」と言い続けた。
一度は宿にある無料チケットで近くの温泉入浴施設へ行ったが、ここは大入り満員で落ち着かない。
そこで、クルマを30分程走らせた場所にある、地元の人しか行かないであろう絶好な温泉場へ出かけた。
源泉かけ流し、そして料金も安い!
お風呂には石鹸やシャンプー類は置かず、必要なら自分で持参するというまさに温泉らしい温泉であった。
かなり高温であったが、ここでも彼女は大満足であった。
「帰ったら、絶対アイス食べるからね・・・」と、彼女。
私はそれよりガンガンに冷えたビールが欲しかった・・・。
この旅が終わった後に最後のダメ押しともいうべき蓼科の旅もあったが、ここでも彼女の温泉好きの欲求が満たされ、
ただでさえすべすべな肌が一層磨かれることになったのである。
私にとっては長かった56日間、彼女にとってはあっという間に過ぎたようだった。
9月の今、フランスの学校は新しい年度が始まっている。
1学年進級した彼女は、日本で自由奔放に過ごした夏のバカンスを糧にまた一歩前へ歩みだしたに違いない。
最後に、これだけは付け加えたい。
野球少年の夏が終わり、あらためて高校受験に向けて本格的に勉強を始めた男の孫っ子だが、今回初めて私たちの夏の旅行に同行しなかった。
しかし、女の孫っ子があまりにも嬉しそうにはしゃぐためか、無口が開いてボソッと一言。
「あ~、自然のある所へ行きてぇ~な」と。
いつか必ず、この対照的な性格の二人を連れて自然いっぱいな所へバカンスするつもりだ。
(おわり)
<すばる>
フランスにも温泉が湧く所はあるが、一般的な観光旅行ではめったに行くことはない。
ほとんどが温泉病院などの医療用施設に使われているという。
彼女が日本で初めて温泉に入った際は入浴施設というよりプールの様に感じたようで、
みんな裸になって入ることに違和感を抱いたようだ。
彼女の自宅(古くからあるアパート)にはバスタブは付いているものの、お湯を貯めこんで入浴するという習慣がない。
もっぱらシャワーのみである。
最近では最初からシャワー設備のみの建物が多いとも聞く。
地域にもよると思うが、水は貴重で水道料金もけっこう高いそうだ。
さらに、光熱費も嵩むので娘の家ではバスタブにお湯を張ることがない。
孫娘の住むニースは泳げる海岸があり、夏はしょっちゅう海水浴に出かけるようだ。
そんなわけで、来日しても「海に連れて行って! 私、泳ぎたいの!」とせがむ。
そう言われても、私はもう人が溢れるような近場の海岸へは行く気にはなれない。
そこで、市営プールへ行かせることにした。
ここならクルマで送迎するだけで済む。
幸いにもすぐ近所には孫と同年齢で誕生日も同じという女友達Mちゃんがいる。
彼女は大喜び、Mちゃん一家と一緒にプールで楽しむことができたようだ。
因みに、このMちゃんとはほぼ毎日のように時間を決めて遊んでいた。
Mちゃんのお陰で、彼女の日本語の語彙が増えてきたのも有難いことだった。
今年の夏は「バカンス日本版」とも言うべき旅の計画を2ヶ月以上前から立てていた。
私たちがフランスへ行く際はGîtes (ジット:貸別荘)を借りて10日前後を過ごすのが常だが、
日本にも同様な施設があるのでそれを利用することにした。
ただ、フランスと比べるとややお高めだが、ホテルや旅館に長期滞在するよりはずっと安い。
まず行ったのが山の施設、有名な観光地ではないが標高1,000mを超える場所にある山小屋風の木造建物だ。
夜は編み戸にしておくと寒いくらいの快適な所であった。
内風呂も付いてはいるが、歩いて5分ほどの所にある国民宿舎の温泉が入浴できる特別契約を結んでいる有難い施設なのだ。
温泉好きの私は大満足であったが、私以上にはまったのは孫娘である。
体や髪を洗うことよりシャワーかけ放題、お風呂入り放題の温泉に行くことを何より楽しみにしていた。
アルカリ性が強く肌がツルツルになるその温泉は、大人でもクセになるような良質な温泉であった。
日中は宿場巡りをしたり高原でトンボと戯れ、汗まみれになり疲れた体を夕方になれば温泉で癒すことができる・・・。
何んとも贅沢な貸別荘暮らしであった。
2度目の貸別荘は西伊豆の海の近くに借りた。
ここの宿は和風の2階建て民家を改造して作ったもので、我が家に居るような感じにさせるのがねらいなのか・・・。
けっこう外国人の方の利用も多いようだった。
ここを拠点にして何度か近くの海水浴場へ行ったが、千葉や湘南の海とは違い水は澄んでいて波はなく、人もそれほど多くはいない絶好な海水浴場だった。
テントを張り食料や水も持ち込んでほぼ1日を過ごしたが、ここで彼女は水を得た魚のように自由奔放に遊んだ。
私も何度か誘われて、沖の方まで大きな浮き輪に入って進んだ(泳いだとは言えない)。
「ここに登って私と一緒に飛び込もう!」と言われて海上に浮かぶ小さな基地に登ろうとしたが、力及ばず上陸できなかった。
そんな私を尻目に何度も飛び込む彼女であった・・・。
思えば今から6,7年前、水中へ入るどころか水面に顔すら付けられず、私がお風呂で洗面器に水を張って顔を付ける練習をしていたものだ。
もっとも、シャワーでさえ顔をタオルで覆いながら浴びるという度胸のなさだったから、海は好きなのに一人で泳ぐことはとてもできない子だった。
そんな彼女がこれほどまでも・・・。
「ニースの海」恐るべしである。
ここでも彼女は「温泉に入りたい!」と言い続けた。
一度は宿にある無料チケットで近くの温泉入浴施設へ行ったが、ここは大入り満員で落ち着かない。
そこで、クルマを30分程走らせた場所にある、地元の人しか行かないであろう絶好な温泉場へ出かけた。
源泉かけ流し、そして料金も安い!
お風呂には石鹸やシャンプー類は置かず、必要なら自分で持参するというまさに温泉らしい温泉であった。
かなり高温であったが、ここでも彼女は大満足であった。
「帰ったら、絶対アイス食べるからね・・・」と、彼女。
私はそれよりガンガンに冷えたビールが欲しかった・・・。
この旅が終わった後に最後のダメ押しともいうべき蓼科の旅もあったが、ここでも彼女の温泉好きの欲求が満たされ、
ただでさえすべすべな肌が一層磨かれることになったのである。
私にとっては長かった56日間、彼女にとってはあっという間に過ぎたようだった。
9月の今、フランスの学校は新しい年度が始まっている。
1学年進級した彼女は、日本で自由奔放に過ごした夏のバカンスを糧にまた一歩前へ歩みだしたに違いない。
最後に、これだけは付け加えたい。
野球少年の夏が終わり、あらためて高校受験に向けて本格的に勉強を始めた男の孫っ子だが、今回初めて私たちの夏の旅行に同行しなかった。
しかし、女の孫っ子があまりにも嬉しそうにはしゃぐためか、無口が開いてボソッと一言。
「あ~、自然のある所へ行きてぇ~な」と。
いつか必ず、この対照的な性格の二人を連れて自然いっぱいな所へバカンスするつもりだ。
(おわり)
<すばる>