土肥の河内と何を得る!

歴史、古いものが好き、道路なんかが好き
土肥の河内と名に負える湯河原真鶴を紹介

第三鍛冶屋cb【湯河原】

2019-07-24 12:12:47 | トンネル・ガード
第二鍛冶屋架道橋から西へ70m行きますと、第三鍛冶屋cbがあります。cbと現地に書いてありますが、cbって何なのか、よくわかりませんのでそのままです。カルバートボックス?コンクリートブロック?



海側から。
新幹線の線路に対して直角でなく、斜めに下を貫いています。


かなり狭いし低いです。高さは2.0m制限、幅は2.5mくらいしかありません。


中の様子は、天井も低いし狭いし、暗くて圧迫感があります。地面はアスファルトですが、荒れてます。車の轍はありますので通行はできるらしいですがギリギリでしょう。


壁面にこんなものが貼ってあります。
壁の中に直径100mmの水道管が通っているようです。でもどこを通っているのかいまいちよくわからない図ですね。
昭和63年埋設とあります。新幹線開通が昭和39年ですから、大分あとに埋設したんですね。


山側入口


すぐ西側には、城堀トンネルがあります。

第二鍛冶屋架道橋【湯河原】

2019-07-24 07:39:56 | トンネル・ガード
新崎川橋梁から西へ100mほど新幹線の側道を行きますと、第二鍛冶屋架道橋があります。東京駅からの距離は、88km801mです。




海側から撮影。幅は8mくらい。
高さはかなりあり、幅と同じくらいありそうです。


海側から向かって左側には水路が流れています。海側から山側へ向かって片勾配が付いています。


桁部分



山側から撮影

東海道新幹線 新崎川橋梁【湯河原】

2019-07-22 19:28:59 | 
R03.02.23更新
東海道本線 新崎川橋梁を公開したので、表題に東海道線新幹線を加えました。


鍛冶屋第一架道橋から100m西へ行くと新崎川橋りょうがあります。




橋の海側の手前で左右に分岐する交差点があり、左は湯河原梅林や五郎神社などへのメインルートの町道幕山公園通り線です。


右へ分岐すると、宮渡橋で新崎川を渡り、新崎川橋りょうの下で更に分岐、
新崎川橋りょうの下をくぐって五郎神社方面へ向かう幕山公園通り線の旧道があります。
新崎川橋りょうの下で右に分岐する道は、吉浜、真鶴方面へ向かいます。

新崎川橋梁は、海側から向かって町道幕山公園通り線、新崎川、幕山公園通り線旧道を渡ります。長さは15m弱、幅は50mくらい。2つの柱に桁が3つの構造です。


海側から向かって左の町道幕山公園通り線は、幅が10mくらい。高さ制限4.0m




川を渡る部分は、30mくらい。



右の旧道の部分
かなり広い。本通りよりも広いのでは?10m以上ありそうです。高さ制限4.1m


山側から

第一鍛冶屋架道橋【湯河原】

2019-07-22 07:40:42 | トンネル・ガード
東海道新幹線は、湯河原、真鶴町内をほぼトンネルで南北に貫きます。トンネルから顔を出すのが、新崎川を渡る付近と千歳川を渡る付近です。


今回は新崎川の付近、南郷山のふもとから小田原市根府川まで貫く南郷山トンネルの西側坑口から西へ50mのところの第一鍛冶屋架道橋です。



海側から。
高さ制限3.1m。3.2mとも書いてありますが。



幅は6mほど。地面は未舗装です。


東京駅からの距離は、88k581mです。



山側から撮影。長さは15m弱


架道橋をくぐった先にあるのが木村美術館で、日本刀の美術館です。

岩村踏切【真鶴】

2019-07-12 12:07:45 | 踏切
小学校前踏切から150m程東京寄り、国道135号線沿いにあるのが、岩村踏切です。
 Google マップ

Google マップ

〒259-0202 神奈川県足柄下郡真鶴町岩



岩村は、かつて存在した村で現在の真鶴町岩に相当します。1956(昭和31)年に真鶴町と合併し、岩村は廃止されましたが、踏切の名前はそのままです。



こちらも車両は、二輪車を除き不可ととなっています。


踏切の反対側の様子


もう少し引いて撮った様子。
段差あるし…一応左側に段差のない場所がありますが、せいぜい自転車が限界かと思います。

三兄弟のような踏切を見てきましたが、有料道路前踏切は、有料道路ではなくなり、小学校前踏切は、小学校は統廃合でなくなり、岩村踏切は、とうの昔に岩村は合併して廃止になりましたが、当時の記憶を伝える数少ないものとなっています。

湯河原・真鶴町内を東海道本線は、ほぼ、築堤、橋、トンネルで構成されていますので、踏切は3ヶ所しかありませんし、自動車の踏切は1ヶ所もないのです。
ですので、踏切のシリーズはこれで終了です。