盛岡の公会堂で映画「スケッチ・オブ・ミャーク」を観ました。 沖縄の近くの宮古島の人々のドキュメントです。
「歌うことは、神とひとつになること
生きる願いは声となり、神へ届く
魂のありか「ミャーク(宮古島)への旅」
宮古島に残る神歌と古謡、歌い繋ぐ人々の深淵なるドキュメント
昔、台風で雨にさらされラジオの声も切れ切れの中、動じない表情で暮らす宮古島のオバアをテレビで見たとき。 こんな風になりたい、いつか宮古島で暮らしてみたい、と思っていました。
不便な環境でも動じない強さを感じたからと、本土から離れた生活もいいなと思っての事でした。
そんな昔の想いを思い出し、公会堂へ。
巫女のようなオバア達は フツーに本当に普通に「神様は近くにいてさ、私たちを見てるさ」
「神様の声が聞こえたり、姿が視えたりするよ」と笑顔。
その感動を歌にする。
自然で素朴で生きる力に満ちた歌声。
今の世の中、神様の声が聞こえて、などと言ったら 変な目で見られることが多いでしょう。 私も 「神様がね」と素直に語るまで年月がいりました。
映画を見て泣けてしまったシーンが二つあって。それは
どちらも病院のベッドに寝たきりになっている かつての神歌、古謡の名手たち。
顔じゅうの皺や動かなくなった身体。 意識も言葉も朦朧とした状態になっているのに、自分の若い時の歌声を聞くと、その全体に生気が帯びて、起きようとするのです。
私は「かわいそう」とかいう感情ではない涙を流しました。
多分
多分、神様の気持ち
「ああ、よくここまで来たね。ボロボロになりながら。 かわいい、愛しい子供よ。 」
皺もシミも愛しい
そんな気持ち。