エクレアのあのねのね

大と為せば、以って大と為すに足らず

















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楢山節考再考

2007年09月21日 13時10分01秒 | 徒然日記の50
昨日、とーっても嫌なことがありました。ちょっと出先でね。
のでブログの更新もパスでした。

先日車のバッテリーが上がりかけて充電したんだけど、直後は調子も戻ったけど、昨日の朝運転しようとしたらかなり調子が悪い。嫌な雰囲気だったけど時間が決まっている用事なのでとにかく出かけた。
出先でトラブルはやっぱり起きた。バッテリーが上がってしまった。
駐車場に止めているので特に他人に迷惑がかかるわけじゃないがとにかく帰る手立てを考えないと。
準備は万端なのでバッテリーケーブルは持っている。チョイと誰かさんの車とつながしてもらえれば済むこと。

こういうときディーゼルは便利なんだよな。プラグの付いているガソリン車はバッテリーが弱った状態で運転すると運転中にエンジンが止まってしまうことがあるけど、ディーゼルエンジンは絶対に止まらない。だからセルさえ回させてもらえればオッケーなんだな。

たまたま隣に駐車していた老人が車を出すところなのでお願いした。丁寧にね。
ご老人は身の上話ならぬ老人の主張を語り始める。

「わしはここに来て用事を済ませて今のこの瞬間まで3時間以上の時間を費やしたのであり、とても疲れておる。のでお前さんの相手をしているような時間も労力も残っていない。わしが今の時間までどれだけの労力を払ったかお前さんには分かるまい・・・」
云々。

このようなことを語り始めて閉口してしまった。話をさえぎるように、
「ああもう宜しいから。えらいスンマセンな。お手数をおかけしましたな。」
と呆れながらも丁重にお礼を言って見送った。

老人は生き字引。これまで戦争も経験したろう。辛い時代もあったろう。でも古きよき時代をすごし、信州日の本を支えてきた礎(いしずえ)なればこそ、尊敬の念を持って過ごしてきた。

しかし。

老人は若者に未来を託してこそナンボだろう。もう棺桶に入るまでヨーイドンでつまずいたら入ってしまう距離にいる。せめて若者の役に立ってこそ我々としては長生きしてもらう価値があるってもんだ。
ところがその若者が困っているときに手を差し伸べないのなら邪魔なだけ。生きる価値なし。邪魔邪魔邪魔。

よく考えたらジジイ、ババアなんか我慢なんか何にもしない。病院にいても好き勝手に痛い痛いと叫ぶし、ろくなモンじゃない。ジジイにいたってはナースさん尻を触り放題ときたもんだ。オオォ?どこに生きている価値があるんだ?ジジイ、ババアが優しいのは孫にだけやんけ。いらんジジイもババアも。
若者の役に立たないのならもう一度楢山節考を再考しないといけないと思ってしまった。

その後、家人のお母さんに車で来てもらって事なきを得だけど、別にバッテリーケーブルつないでどうこう手伝えって言ってるわけじゃない。そんなことはこっちでするって言っても聞く耳持たない。ジジイ勝手ツンボ。

今の時代ちょっとしたことでも他人にかかわりたくないって時代なのかね。それともたまたま通りすがりのご老人の機嫌が悪かっただけなのかね。どっちにしてもあまりいい気分にはならなかったな。

原因を作ったのは自分だし、そうなる可能性を秘めて行動したわけでそれは自分に瑕疵があるのは分かっている。でもジジババまで含めて人に優しくない世の中が今の時代ならばもっともっと慎重に生きていかないといけないんだなと思ってしまった。

ヤレヤレ・・・生きにくい世の中だなぁ・・・


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