1日に何本もレッドブルを飲んで、無理に心身を動かして大学院生活に適応しようとしてきたが、さすがに限界のようだ。
昨週からやたらにダルく、意欲も波がある。平日はそれでも頑張ってきたが、土日に反動が出る。
しかも、目先の発表が不安でやはりそれで精神が疲弊している。
勿論、関西に初めて来て、天候に慣れていない部分も大きい。具体的には雨が降らず気温も下がらないのに蒸し暑い。
栄養ドリンクとコーヒーの飲み過ぎは突然死するレベルに達しそう。
当たり前だがカフェインが抜けるとどっと疲れも来る。
完全な悪循環なうえに、今は発表が迫って来ているという状態。
だから、ここで心身が動かないと困るのだが。。
社会不安障害という診断を受け、それで納得していたが、やはり、シャイネスと全般性不安だと思う。シャイネスは生まれつき。全般性不安は多分父が亡くなってから。
そういう分析ももう飽きたのだが、結局のところ、普段は適当なのに発表とかが迫って来ると、自滅していく。
それはもう強迫観念と完璧主義が出てくるからだろう。
ほどほどの不安は適度な刺激になるが、これでは本末転倒。
大事な学会とかの発表ではあるまいし・・
しばらく認知療法をやっておらずこちらに来てからカウンセリングも受けていないが、こういう時こそ考え方をほぐす時だろう。
昔のデイ・ケアやカウンセリングの資料はこちらに持って来てるから見てみよう。
苦しむことが大事なのではなく、盲目な努力も大事ではない。
修士一年は結果も求められていない。
だからこそ、自滅している場合でもないのだ。
思考の柔軟さ=適当、ではない。
出来るだけ負荷なく、やるべきことをやるべき時にやるだけ。
ただ、そのやるべきことが分からないから不安で、しかも、誰にも分からない。
それならそれで、思い詰めて自滅していくのも意味がないこと。
そのなかで安心したいなら、やはり、精神的・将来的な保険なのだろう。
学資金というよりは、この道で大成しそうになかったら、次は何をやるかということ。
この道で大成しそうになかったら、死ぬかも、と書いたこともあるが、それは正しいのかも分からない。
どちらにせよ、今決めても途中で変わるだろう。それも含めての保険。
昨週からやたらにダルく、意欲も波がある。平日はそれでも頑張ってきたが、土日に反動が出る。
しかも、目先の発表が不安でやはりそれで精神が疲弊している。
勿論、関西に初めて来て、天候に慣れていない部分も大きい。具体的には雨が降らず気温も下がらないのに蒸し暑い。
栄養ドリンクとコーヒーの飲み過ぎは突然死するレベルに達しそう。
当たり前だがカフェインが抜けるとどっと疲れも来る。
完全な悪循環なうえに、今は発表が迫って来ているという状態。
だから、ここで心身が動かないと困るのだが。。
社会不安障害という診断を受け、それで納得していたが、やはり、シャイネスと全般性不安だと思う。シャイネスは生まれつき。全般性不安は多分父が亡くなってから。
そういう分析ももう飽きたのだが、結局のところ、普段は適当なのに発表とかが迫って来ると、自滅していく。
それはもう強迫観念と完璧主義が出てくるからだろう。
ほどほどの不安は適度な刺激になるが、これでは本末転倒。
大事な学会とかの発表ではあるまいし・・
しばらく認知療法をやっておらずこちらに来てからカウンセリングも受けていないが、こういう時こそ考え方をほぐす時だろう。
昔のデイ・ケアやカウンセリングの資料はこちらに持って来てるから見てみよう。
苦しむことが大事なのではなく、盲目な努力も大事ではない。
修士一年は結果も求められていない。
だからこそ、自滅している場合でもないのだ。
思考の柔軟さ=適当、ではない。
出来るだけ負荷なく、やるべきことをやるべき時にやるだけ。
ただ、そのやるべきことが分からないから不安で、しかも、誰にも分からない。
それならそれで、思い詰めて自滅していくのも意味がないこと。
そのなかで安心したいなら、やはり、精神的・将来的な保険なのだろう。
学資金というよりは、この道で大成しそうになかったら、次は何をやるかということ。
この道で大成しそうになかったら、死ぬかも、と書いたこともあるが、それは正しいのかも分からない。
どちらにせよ、今決めても途中で変わるだろう。それも含めての保険。