わたしんちの医学革命と雑多な情報

「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて

「原因が分からないのに問題を解決しよう」とする近代医療

2019年01月21日 | 医学と健康

どんな分野でも、まず「原因」を探ってから「問題を解決する」のが当たりまえでしょう。ところが現代医学と言われている先進の科学(と言い張っている 苦笑)には、病気のほとんどの「原因が分からないのに治療しようとしている」ことが「問題」なのです。

 

つまり、起こっている結果だけに注目して、それを解決しようとしている。これを対症療法と言うのでしょうが、都合のよいことに、それでも「治ってしまう」ことが多いのはどうしてでしょうか?

それについて、明快な答がありました。

なんどか紹介した薬理学博士の著書には「残念ながらお薬には病を治す力を持ち合わせておりません。治す力は自分自身の力なのです」

というひと言なのですが、それでもやっぱり薬だなあ~と思わせるのは何か?

それはおそらく、「ひとの意識の力」が一番作用しているのだと思います。ひとは医者を信じ、薬を信じている限り、それは大きな力になるのだと思います。

その力は自然治癒力を押し上げるので、自然に治ってしまう。しかし、飲んでいた薬のお陰だと思い込むわけです。しかも薬はそれなりの「一時的効果=対象療法の効果」があるので、なおさらそう思うのでしょう。

決して薬が治しているわけではない。

と言っても(薬理学の方での真実)多分、医者も患者もそうではない、薬のお陰だと思って来たのでしょうし、今後もそういう事が続くのではないかと思います。

こんな話は忘れた頃思い出すのでしょうが、いつかはきっとそういう考えがあったと気づくときも来ると思います。

下の引用文はそれを端的に言い表しているのでしょう。

 

「なぜ私は病気なのか?」より

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

 


起こっている問題や症状の原因がわからなければ、問題を解決することはできません。

 薬はどのようにして胃腸風邪を治すのか、医師に訊ねたことがあります。
返答はこうでした。


「薬が治すのではなくて、体が自然に治癒するのです。
薬は服用者をただ包囲するというのでしょうか、たいていの場合、薬が症状をごまかしている間に体が自然治癒するのです」。

 では、疾病が発生する原因を知らずして医師はどのように治療するのでしょうか。


この疑問を解消するために、まず医療のはじまりについておさらいしてみましょう。



 二百年以上前のことです。
医師が医業を営みはじめた頃、彼らは詐欺師の部類だと思われていました。
世間は医師よりも宗教を信頼していたのです。
当時、医師は英国理髪師・外科医師会に属していました

健康状態がようやく改善しはじめたのは、パスツールの「病原体」理論(「細菌」説) が登場した十九世紀後半のことです。
この頃、医師は細菌が疾病や死を招くのだと考えるようになっていました。

 確かに、細菌は死と関係しています。
清潔な環境であれば、ひどい感染症によって亡くなるケースは減るでしょう。
しかし、細菌はもとから私たちの体に存在していて、人間は細菌と共生しています。そして細菌は、特定のタイミングでなにか理由があるときだけ活性化するのです。
どうしてでしょうか。

 十九世紀後半から、現状はあまり変わっていません。
「疾病は細菌のせいである」という学説は、医療界が治療に取り組む際の大前提となっていますが、その大前提は、CT (コンピュータ断層掃影法‥一九七三年に導入) や超音波検査 (一九七九年に導入)、MRI (磁気共鳴映像法二九七七年に導入)などの新しい診断用機器が導入されてからも変わっていません。

診断は依然として、場当たり的におこなわれているのです。


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

 

近代医療がここまで世界を席巻したのはおそらく細菌との戦争に勝った(一時的でしょうが)ことが大きな要因だと思っています。

しかし、その裏に控えているのは「自然界による変化=大きな伝染病は自然に拡大して自然に消滅していったこと」が後押ししていたことです。

つまり、大きな伝染病は人為的な予防や治療によって減衰したという思い込みを作ってしまったのではないかと思います。

それは統計上で現れているので、それぞれが調べれば分かることですが、一時的とはいえどもあまりにも大きな成果をあげた効果として抗生物質が上げられると思います。

背景には自然界の後押しがあったことを忘れ、表面上の人類の医学上の成果だけを取り上げていることは、個々のにんげんと医療の関係にも似た現象でしょう。

「にんげんの持っている自然治癒力が病を治している」ことを忘れ、薬が病を治していると錯覚するのも無知とはいえ、もっともな事かもしれませんね。

それだけ、近代の薬理学の進歩で「対象療法といえども効果あり」= 治しているのは薬の効果だ  ・・・・ と思わせるのでしょう。

 単純に言えば、

 

近代医学の薬学の進歩は病を減らした

となりますが、果たしてそうなのでしょうか。

 もぐらのアタマ叩きゲームじゃないですが、叩けば引っ込むモグラは別の穴から再び出てきてもっと悪性なやつになっているように見えないでしょうか?

この先、いまモグラの筆頭は癌でしょうか?これを叩いていると今度はどんなモグラが出てくるのか?

いえ、叩いても叩いても平気なモグラと化して不気味な笑いをした凶暴なモグラが・・

感染症にしても同様です。抗生物質、抗菌剤、抗ウイルス剤・・等で微生物を叩けば叩くほど強大なモグラと化して・・・(それはもう出現していますが)

除草剤にしても農薬にしても叩かれれば叩かれるほど強くなって表れるモグラ。

 にんげんはいずれは強大なモグラに滅ぼされるのではないでしょうか、、このままでは・

「このままでは・・・」ですので、未来は暗くはないのです。

「本当のことを知る」だけなのですから。

 

その「知る」という行為を放棄したら終わりですね。

 

 

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