皆様、ご無沙汰しました。今月の1日に歯医者に行ったら、その翌日から喉が痛くなり、
市販の風邪薬で対応しておりました。ところが一向に良くならないので、近所の医者に
駈け込んで、抗生剤や解熱剤などを貰って養生しておりました。しかしながら、これまた
さっぱり効かなくて、悪化する一方でした。そこで、常時患者で混むので敬遠していた
病院に駆け込みました。それが三日前の8日でした。みるみる快方に向かって行き、
このように、パソコンに向かう気力体力が戻ってきました。今日で、この稿を終えたい
と思います。なぜ、詭弁とも思えるであろう論法で歴史的事実を述べるのか。それは、私が
死ぬ前に、戦後の歴史教育を受けて「日本が侵略したのだ、一方的に悪いのだ」と
思い込んでおられる方々に、実はそうではないのだと言いたいからです。加えて、その他に
言い残したいことが沢山あるので書き続けている次第です。私の「本業」はあくまでも鳥撮りです。
でも、収穫がない時は、この歴史的事実を書き続けてゆくつもりです。宜しくお願い致します。
帝国政府は、太平洋の平和を維持し、以て全人類に戦禍の波及するを防止せんことを顧念し、
叙上の如く帝国の存立と東亜の安定とに対する脅威の激甚なるものあるに拘らず、
堪忍自重八ヶ月の久しきに亘り、米国との間に外交交渉を重ね
米国とその背後に在る英国並びに此等両国に附和する諸邦の反省を求め、帝国の生存と権威の許す限り、
互譲の精神を以て事態の平和的解決に努め、盡(つく)す可きを盡し、為す可きを為したり。
然るに米国は、徒に架空の原則を弄して東亜の明々白々たる現実を認めず、
その物的勢力を恃みて帝国の真の国力を悟らず、余国とともに露はに武力の脅威を増大し、
もって帝国を屈従し得べしとなす。
上記の意<日本国政府は、太平洋の平和を維持し、ひいては全人類に戦禍が及ぶのを防止しようと考え
前述のとおり帝国の存立と東亜(アジア)の安定とに対する脅威が差し迫っているにもかかわらず
隠忍自重して八か月の長きに亘って、米国との間で外交交渉を重ねてきた。
米国とその背後にある英国ならびに両国に雷同する諸国(フランス、オランダ)の反省を求めて、
我が国の生存と権威の許す限り、互いに譲る精神をもって事態の平和的解決に努め、つくすべきを
つくし、なすべきをなした。しかるに、米国は、いたずらに架空の原則を弄して東亜の明々白々である
現実(日本国の満州と支那での権益)を認めず、その(米国)物的勢力をたのみて、我が国の真の国力を
悟っていない。その他の国と武力の脅威を増大させて、それによって我が国を屈服させようとしている。>
かくて平和的手段により、米国ならびにその余国に対する関係を調整し、
相携へて太平洋の平和を維持せむとする希望と方途とは全く失はれ、東亜の安定と帝国の存立とは、
方に危殆に瀕せり、事茲に至る、遂に米国及び英国に対し宣戦の大詔は渙発せられたり。
上記の意<かくして、平和的手段によって、米国ならびにその他の国に対する関係を調整して、
あいたずさえて太平洋の平和を維持する希望と方策は全く失われ、東亜の安定と我が国との存立とは、
危機に瀕してしまった。ことここに至って、遂に米国および英国に対して宣戦布告の大詔(天皇が民に
告げるお言葉)を広く国の内外に発布する。>
以下省略 11/11 完
以上でもってお分かりのように、我が国は八方手をつくして戦争突入を避けようとした。しかしながら、
米英は、中国での自国の利をより増大させるために、我が国に満州および支那大陸から手を引けと言い張り
妥協を認めなかった。ちなみに、ルーズベルト家は支那にアヘンを売りさばき巨万の利益を得たことで
有名である。英国もまた膨大なアヘンを売りつけて金銀を持ち去ったのであった。日米戦争の結果何が
起きたかお考えください。英国はアジアでの利権をすべて失いアメリカが執心していた支那大陸は
まんまとコミンテルンの思惑通り共産化した。しかも、朝鮮半島もご承知の通りとなってしまったのである。
加えて、この帝國政府聲明の存在はあまり知られておりませんが、大東亜戦争は決して宣戦布告なしでの
戦いではなかったのです。数時間の遅れはあるが、明白に戦争に至った実情を内外に発信していたことを
知っていただきたい。
以上で今回の「歴史的事実③」を終わらせていただきます。
何故こうも歴史的事実にこだわるのか? それは、戦後徹底して占領軍から強いられた自虐史観を
すこしでも改めたいからです。戦争は目的を以て行われる。ある時は領土的野心であり、あるときは
政治的企図からである。列強側は植民地の維持を目的とし、我が国は「植民地解放」にあった。
ポツダム宣言の受託を考慮しても、我が国は戦争目的を達成しているから、決して敗戦国とは言えない。
大英帝国が戦後植民地のことごとくを失い、四つの島に逼塞してしまったことを考えれば、
支払った損害は大きいながら、我が方の方が戦勝国だったのだと言えなくはない。11/7
米英両国は東亜を永久に隷属的地位に置かんとする頑迷なる態度を改むるを欲せず
<米英両国はアジア諸国を永久に奴隷的地位に置き続けようとする頑なで道理の通らない態度を改めようとしない>
解説:米英、なかんずく英国はアジア諸国を植民地支配をして富の収奪をしており、その政策を改めない。
米国は国内に黒人という隷属した低賃金労働者を抱えていたから英国のように奴隷を必要としてはいなかった。
しかしながら、米国は日露戦争に勝利した有色人種である日本国を徹底して嫌っていた。ルーズベルトが
その筆頭であった。中立を国是(モンロー主義)としてきた米国はこの男によって好戦国へと変貌させたのである。
凡そ交戦関係に在らざる国家間における経済断交は、武力に依る挑戦に比すべき敵対行為にして
<戦争状態に至らない国に対しての経済封鎖は、宣戦布告と同等とみなしてよい>
解説:歴史的事実�
で示したように、国際法上経済封鎖は戦争行為そのものであるとみなして良かったのである。だから、
列強側が先に我が国に対して「宣戦布告」したものと考えるべきだろう。
経済制裁、蒋介石への軍事援助、それにハルノートをもってして、宣戦布告と言わずしてなんとしよう。
真珠湾攻撃はその延長上にあって、彼らは予め承知していたことなのである。
下記の帝国政府声明こそが我が方の宣戦布告であったと見なすべきだ。
奇襲攻撃だの騙し討ちだのとは言わせない。
11/7
先に「大東亜戦争は聖戦だった」で、具体的に大東亜戦争は侵略戦争ではなかったことを説明した。
ここでは、開戦当初においても、その目的はアジア諸国の平和と安寧を目指したものだったことを示したい。
東亜の安定を確保し、世界平和に貢献するは、帝国不動の国是にして、
列国との友誼を敦くし此の国是の完遂を図るは、帝国が以て国交の要義と為す所なり。
<東アジアの安定を確保し、かつ世界平和に貢献することは、大日本帝国の国是であって、
多くの国々との友好を深めて、この国是を完全に成し遂げることは、我が国の外交の根幹である>
解説:好んで戦をするのではなく、止むを得ず討って出るのである。
然るに殊に中華民国は、我が真意を解せず、徒に外力を恃んで、帝国に挑戦し来たり
<しかしながら、中華民国(蒋介石一派)は、我が国の真意を理解せず、いたずらに米国の
資金援助を得て、我が国に挑戦してくるのである。>
解説:この時シナは欧米列強に分割占領されていた。帝国陸軍はこれらを放逐して統一国家建設を目途としていた
11/6
【帝國政府聲明】原文
昭和16年12月9日午前0時20分<注:真珠湾攻撃:昭和16年12月8日午前4時頃>
大日本帝国政府発表
恭しく宣戦の大勅を奉載し、茲に中外に宣明す。
抑々東亜の安定を確保し、世界平和に貢献するは、帝国不動の国是にして、
列国との友誼を敦くし此の国是の完遂を図るは、帝国が以て国交の要義と為す所なり。
然るに殊に中華民国は、我が真意を解せず、徒に外力を恃んで、帝国に挑戦し来たり、
支那事変の発生をみるに至りたるが、御稜威(みいつ)の下、皇軍の向ふ所敵なく、
既に支那は、重要地点悉く我が手に帰し、同憂具眼の十国民政府を更新して帝国はこれと善隣の諠を結び、
友好列国の国民政府を承認するもの已に十一カ国の多きに及び、今や重慶政権は、
奥地に残存して無益の交戦を続くるにすぎず。
然れども米英両国は東亜を永久に隷属的地位に置かんとする頑迷なる態度を改むるを欲せず
、百方支那事変の終結を妨害し、更に蘭印を使嗾(しそう)し、佛印を脅威し、
帝国と泰国との親交を裂かむがため、策動いたらざるなし。乃ち帝国と之等南方諸邦との間に
共栄の関係を増進せむとする自然的要求を阻害するに寧日(ねいじつ)なし。その状恰も帝国を敵視し
帝国に対する計画的攻撃を実施しつつあるものの如く、ついに無道にも、経済断交の挙に出づるに至れり。
凡そ交戦関係に在らざる国家間における経済断交は、武力に依る挑戦に比すべき敵対行為にして、
それ自体黙過し得ざる所とす。然も両国は更に余国誘因して帝国の四辺に武力を増強し、
帝国の存立に重大なる脅威を加ふるに至れり。
帝国政府は、太平洋の平和を維持し、以て全人類に戦禍の波及するを防止せんことを顧念し、
叙上の如く帝国の存立と東亜の安定とに対する脅威の激甚なるものあるに拘らず、
堪忍自重八ヶ月の久しきに亘り、米国との間に外交交渉を重ね、
米国とその背後に在る英国並びに此等両国に附和する諸邦の反省を求め、帝国の生存と権威の許す限り、
互譲の精神を以て事態の平和的解決に努め、盡(つく)す可きを盡し、為す可きを為したり。
然るに米国は、徒に架空の原則を弄して東亜の明々白々たる現実を認めず、
その物的勢力を恃みて帝国の真の国力を悟らず、余国とともに露はに武力の脅威を増大し、
もって帝国を屈従し得べしとなす。
かくて平和的手段により、米国ならびにその余国に対する関係を調整し、
相携へて太平洋の平和を維持せむとする希望と方途とは全く失はれ、東亜の安定と帝国の存立とは、
方に危殆に瀕せり、事茲に至る、遂に米国及び英国に対し宣戦の大詔は渙発せられたり。
聖旨を奉体して洵(まこと)に恐懼感激に堪へず、我等臣民一億鉄石の団結を以て蹶起勇躍し、
国家の総力を挙げて征戦の事に従ひ、以て東亜の禍根を永久に排除し、聖旨に応へ奉るべきの秋なり。
惟ふに世界万邦をして各々その處を得しむるの大詔は、炳(へい)として日星の如し。
帝国が日満華三国の提携に依り、共栄の実を挙げ、進んで東亜興隆の基礎を築かむとするの方針は、
固より渝(かわ)る所なく、又帝国と志向を同じうする独伊両国と盟約して、世界平和の基調を糾し、
新秩序の建設に邁進するの決意は、愈々牢固たるものあり。而して、今次帝国が南方諸地域に対し、
新たに行動を起こすのやむを得ざるに至る。何等その住民に対し敵意を有するものにあらず、
只米英の暴政を排除して東亜を明朗本然の姿に復し、相携へて共栄の楽を分たんと祈念するに外ならず
、帝国は之等住民が、我が真意を諒解し、
帝国と共に、東亜の新天地に新たなる発足を期すべきを信じて疑わざるものなり。
今や皇国の隆替、東亜の興廃は此の一挙に懸かれり。全国民は今次征戦の淵源と使命とに深く思を致し、
苟(かりそめに)も驕ることなく、又怠る事なく、克く竭(つく)し、克く耐へ、
以て我等祖先の遺風を顕彰し、難儀に逢ふや必ず国家興隆の基を啓きし我等祖先の赫々たる史積を仰ぎ、
雄渾深遠なる皇謨(こうぼ)の翼賛に萬遺憾なきを誓ひ、進んで征戦の目的を完遂し、
以て聖慮を永遠に安んじ奉らむことを期せざるべからず。
徐々に解説を加えてゆくつもりですが、下線の部分を読んだだけで侵略戦争でなかったことが明白です。
注:当時朝日新聞に掲載されたものをそのままうつしとったものです。原文はカタカナが使われていて、
西尾幹二著「天皇と原爆」の巻末に掲載されています。
市販の風邪薬で対応しておりました。ところが一向に良くならないので、近所の医者に
駈け込んで、抗生剤や解熱剤などを貰って養生しておりました。しかしながら、これまた
さっぱり効かなくて、悪化する一方でした。そこで、常時患者で混むので敬遠していた
病院に駆け込みました。それが三日前の8日でした。みるみる快方に向かって行き、
このように、パソコンに向かう気力体力が戻ってきました。今日で、この稿を終えたい
と思います。なぜ、詭弁とも思えるであろう論法で歴史的事実を述べるのか。それは、私が
死ぬ前に、戦後の歴史教育を受けて「日本が侵略したのだ、一方的に悪いのだ」と
思い込んでおられる方々に、実はそうではないのだと言いたいからです。加えて、その他に
言い残したいことが沢山あるので書き続けている次第です。私の「本業」はあくまでも鳥撮りです。
でも、収穫がない時は、この歴史的事実を書き続けてゆくつもりです。宜しくお願い致します。
叙上の如く帝国の存立と東亜の安定とに対する脅威の激甚なるものあるに拘らず、
堪忍自重八ヶ月の久しきに亘り、米国との間に外交交渉を重ね
米国とその背後に在る英国並びに此等両国に附和する諸邦の反省を求め、帝国の生存と権威の許す限り、
互譲の精神を以て事態の平和的解決に努め、盡(つく)す可きを盡し、為す可きを為したり。
然るに米国は、徒に架空の原則を弄して東亜の明々白々たる現実を認めず、
その物的勢力を恃みて帝国の真の国力を悟らず、余国とともに露はに武力の脅威を増大し、
もって帝国を屈従し得べしとなす。
上記の意<日本国政府は、太平洋の平和を維持し、ひいては全人類に戦禍が及ぶのを防止しようと考え
前述のとおり帝国の存立と東亜(アジア)の安定とに対する脅威が差し迫っているにもかかわらず
隠忍自重して八か月の長きに亘って、米国との間で外交交渉を重ねてきた。
米国とその背後にある英国ならびに両国に雷同する諸国(フランス、オランダ)の反省を求めて、
我が国の生存と権威の許す限り、互いに譲る精神をもって事態の平和的解決に努め、つくすべきを
つくし、なすべきをなした。しかるに、米国は、いたずらに架空の原則を弄して東亜の明々白々である
現実(日本国の満州と支那での権益)を認めず、その(米国)物的勢力をたのみて、我が国の真の国力を
悟っていない。その他の国と武力の脅威を増大させて、それによって我が国を屈服させようとしている。>
かくて平和的手段により、米国ならびにその余国に対する関係を調整し、
相携へて太平洋の平和を維持せむとする希望と方途とは全く失はれ、東亜の安定と帝国の存立とは、
方に危殆に瀕せり、事茲に至る、遂に米国及び英国に対し宣戦の大詔は渙発せられたり。
上記の意<かくして、平和的手段によって、米国ならびにその他の国に対する関係を調整して、
あいたずさえて太平洋の平和を維持する希望と方策は全く失われ、東亜の安定と我が国との存立とは、
危機に瀕してしまった。ことここに至って、遂に米国および英国に対して宣戦布告の大詔(天皇が民に
告げるお言葉)を広く国の内外に発布する。>
以下省略 11/11 完
以上でもってお分かりのように、我が国は八方手をつくして戦争突入を避けようとした。しかしながら、
米英は、中国での自国の利をより増大させるために、我が国に満州および支那大陸から手を引けと言い張り
妥協を認めなかった。ちなみに、ルーズベルト家は支那にアヘンを売りさばき巨万の利益を得たことで
有名である。英国もまた膨大なアヘンを売りつけて金銀を持ち去ったのであった。日米戦争の結果何が
起きたかお考えください。英国はアジアでの利権をすべて失いアメリカが執心していた支那大陸は
まんまとコミンテルンの思惑通り共産化した。しかも、朝鮮半島もご承知の通りとなってしまったのである。
加えて、この帝國政府聲明の存在はあまり知られておりませんが、大東亜戦争は決して宣戦布告なしでの
戦いではなかったのです。数時間の遅れはあるが、明白に戦争に至った実情を内外に発信していたことを
知っていただきたい。
以上で今回の「歴史的事実③」を終わらせていただきます。
何故こうも歴史的事実にこだわるのか? それは、戦後徹底して占領軍から強いられた自虐史観を
すこしでも改めたいからです。戦争は目的を以て行われる。ある時は領土的野心であり、あるときは
政治的企図からである。列強側は植民地の維持を目的とし、我が国は「植民地解放」にあった。
ポツダム宣言の受託を考慮しても、我が国は戦争目的を達成しているから、決して敗戦国とは言えない。
大英帝国が戦後植民地のことごとくを失い、四つの島に逼塞してしまったことを考えれば、
支払った損害は大きいながら、我が方の方が戦勝国だったのだと言えなくはない。11/7
米英両国は東亜を永久に隷属的地位に置かんとする頑迷なる態度を改むるを欲せず
<米英両国はアジア諸国を永久に奴隷的地位に置き続けようとする頑なで道理の通らない態度を改めようとしない>
解説:米英、なかんずく英国はアジア諸国を植民地支配をして富の収奪をしており、その政策を改めない。
米国は国内に黒人という隷属した低賃金労働者を抱えていたから英国のように奴隷を必要としてはいなかった。
しかしながら、米国は日露戦争に勝利した有色人種である日本国を徹底して嫌っていた。ルーズベルトが
その筆頭であった。中立を国是(モンロー主義)としてきた米国はこの男によって好戦国へと変貌させたのである。
凡そ交戦関係に在らざる国家間における経済断交は、武力に依る挑戦に比すべき敵対行為にして
<戦争状態に至らない国に対しての経済封鎖は、宣戦布告と同等とみなしてよい>
解説:歴史的事実�
で示したように、国際法上経済封鎖は戦争行為そのものであるとみなして良かったのである。だから、
列強側が先に我が国に対して「宣戦布告」したものと考えるべきだろう。
経済制裁、蒋介石への軍事援助、それにハルノートをもってして、宣戦布告と言わずしてなんとしよう。
真珠湾攻撃はその延長上にあって、彼らは予め承知していたことなのである。
下記の帝国政府声明こそが我が方の宣戦布告であったと見なすべきだ。
奇襲攻撃だの騙し討ちだのとは言わせない。
11/7
先に「大東亜戦争は聖戦だった」で、具体的に大東亜戦争は侵略戦争ではなかったことを説明した。
ここでは、開戦当初においても、その目的はアジア諸国の平和と安寧を目指したものだったことを示したい。
東亜の安定を確保し、世界平和に貢献するは、帝国不動の国是にして、
列国との友誼を敦くし此の国是の完遂を図るは、帝国が以て国交の要義と為す所なり。
<東アジアの安定を確保し、かつ世界平和に貢献することは、大日本帝国の国是であって、
多くの国々との友好を深めて、この国是を完全に成し遂げることは、我が国の外交の根幹である>
解説:好んで戦をするのではなく、止むを得ず討って出るのである。
然るに殊に中華民国は、我が真意を解せず、徒に外力を恃んで、帝国に挑戦し来たり
<しかしながら、中華民国(蒋介石一派)は、我が国の真意を理解せず、いたずらに米国の
資金援助を得て、我が国に挑戦してくるのである。>
解説:この時シナは欧米列強に分割占領されていた。帝国陸軍はこれらを放逐して統一国家建設を目途としていた
11/6
【帝國政府聲明】原文
昭和16年12月9日午前0時20分<注:真珠湾攻撃:昭和16年12月8日午前4時頃>
大日本帝国政府発表
恭しく宣戦の大勅を奉載し、茲に中外に宣明す。
抑々東亜の安定を確保し、世界平和に貢献するは、帝国不動の国是にして、
列国との友誼を敦くし此の国是の完遂を図るは、帝国が以て国交の要義と為す所なり。
然るに殊に中華民国は、我が真意を解せず、徒に外力を恃んで、帝国に挑戦し来たり、
支那事変の発生をみるに至りたるが、御稜威(みいつ)の下、皇軍の向ふ所敵なく、
既に支那は、重要地点悉く我が手に帰し、同憂具眼の十国民政府を更新して帝国はこれと善隣の諠を結び、
友好列国の国民政府を承認するもの已に十一カ国の多きに及び、今や重慶政権は、
奥地に残存して無益の交戦を続くるにすぎず。
然れども米英両国は東亜を永久に隷属的地位に置かんとする頑迷なる態度を改むるを欲せず
、百方支那事変の終結を妨害し、更に蘭印を使嗾(しそう)し、佛印を脅威し、
帝国と泰国との親交を裂かむがため、策動いたらざるなし。乃ち帝国と之等南方諸邦との間に
共栄の関係を増進せむとする自然的要求を阻害するに寧日(ねいじつ)なし。その状恰も帝国を敵視し
帝国に対する計画的攻撃を実施しつつあるものの如く、ついに無道にも、経済断交の挙に出づるに至れり。
凡そ交戦関係に在らざる国家間における経済断交は、武力に依る挑戦に比すべき敵対行為にして、
それ自体黙過し得ざる所とす。然も両国は更に余国誘因して帝国の四辺に武力を増強し、
帝国の存立に重大なる脅威を加ふるに至れり。
帝国政府は、太平洋の平和を維持し、以て全人類に戦禍の波及するを防止せんことを顧念し、
叙上の如く帝国の存立と東亜の安定とに対する脅威の激甚なるものあるに拘らず、
堪忍自重八ヶ月の久しきに亘り、米国との間に外交交渉を重ね、
米国とその背後に在る英国並びに此等両国に附和する諸邦の反省を求め、帝国の生存と権威の許す限り、
互譲の精神を以て事態の平和的解決に努め、盡(つく)す可きを盡し、為す可きを為したり。
然るに米国は、徒に架空の原則を弄して東亜の明々白々たる現実を認めず、
その物的勢力を恃みて帝国の真の国力を悟らず、余国とともに露はに武力の脅威を増大し、
もって帝国を屈従し得べしとなす。
かくて平和的手段により、米国ならびにその余国に対する関係を調整し、
相携へて太平洋の平和を維持せむとする希望と方途とは全く失はれ、東亜の安定と帝国の存立とは、
方に危殆に瀕せり、事茲に至る、遂に米国及び英国に対し宣戦の大詔は渙発せられたり。
聖旨を奉体して洵(まこと)に恐懼感激に堪へず、我等臣民一億鉄石の団結を以て蹶起勇躍し、
国家の総力を挙げて征戦の事に従ひ、以て東亜の禍根を永久に排除し、聖旨に応へ奉るべきの秋なり。
惟ふに世界万邦をして各々その處を得しむるの大詔は、炳(へい)として日星の如し。
帝国が日満華三国の提携に依り、共栄の実を挙げ、進んで東亜興隆の基礎を築かむとするの方針は、
固より渝(かわ)る所なく、又帝国と志向を同じうする独伊両国と盟約して、世界平和の基調を糾し、
新秩序の建設に邁進するの決意は、愈々牢固たるものあり。而して、今次帝国が南方諸地域に対し、
新たに行動を起こすのやむを得ざるに至る。何等その住民に対し敵意を有するものにあらず、
只米英の暴政を排除して東亜を明朗本然の姿に復し、相携へて共栄の楽を分たんと祈念するに外ならず
、帝国は之等住民が、我が真意を諒解し、
帝国と共に、東亜の新天地に新たなる発足を期すべきを信じて疑わざるものなり。
今や皇国の隆替、東亜の興廃は此の一挙に懸かれり。全国民は今次征戦の淵源と使命とに深く思を致し、
苟(かりそめに)も驕ることなく、又怠る事なく、克く竭(つく)し、克く耐へ、
以て我等祖先の遺風を顕彰し、難儀に逢ふや必ず国家興隆の基を啓きし我等祖先の赫々たる史積を仰ぎ、
雄渾深遠なる皇謨(こうぼ)の翼賛に萬遺憾なきを誓ひ、進んで征戦の目的を完遂し、
以て聖慮を永遠に安んじ奉らむことを期せざるべからず。
徐々に解説を加えてゆくつもりですが、下線の部分を読んだだけで侵略戦争でなかったことが明白です。
注:当時朝日新聞に掲載されたものをそのままうつしとったものです。原文はカタカナが使われていて、
西尾幹二著「天皇と原爆」の巻末に掲載されています。