SPORTS! SPORTS! 寝てもさめても

16年目突入。ビッグイベントに心躍らせながら、草の根のスポーツの面白さにも目覚めている今日この頃です。

≪スポーツ懐古主義≫ その4  ANGELS 1990s

2014年04月15日 | スポーツ懐古主義

スポーツ懐古主義の、その4です。

不定期に、
思いついたまま、
書きたいことを、
つらつらと書いていくシリーズです。

主に、
スポーツのイベントや、
直近で書きたいことがないときに登場する『なんだかなあ・・・・』という懐古シリーズです。

さて、
今回書くのは、
メジャーリーグ、カリフォルニア州アナハイムを本拠地とする、
エンジェルス、
それも90年代限定で語ります。

幼少時からアメリカに興味を持って、
MLBとNFLについては、
ずっと憧れを抱き続けてきたワタシ。

80年代など、
毎年秋にやってくるMLBの日米野球と、
NFL/NCAAのフットボールの試合には、
血沸き肉踊らせて観戦していたクチです。

MLBでは、
ずっとドジャースの大ファンでした。

70年代の強かった時から、
80年代に入ってもバレンズエラやハーシュハイザーなどに、
心を躍らせました。

ちなみにNFLでは49ers、NCAAではUCLAのファン。
やっぱり今の世相と違って、
物理的距離も近く”あこがれ感”満載の、
『西海岸のチーム』
を熱心に応援していました。


そんなワタシにめぐってきたチャンス。
仕事での渡米です。

心ウキウキのワタシは、
仕事のことはそっちのけ(?)で、
『早くMLBとかNFL、見に行きたいなあ』
ということばかりにココロを奪われていました。

そんなワタシがMLBの初観戦に行ったのが、
アナハイム・スタジアムのエンジェルス戦。

本当は『ドジャース戦に行きたいなあ』と思っていましたが、
連れて行かれたのがこのエンジェルス戦でした。

当時はまだ、
野球とフットボールの共用スタジアムだったアナハイム。
何しろそのデカさ、
圧倒されてしまいました。

たぶん当時の収容人数は、
69,000人ぐらいだったと思います。

『お~~これがメジャーの球場か~~~』
といたく感動したことを覚えています。

そして先発したのが、
隻腕のエース、
ジム・アボットでした。

そしてその試合、
8回に逆転アーチが飛び出し、
エンジェルスの見事な勝利。

その試合から、
ワタシはドジャースのことは横に置いて、
何しろ『エンジェルス~~~!』
となったのでした。

もちろんエンジェルスが、
DH制を敷くアメリカンリーグだったということも、
関係しています。

日本では【純パ】
を自認するワタシ。

やっぱり攻撃重視の、
DH制の方が”座り”がよかったのですね。


そんなことで始まったエンジェルスへの応援。
その思いは日に日に強まっていきました。

しかし・・・・
この頃のエンジェルスは弱かった。

メジャーの日程は、
9連戦が基本。

9連戦を地元で行い、
その後ロードに出発して9連戦。
これを繰り返していきます。(当時)

大体基本は、
この9連戦の最初と最後に観戦に行くというものでしたが、
その他の観戦に出かける要因としては、
やっぱり各試合ごとに設けられている『プロモーション』でしょうね。

シーズンが始まる前にはすべてこのプロモーションのスケジュールが決まっていて、
〇月〇日は帽子がもらえる日・・・・・とか、
△月△日は花火が打ちあがる日・・・・・とか、
楽しいイベントが盛りだくさんでした。

今でこそ日本でもそういったプロモーションの日も多くなりましたが、
当時の日本のプロ野球で、
そんなことに出会ったためしがなかったワタシは、
その事にもいたく興奮していました。

そして、
エンジェルスの試合開始時刻は7時35分。

そう、
仕事がはけてからでも、
十分に間に合う時間でのプレーボールでした。
これはありがたかったですね。

アナハイムスタジアムから仕事場まで、
車で飛ばせば20分。

ということで、
仕事がはけてから球場参戦・・・・・の日々が続きました。

おまけに言うと、
当時の球場売りの『ハンバーガー』と『ホットドッグ』、
本当に鉄板でその場で作ってくれるもので、
ごっつ~美味かった~~。

今でもあるのかな?


さて、
その当時のエンジェルス、
何しろ攻撃陣とリリーフ陣が弱かった!

91年にはフィンリー・ラングストン・アボットの”左腕三本柱”で50勝以上をあげていたにもかかわらず、
その他が振るわず5割の最終成績でなんと最下位。
『なんだかなあ・・・・・・』
のシーズンが続いていました。

このエンジェルス。
この当時のオーナーは、
著名なカントリー歌手、
ジーン・オートリー。

このオーナーのイメージもあったのでしょうが、
なんだか『牧歌的』という言葉の似合う、
のんびりとしたチームでした。


そんなエンジェルス。

人気はそこそこあって、
負けても観客は毎年200万人越え。
MLBの人気チームのひとつに数えられていました。

まあ、
ヤンキース、ドジャース、レッドソックスなどには、
遠く及びませんでしたがね。

92年、93年、94年とずっと負け越しのシーズンが続いたものの、
チームは若手に切り替えを行って、
なんだか『等身大の、新しいチーム』に変わったような、
何とも言えない『応援したくなるチーム』の風情を身にまとって、
この当時彼らは戦い続けていました。

そして95年がやってきます。

この年は、
前年から続くMLBの労使対立が極まり、
前年のシーズン後半のカットに続き、
この年も4月に開幕を迎えられないという異常事態。

そしてまた、
この年海を渡ってLAにやってきたのが、
ドジャースの野茂英雄。

ワタシは野茂のことは日本時代からのファンでしたので、
『野茂も気になるし、エンジェルスも気になる』
状況でした。

野茂は全米でセンセーショナルを巻き起こし、
一躍【時の人】となりますが、
エンジェルスも大ブレークを果たします。

前半戦を”そこそこ”で立ち上がったこの年、
オールスターブレーク前に突如として打線が覚醒。
まあ『打つわ、打つわ』のものすごさで、
2位以下を大きく引き離しました。

1.カーチス
2.エドモンズ
3.サーモン
4.C.デービス
5.J.T.スノー
6.アンダーソン
7.マイアー
8.イーズリー
9.ディサシーナ

と並ぶ打線のすさまじさと言ったら・・・・

この1か月半の間、
チーム打率は大きく3割を超えて、
凄まじい破壊力を見せてくれましたね。

ほとんどの選手が、
マイナーからのたたき上げできた若手。

こんなにワクワクするチーム、
いまだかつて経験したことはありませんでした。


投手陣でも、
フィンリー・ラングストンの2トップに、
セットアッパーにパーシバル、
抑えにリー・スミスというなかなかの布陣でした。


7月終了時点で、
確か2位には12,3ゲームの差をつけて、
心ははるか≪ワールドシリーズ≫へ。。。。。
という幸せな日々を過ごしていました。


しかしここから、
ありえないような大失速。

連日連夜、
負けて負けて、
負けまくって。。。。。。

気が付くと9月中旬には、
ず~~~~ッと下にいた、
『初優勝を狙う』
シアトル・マリナーズに寝首をかかれておりました!!

まあこのマリナーズも、
大したチームではありました。


投手陣では大黒柱が”ビッグユニット”ランディ・ジョンソン。

看板の打撃陣は、
中心にケン・グリフィーJr,エドガー・ティノの両マルティネス、
そしてメジャーに出たてのA・ロッド。。。。
豪華絢爛の攻撃陣でした。


この両チーム。

結局同率でシーズン最後の試合を終え、
史上まれに見る『1試合プレーオフ』となりました。

この試合、
シアトルで行われたのですが、
勝ちを信じて疑わないワタシ、
自宅のリビングで祈りを込めながら見ていました。

しかし、、、、
相手のピッチャーがランディ・ジョンソンだったのが運のツキ。

中盤こちらのエース、
ラングストンが見事に打たれまくり、
ワタシが『初めて味わう地区優勝』は、
夢と終りました。

プレーオフ全試合のチケットをゲットしていたワタシは、
その後失意のままエンジェルスの球場事務所で、
返金を受けたのでした。

その時の球場係員と交わした、
『はあああああ~~~~~残念だったね~~~~~~』
という会話、
今でも忘れることは出来ません。


しかし。

この年を境にして、
エンジェルスは『強豪』への道を歩み始めます。

96年(?)から、
オーナーが『カントリー歌手』からあの『ディズニー』へ。
何だかエンターテイメント性も向上し、
帽子のマークは、
【ビッグA】から【天使が飛んでるひらひら~~~】マークへ。

激しい嫌悪感を覚えたワタシでしたが、
慣れというのは恐ろしいもので、
そんなマークにも半年で違和感をなくしました。

そして『戦える』チームとして数年を過ごした後、
今振り返ると『満を持して』勝てる監督、マイク・ソーシアが監督に就任。

これが2000年のことです。

そして2002年。

アナハイム・エンジェルスと改称したチームは、
ワイルドカード・プレーオフであのヤンキースを破り、
勢いに乗ってワールドシリーズに初進出。

そして歓喜の、
世界一の瞬間を迎えるのです。

その瞬間、
ワタシは遠い日本の空の下、
本当に、本当に、
涙があふれて止まりませんでした。

2002年のチーム、
90年代の”あの頃のチーム”からはかなりの新陳代謝が行われていましたが、
それでもあのティム・サーモンやギャレット・アンダーソン、
そしてトロイ・パーシバルなど、
『あの頃のチームの残り香』が香る選手たちも、
中心選手として歓喜の輪に加わっていました。

『まさかこんな日が来るとは!!!』

雄たけびをあげて歓喜の瞬間を満喫しました。


あ~~~

あれからもう12年。

すっかり強豪チームになって、
『2度目はすぐにやってくるだろう』
なんてタカをくくっていたら、
知らぬ間に12年も経ってしまっていました。

2004年から6年間で5回もの地区優勝を果たすも、
ワールドチャンピオンはおろか、
ワールドシリーズ進出もままならないエンジェルス。

2010年からは、
大枚をはたいてスーパースターを毎年獲得するも、
その成果が出ることはなく。。。。。

もう4年も、
プレーオフにすら進出できないチームとなっています。

14年も監督を続けているソーシアの首も、
そろそろ危ないかな?


とはいえ今年も、
”海のこっち側から”
エンジェルスを応援し続ける、
ワタシなのです。


思えばワタシの応援していた90年代のエンジェルス、
なんとなくその風情、
『千葉移転前、オリオンズ時代のロッテ』か、
『後楽園球場時代の日ハム』
なんていうチームと似た感じがします。

なんとなく、
いつも勝ったりはしないけど『愛してやまない』感じのチームなんですね。


最近書店で、
『川崎時代のロッテオリオンズ』
『東京時代の日ハム』
の懐古本を立て続けに手にとって読んでみました。

『う~ん、懐かしすぎる』
が読んだ感想。

そんなことで、
今回『ワタシにとっての』懐古主義チーム、
エンジェルスについて書いてみました。

お付き合いいただき、
感謝に堪えません。


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