あげちうのブロマガ

売れないハードの次の売れない?

感覚の中では騒乱ではある。

「PS5草案」と、現状のPS5には大きな、というかほぼ真逆ベクトルに舵を切っており…、微妙に「大衆は神である」その理解からするとどうも剣呑ささえそこにある、「神の決定に逆らった」のだ、これは?

ともかくこの結果、PS5は「PS4PROのPRO」と言うスタンスでしかなく、そこに提供されるモノもほぼ同一、という事には成る訳だ。所で、何故PS5が求められたか?

「このままでは、ソフトが売れないから」ではあるまいか。

市場が冷え始めた時、ベクトルとして「ソフトを改良する」よりも、「土台を代える」と言う選択が選ばれやすい、結局はコンシューマの傾向として、「ソフトメーカーの責任に出来ない」或いはしない、と言う不文律があるから、だ。その為、ハードにはハードだけを購入して満足する様な、「ウチにファミコンあるよ」そのブランドが求められる、それを持ってソフトウェアの微妙さをカバーする訳だが。その上で、現行のPS5がPS4の速度&メモリアップでしかないなら?コストや傾向も変化は無い、と言う事にはなり。このベクトルが行き詰まったからこそ、PS5と言う話では無かったろうか。

懸念通り、最初から「いらない」その重いフラグはそこに有る。

現行のPS4用のソフトウェアも、極論すれば「7000円前後を支払い100時間前後の労苦は投入し、”誰かの自慢話”を聞かされるだけ」と言う、そう言う傾向は有る訳で。そこから得たいモノを得る、訳じゃないのだ、あくまでも一方的な作家性、それを強要される、と言うニュアンスの方がやっぱりある。「面白い?」と言う事に関して疑問から、「PS5草案」そのオーダーが有る訳だ、が。そう考えると、PS5のデモに関しても、実際にはかなり深刻な虚構はあるのかもしれない、今まで通りに。

PS5になったらソフトウェアの傾向も変わるのか?と言う点に、という事は、今の状況では懸念が重く、そして「神の決定に逆らってる」その雰囲気も、次第に積み上がっていく危機感?も、微妙に重い。

「責任は取って下さい」

不意に、そこに深刻な呟きはある。

「宗教家」その影の結果、だろうか?

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