SPORTS! SPORTS! 寝てもさめても

16年目突入。ビッグイベントに心躍らせながら、草の根のスポーツの面白さにも目覚めている今日この頃です。

選抜出場校 こんなこと思い出してしまいました 2024 その7 【近畿(その2)】

2024年02月13日 | 高校野球

≪選抜出場校の思い出2024 その7≫

近畿代表  大阪桐蔭(大阪)      15度目(5年連続) 優勝 4回
                    夏12度出場     優勝 5回  甲子園通算75勝16敗 

昨春は大阪桐蔭史上屈指の好投手・前田を擁しながら準決勝で近畿のライバル・報徳学園に大逆転負けを食らって5度目の優勝を逃し、夏は大阪府予選でライバル・履正社の後塵を拝してしまった大阪桐蔭。しかし新チームの秋はキッチリと近畿大会3連覇を決めて選抜に出場してきました。現在の高校野球のゆるぎない絶対王者。05年ぐらいから続く『大阪桐蔭時代』には、まったくその終焉は見えていません。というよりも、より精度が高いチームが毎年作り上げられてきており、他校との総合的な力の差はさらに広がっていっている気すらしています。昨秋は明治神宮大会でエラー連発の拙い試合をやり敗れていきましたが、超強豪チームというのは、こういった試合を経て更に進化していきますから、今年の春どんな姿で甲子園に顔を見せてくれるのか、非常に楽しみです。昨今では大阪桐蔭のチーム作りの中の「スカウト力」がクローズアップされて、「あんなにキラ星選手たちを集めているんだから、強いのは当たり前」という声も聞こえますが、ワタシは全くそうは思いません。現実同じようなスカウト力を発揮しながら、全国ではその力を見せることができないチームなども、いくらでもあるではないですか。巨人もV9時代には、よくそんなこと言われていましたよ。しかしその好素材をきっちりと育て上げて勝てるチームにしていくのは、並大抵なことではないと思います。そういった意味で、毎年前年を超えるようなチームを作り上げてくる大阪桐蔭、いやっ西谷監督の手腕には、脱帽しています。そして毎年どんなチームが出てくるのか、非常に楽しみです。そして全国の舞台では、その強い大阪桐蔭を倒すのはどこか?それが見ていて一番楽しいんです。
やっぱり野球は、強い、倒すべきチームが1チームあるというのが、面白いですね。古くは中京、そして池田、PL。プロ野球ではV9の巨人、黄金時代の西武。MLBではヤンキース。野球のだいご味って、そんなところにあるんではないか・・・・・というのが、ワタシの野球の見方です。


前回の記事 ⇒

大阪桐蔭について、もう書くことはほとんどありません。現在の高校野球の最強チームにして、このままあと10年突っ走れば、すべての記録を塗り替えるのではないかと思うほどの充実ぶりです。大阪桐蔭のチームについて驚くのは、ほとんどの年のチームが「3年生中心のチーム」であるという事。これまで高校野球を席巻してきて、長年活躍してきたチームは、ともすれば「次の年度のことも考え、下級生をたくさんベンチ入りさせ、レギュラーとして使っている」ことが多かったという印象があります。全盛期のPLこそ今の大阪桐蔭に近いチーム構成でしたが、智辯和歌山、横浜、帝京、明徳・・・・・どこも下級生を夏のレギュラーなどとして使い、新チームの軸として据えて秋を戦い抜く、といった印象が強いですね。しかし大阪桐蔭は、最強と言われた根尾・藤原時代はもとより、一昨年も昨年も、完全に3年生中心のチーム編成でした。「これは秋は苦労するぞ・・・・」なんて思われがちですが、経験がないはずの新チームでも、戦えば他校より一歩も二歩も上にいる。それが「層が分厚い」大阪桐蔭というチームなんでしょうね。そういうことがあるから、選手たちは「何とか3年間頑張り抜く」とモチベーションも高いのでしょう。理想的なチーム作りですね。さて、今年もドラ1間違いなしの剛腕サウスポー・前田を軸に、優勝候補の大本命。今年もまた「大阪桐蔭の大会」になるのか否か。注目されますね。


前々回の記事 ⇒

昨年は春夏ともに優勝候補に上がりながら、いずれも近畿のチームに屈して早期敗退。初優勝した08年から、甲子園で9割近い勝率を残していた大阪桐蔭にとって、本当に悔しい年となりました。しかし「21世紀の高校野球最強軍団」が、黙って引き下がっているはずはありません。今年のチームは例年にも増して素材の良い選手が集まり、そして特徴としては粘り強いこと。すでに来年のドラ1競合が確定的とも言われるエース左腕前田を、ずらりと並ぶピカピカの3年生たちが援護、スキのない布陣が出来上がりつつあります。大阪桐蔭の試合を見る時の楽しみとしては、「今年のチーム」を過去の大阪桐蔭の超絶なチームと比べたり、80年代の最強PLのチームと比べたりしながら見ること。すでにワタシにとっては、勝つか負けるかという事を超越した存在になりつつあります。いやっ、今年に限っては、サッカーでその超絶ぶりを見せつけた青森山田と比べて見ちゃったりするのも楽しみですね。競技は違いますけど。。。どっちのオーラがすごいかな・・・・・なんてね。まあ、大阪桐蔭を見るというのは、「究極の高校野球のチームを見る」というのと同義語であり、その強い強いチームに対して、思いもよらないチームが牙をむく・・・・・なんてことがあるもんだから、高校野球の観戦はやめられないわけです。


その前の記事 ⇒

まあもう、大阪桐蔭について書くことなんて、まったくありません。今年もドラフト候補がずらっと並ぶ才能の宝庫のようなナインが、名指揮官の下、甲子園をまるでわが庭かのように駆け巡る野球を目にすることができるということです。高校野球ファンとして、いつも思うのは「今の大阪桐蔭と、全盛期のPL,果たしてどっちが強いんだろうか」ということですね。いつでもどこでも、こういう時代をまたいだ「最強はどこだ」という論争は、どの競技でもやむことがありません。まさにこれこそが「ファンのお楽しみ」でもあるわけですからね。『今…』派は、「今の野球のほうが進化しているし、球速やらスイングスピードなどの絶対値においては、比較にならん」と言うでしょうし、『昔…』派は、「昔のほうが野球のレベル自体が高かった。やっている人数自体も段違いだし」と若干美化された記憶を手繰り寄せ、言うことでしょう。。。。しかしこの論争、どこまで行っても決着がつくことなど、あるはずがありません。だって、しょせんは同じ土俵で比較しているわけではないんですから。。。。。一つだけ言えることとしては、「昔のPLも、今の大阪桐蔭も、どっちも他校から恐れられ、リスペクトされ、ほとんど甲子園で負けることのないチームだ」ということですね。さあ、今年も大阪桐蔭が、涼しい顔をして優勝旗をその手中に収めるのでしょうか。はっきり言います。今年の大会も、大阪桐蔭vs他の31校 という図式だけは、変わらないということです。


その前の記事 ⇒

2年ぶりの大阪桐蔭の登場です。前回この記事を書いた時から、2度の優勝、11勝を積み重ねて重ねた優勝回数が春夏8度。通算勝利も63勝となって、まさにこの世の春を謳歌する『高校野球の盟主』そのものの学校です。高度情報化社会の今、インサイド情報をも手にした有力な中学生たちは、まさに我も我もと大阪桐蔭にはせ参じ、草木もなびくという状態になっていると聞き及びますので、この流れはしばらく続いていくと思います。萩原を皮切りに、中村剛、西岡、平田、辻内から中田、浅村、藤浪、森、そして根尾に藤原。。。。どれだけのプロ野球に名を残すスーパープレーヤーたちがここから旅立っていったことでしょうか。まさにチーム作り、人づくりに長けた名将・西谷監督はどこまでこのチームを高みにまで引き上げることでしょうか。今年もどんなチームが出来上がってくるのか。高校サッカーに青森山田ありだったら、高校野球には大阪桐蔭あり。そんな存在のチームですね。


その前の記事 ⇒

さあ、連覇を狙う大阪桐蔭の登場です。
昨年も一昨年も記事を書きましたので、思い出はそちらをご参照ください。
今年のチームは、昨年全国制覇を成し遂げたチームやこれまでの全国制覇のチーム以上の戦力と言われ、秋のドラフト指名候補が1位候補3,4人を含み5,6人もいて、【高校野球史上最高】とまで言われる陣容を誇ります。さて、どんな戦いぶりを見せるのか。とても楽しみですね。

その前の記事⇒https://blog.goo.ne.jp/angeldad/e/025ae8447f2f17fe17754ff36d2552aa




近畿代表
   報徳学園(兵庫)     23度目(2年連続)   優勝2回 準優勝1回
                    夏15度出場     優勝1回  甲子園通算64勝34敗  

昨春の報徳は、「ザ・報徳」を地で行く好チームでしたね。攻守に力を持っているだけではなく、なんといってもその試合運び、終盤の粘り強さは「ああ、報徳だあ・・・・・」という思いを強くしました。2回戦の東邦戦、準々決勝の夏春連覇を狙う仙台育英戦、そして準決勝の絶対王者・大阪桐蔭戦。ま~なんというか、見ていて楽しい激闘ばかりでしたね。まさに「甲子園の激闘王」の面目躍如でした。「期待された年のチームが、その通りの活躍をする」というのもまた、報徳らしさですね。兵庫県は大激戦の地区ですから、なかなか連続して甲子園の土を踏むことはできませんが、報徳は甲子園に出場したここ3大会は9勝3敗。そう、1大会でキッチリ平均3勝しているわけです。やっぱりほかのチームよりも、「甲子園で勝つのは報徳」ってわけですね。そういう意味で、今年もまた、活躍が期待されるチームです。今年のチームは、「さほど打てないが、きっちり守れるチーム」です。これって、報徳が初めて全国制覇を成し遂げた、1974年春のチームにそっくり。彼等もまた、ぶっちぎりの強さを持っていたわけではないが、しぶとく粘って優勝までたどり着きました。さあ、今年の報徳、どんな戦いを見せてくれるのでしょうか。そして、どこまで駆け上がる?


昨年の記事 ⇒

かつて「逆転の報徳」との異名をとった報徳学園。最後まであきらめないその戦いぶりに、たくさんのファンがつくチームです。甲子園での成績を見ると、甲子園通算60勝、勝率は6割を優に超え、優勝も3回あります。さらに甲子園で決勝まで出たら負けなしというのも、大阪桐蔭と並んですごい記録ですね。ワタシは前回の記事でも書きましたが、報徳といえば昭和49年の選抜初優勝時の「しぶとすぎる報徳」、昭和56年夏優勝の「金村中心の、超大型チーム報徳」、そして2010年春夏連覇の興南を寸前まで追いつめた「粘りの報徳」の3チームがすぐに思い浮かびます。いろいろ思い浮かびますが、結局は「最後まで試合をあきらめない粘り」こそが報徳の真骨頂、チームの中に流れるDNAだと思いますね。金村時代、優勝した年の3回戦で、早実の荒木を9回土壇場で打ち崩した鮮やかすぎる攻撃は、忘れようと思っても忘れられるもんじゃありません。昭和49年のチームも、誰一人大型選手がいない中、「関東三羽烏」と言われた土浦日大・工藤、銚子商・土屋の剛腕を次々打って下した戦いは鮮やかでした。2010年のほぼどのチームも打てなかった興南の大エース・島袋を鋭く崩した攻撃も、忘れられません。さあ、今年の報徳もなんだか評判が高い、いいチームのようです。強豪に対して最後まであきらめない粘りで劣勢を挽回する報徳野球、甲子園でまた、花開くでしょうか。


前回の記事 ⇒

戦前から和歌山、大阪、京都と並んで”野球どころ”として名高かった兵庫県。その戦前からの老舗の各校から、昭和40年代以降県の盟主の座を奪ったのが、当時新興勢力だった報徳学園と東洋大姫路。昭和40年代から60年代にかけて本当に両校のライバル関係はすさまじかったですね。報徳学園は昭和30年代後半から甲子園の常連校となりましたが、甲子園のデビュー戦が伝説ともなっているあの倉敷工業戦でした。世にいう『奇跡の大逆転』。何しろ0-0で延長11回までもつれこみ、表に相手に6点を先行されながら、裏の攻撃で6点を取り返して追いつき、12回にサヨナラ勝ちですもん。今に至るまで、そんな試合が甲子園で行われたことはありません。様々な『奇跡の戦い』はあるものの、この試合のインパクトはとてつもなく大きいですね。そして報徳学園は、この試合で一気に名前が全国区となったことでしょう。何しろ学校の所在地が西宮市。まさに甲子園の『地元中の地元』という学校です。この報徳について、甲子園でも数々の激闘を演じていますが、ワタシの記憶に残っているのは、1974年春の優勝、81年夏、金村を擁した全国制覇、そして2010年のあの興南を追い詰めた果敢な戦いの3つです。74年春は、のちに慶応大の監督を務める福島監督のチームでした。この大会、注目を集めたのは剛腕エースをそろえた関東勢。中でも関東三羽烏と言われた銚子商・土屋、横浜・永川、土浦日大・工藤はいずれも大型右腕で、ドラフト1・2位でプロ入りした投手でした。報徳は下馬評には全く上がっていなかったものの、何しろ接戦に無類の強さを発揮する”福島野球”で、2回戦では工藤を、準々決勝では土屋を攻略。快進撃を続けて、決勝ではあの『イレブン池田』を破って初優勝しました。先発の右腕・住谷から後半のピンチで必ず左腕・東にリレーする絶妙の継投策は、まさに福島マジックと呼べる采配でした。確かこの大会、金属バットが導入される前最後の大会でした。それゆえまだ『投手中心の細かい高校野球戦法』というのが勝つために最も有効と言われていた時代の野球。これにピタッとはまったのが、報徳のこの年の野球でした。そしてその7年後の1981年。中学時代からの教え子を連れて報徳の監督になった北原監督の下、74年とは全く違うスケールの大きなチームとして甲子園に登場。報徳は、エース金村の超人的な活躍で優勝をまさに”もぎ取った”という感じでした。この年のチーム。春の選抜には出場するものの、初戦で剛腕・槙原の大府に惜敗して白星を挙げることはならず。しかしその試合で垣間見せたスケールの大きさは、夏への期待を十分に抱かせるものでした。そして春夏連続出場を決めた報徳は、夏の大会前には堂々と”西の横綱”という評判をとるチームとなっていました。ちなみに”東の横綱”格は前年度準優勝にしてエース荒木を擁する早実でした。初戦を突破した報徳は、2回戦で前年度優勝校の横浜と激突。前年より戦力を落としていたとはいえ有力校の一つに上がっていた横浜に対し、報徳はまさに『金村のワンマンショー』という感じで快勝。何しろ金村、この試合で投げては強打の横浜打線にスキを見せず1失点完投。そして打っては、横浜の連覇の夢を粉々に粉砕する2打席連続ホームラン。『こいつのスケールは、どこまで大きいんだ!』そんなことを全国の高校野球ファンに見せつける活躍。その風貌と相まって、野武士的な金村の評価はうなぎのぼりでした。その”野武士・金村”が次に対戦したのが”甲子園のアイドル”荒木率いる早実。『事実上の決勝戦』と言われたこの3回戦、甲子園はまさに満員札止めの凄い観客で膨れ上がりました。この試合で荒木の投球は冴えわたり、強打の報徳に対して終盤まで全くスキを見せませんでした。金村も好投するものの終盤に早実の打線につかまり7・8回で4失点。報徳は1点を返すものの1-4のビハインドで最終回を迎えました。ほとんどの観客は早実の快勝を信じて疑わなかったこの試合、9回に物凄い逆転劇が待っていました。まさに甲子園デビュー戦での『逆転の報徳』をほうふつとさせる連打。それまでの沈黙がウソのように、報徳の打者が牙をむいて荒木に襲い掛かっていきました。そして1点を返して2・3塁の場面。そこで打席に立った代打浜中。どうみても打てそうにないこの160センチぐらいの小さな選手の渾身の一撃は、サードベースの上を鋭く抜けていって、同点の2塁打になりました。何度も何度もベース上でガッツポーズを繰り返すこの浜中選手の嬉しそうな姿、今でもはっきりと思い出すことができます。このイニングで報徳が逆襲し始めた時の甲子園の雰囲気、それはもうすごかった。球場のほとんどが『セントポール・マーチ』のメロディーに乗って手拍子を繰り返し、マウンド上の荒木はその完全アウェーの雰囲気に、ものの見事に飲み込まれてしまいました。早実を応援していたワタシは、このシーンを見ていて、とても悔しかった思い出もあります。
そして決着は延長10回。もう余力が残っていなかった荒木に、報徳の誇る中軸の金村・西原が連続でレフトに物凄い当たりの2塁打を放ち、荒木を粉砕して報徳にはっきりと優勝への道が広がっていったのでした。準々決勝からも、報徳は今治西・藤本(元南海)、名電・工藤(SB監督)、そして”沢村二世”と言われた京都商・井口と、まさに好投手とばかり対戦しましたが、その都度金村を中心に強打線が相手を粉砕。並外れた打力と、ほとんどの試合を1失点以下に抑えた金村の投手としての安定感が見事に融合し、夏は初めての全国制覇を成し遂げました。この年をさかのぼること4年前の1977年にはライバルの東洋大姫路が松本投手で全国制覇していますが、その時のチームとこの81年の報徳のチームは、そのスケールの大きさなど、本当に良く似たチームでした。『スケールの大きさと野武士的なゴッツイ芯の太い野球』それがワタシの兵庫県代表、とりわけこの2校に抱く、今も変わらぬイメージです。
その後は2002年に大谷投手(ロッテ)を擁して優勝しますが、このチームは実はさほど印象には残っていません。それよりもインパクトという点では、2010年のチームが印象深いですね。この年は甲子園に『興南旋風』が吹き荒れた年でした。春選抜に優勝した興南は、夏はさらにスケールアップして甲子園に登場しました。エース島袋はこのときは『難攻不落』と言われるほど左腕からの投球が冴えわたっていましたし、『甲子園最多安打』の記録保持者であるキャプテンの我如古の猛打も、とどまるところを知りませんでした。この興南と準決勝で激突することになった報徳は、ここまで『よくやっている』とは言われるものの、戦力的には大きな差があるように感じられました。エース大西と1年生の田村の投の2本柱は、あの74年の住谷―東のリレーをほうふつとさせ、ワタシはその戦いを見ながら、ひそかに昔のことを思って楽しんでいました。それから個人的なことですが、近年関東遠征をおこなうようになった報徳の練習試合を、このころ何度か目にしたことがあり、そんなことから親近感がわいて、報徳を応援したりしていました。でも試合前、『たぶん試合にならないのでは……』と本音では思ったりしていましたが、試合が始まってみたらそんな予想はどこへやら。序盤から報徳の打線が島袋を捕らえ、報徳の選手の動きが、本当に素晴らしくて。。。。。。この年の報徳のチーム、決してスーパースターがいたわけではありませんでしたが、『究極の全員野球』のような感じのチームで、本当に素晴らしい戦いぶりでした。しかしながらこの年の興南は、それを凌駕するほど神がかった存在でした。序盤の0-5のビハインドをものともせず、じわじわと報徳にプレッシャーをかけていくと、7回に追いつき逆転。そのまま逃げ切り、高校野球史の1ページを飾るような素晴らしい戦いに、終止符が打たれました。この試合を見てワタシ、『やっぱり報徳は、魂の野球だなあ』というのを強く思うことができました。
ワタシが知る限りの報徳の野球の系譜。監督は福島監督から沢井監督へ。北原監督を挟んで、現在の永田監督へ受け継がれていると認識しています。永田監督は94年監督就任ですから、本当に長く監督を務めていますね。この選抜で勇退が決定しているということで、今後は大角部長がその報徳野球を引き継いでいくようです。初出場時からずっと変わらず、『地元の代表』として甲子園をわかし続けている報徳学園。この選抜は、永田監督最後の雄姿となるので、選手のモチベーションはいつも以上に上がっていると思われます。『不利の予想の時ほど、いい戦いをする』報徳野球の神髄、見られるかもしれません。楽しみです。


近畿代表   耐久(和歌山)      初出場
                    夏出場なし      

耐久高校と言って、高校野球ファンでピンとくる人、ほとんどいないでしょうね。ワタシもこの名前、友人の母校という事でだけ知っている名前でした。まさか甲子園に出てくるなんて、思いもよりませんでしたね。しかし昨秋、大ブレークを果たして公式戦8連勝、和歌山県大会を制し、近畿大会でも準決勝進出と、なんだか「盆と正月が一緒に来た」みたいな騒ぎだったんじゃないでしょうか。昔の藩校を流れをくむ超名門という事で、非常に注目度も高く、期待をされるこの選抜となりました。しかし一体、どうして一気に強くなったのでしょうね。耐久の戦績を見ていると、ここ15年ぐらいでも公式戦では勝ちと負けが交互に来るぐらいのチームで、「むしろ負けの方が多くない?」と思うぐらいのチームです。おまけに昨年1年間では、秋・春・夏の県大会でわずか1勝しか挙げられなかったというのに、このブレークは何なんでしょう。もちろん選手たちの普段からのたゆまぬ努力があると思いますが、ワタシなんか長年見ていると、高校野球の神様が降臨してきたとしか思えないんですよね。そういうこと、そこかしこで起こったりしているもんで。。。。。。なんにせよ、純白のユニフォームで甲子園を駆ける姿、本当に楽しみです。


21世紀枠   田辺(和歌山)      3度目(76年ぶり)
                    夏1度    甲子園通算2勝3敗

田辺高校も、耐久高校と同じく、高校野球ファンにとってなじみのある名前ではありませんね。しかし選抜は76年前の戦後すぐ、1947年と48年に連続出場を果たしています。夏は95年に一度出場していますが、その時は初戦敗退でした。それにしても和歌山は、21世紀枠での出場が多い。桐蔭(和歌山中)、海南(海草中)、向陽(海草中)と、戦前の第1回大会から出場し大活躍している伝説のチームが多くて、そりゃ、こういった学校は選抜に出したくなりますわね。まさに戦前から戦後すぐにかけては、和歌山は大阪、兵庫以上に高校野球の盛んな地域でしたから、毎年のように和歌山中と海草中が甲子園で激突して覇権を争っていたなんてことが多かったのですね。そういう流れの中に和歌山の高校野球史はあって、最近では和歌山中、海草中が、箕島高になって、そこから智辯和歌山高となり現在に至るというわけですね。1強、ないし2強というのが、長い和歌山県の高校野球の流れですね。田辺は今年21世紀枠で選出されて、ワタシは非常に驚きました。というのは、同じような”超名門”の耐久高校がすでに一般枠での出場を決めていたというのと、田辺は今一つ選出されるポイントが弱いのではという事でそう思ったわけです。ワタシの予想は、鶴丸高校でした。しかし和歌山県の高校野球の長い歴史という事を考えると、プレゼンする和歌山の高野連の方々の熱意は、他の地区に比べて、並々ならぬ熱いものがあるんでしょうね。そんなことを思ってしまいます。田辺高校も、甲子園を存分に楽しんで、思い出をたくさん作ってほしいなあと思っています。


(つづく)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 選抜出場校 こんなこと思う... | トップ | SUPERBOWL LVIII  チーフス... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

高校野球」カテゴリの最新記事