ブログの練習

新聞配達とパソコンなど
(朝日新聞と中国新聞)
いっしょになりました。

毎朝3時におきます。

岡田三郎助

2010年11月12日 07時10分24秒 | 旅行
                                    岡田三郎助   洋画家。明治2年1月12日佐賀県に生まれる。初め曽山幸彦(そやまゆきひこ)につき、のち黒田清輝(せいき)に外光派の技法を学ぶ。1896年(明治29)白馬会の創立に参加し、新設の東京美術学校西洋画科の助教授となる。翌年フランスに留学してラファエル・コランに師事、ヨーロッパ各国を見学して、1902 . . . 本文を読む

平福百穂

2010年11月09日 03時06分17秒 | パソコン
                                   平福百穂 日本画家。四条派の画家平福穂庵(すいあん)の四男として秋田県角館(かくのだて)に生まれる。本名貞蔵。初め父について絵を習うが13歳で死別。1894年(明治27)上京して川端玉章(ぎょくしょう)の塾に入り、97年東京美術学校日本画科に編入学し、2年で卒業した。 『田舎(いなか)の嫁入』は卒業制作。川端塾結城素明( . . . 本文を読む

坂本繁二郎

2010年11月07日 03時05分19秒 | パソコン
                              坂本繁二郎(1882-1969)洋画家。明治15年3月2日、久留米(くるめ)市に旧有馬藩士の子として生まれる。高等小学校時代に森三美(みよし)について洋画を学ぶが、同級生に青木繁(しげる)がいた。1902年(明治35)上京して小山(こやま)正太郎の不同舎に入門、翌年新設の太平洋画会研究所に学び、同会展覧会に出品を続ける。07年、東京府勧業 . . . 本文を読む

西村五雲

2010年11月05日 20時29分11秒 | パソコン
                                   西村五雲日本画家。京都に生まれる。本名源次郎。1890年(明治23)岸竹堂(ちくどう)に入門し、竹堂没後の99年からは竹内栖鳳(せいほう)に師事する。93年、第6回日本美術協会展で『菊花図』が褒状を受け、1907年(明治40)第1回文展の『咆哮(ほうこう)』で三等賞を受賞。13年(大正2)京都市立美術工芸学校教論となり、また同年 . . . 本文を読む

小絲源太郎

2010年11月04日 20時16分35秒 | パソコン
                     小絲源太郎洋画家。東京生まれ。本姓は小糸。1911年(明治44)東京美術学校金工科を卒業し、さらに西洋画科に入るが、14年(大正3)中退した。在学中から文展、光風会展に出品を続けたが、のち印象主義から暗い細密描写に移り、30年(昭和5)と翌年の帝展で特選を重ね、審査員となる。光風会会員(1931~63)。画風は明るくなり、戦後は日展に出品を続け、54年(昭 . . . 本文を読む

東山魁夷

2010年11月03日 05時46分45秒 | パソコン
                                  東山魁夷(1908-99)日本画家。明治41年7月8日横浜に生まれる。本名新吉。1931年(昭和6)東京美術学校(東京芸大の前身)を卒業して研究科に進み、33年から35年までドイツに留学。47年(昭和22)の第3回日展で『残照』が特選。50年から審査員となり、第11回日展出品作『光昏(こうこん)』で56年に日本芸術院賞を受ける。6 . . . 本文を読む

宇田荻邨

2010年11月01日 20時29分59秒 | パソコン
(1896-1980)日本画家。本名善次郎。三重県松阪市の生まれ。1913年(大正2)菊池芳文(ほうぶん)に入門。翌14年京都市立絵画専門学校別科に入学。17年卒業。また18年芳文が亡くなると菊池契月(けいげつ)に師事した。19年第1回帝展に『夜の一力(いちりき)』が初入選、26年には淀(よど)の水車』で帝国美術院賞を受賞した。初期の浪漫的な表現から古典的な大和絵(やまとえ)の装飾画風へ進み、さら . . . 本文を読む

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