「岩窟の聖母」(1483-1486)はレオナルド・ダ・ヴィンチ((1452-1519)の作品ですが、この作品はほぼ同じ構図で描かれた作品が2点あります。1点目はルーブル美術館に収蔵されている作品で今回の主役です。もう一点はナショナルギャラリーに収蔵されている作品です。
何故、同じような作品が2点あるのかということですが、その謎を解くカギはこの二つの作品が制作された時期にあります。この、どちらが先か問題にはいろいろな説があります、何冊かの本をあたりましたが、ウイキペディアも含めてルーブル美術館美術館に収蔵されている「岩窟の聖母」が先に描かれたという説が有力です。
その理由はルーブルバージョンを先に描いていたのですが、「何らかの理由」により発注者(1483年4月25日にサン・フランチェスコ・グランデ教会司教バルトロメオ・スコルリオーネと無原罪の御宿り信心会が、レオナルドとアンブロージオ、エヴァンジェリスタのデ・プレディス兄弟に礼拝堂祭壇画の制作を依頼した。「ウイキペディア」引用)ではなく他の人物に作品を売り渡した、という説です。
この「何らかの理由」とは、発注者から課されていたいくつかの条件を満たしていなかったために受け取りを拒否されたという説がだされています。
どちらの作品が先か、理由は何かということは専門家に任せるとしても、とても面白い問題だと思います。皆さんも一緒に考えて見てくださいね。
それでは「岩窟の聖母」を見ていきましょう。
まず登場人物ですが、中央やや右下にいる幼児がイエスです、そして中央に描かれているのが聖母マリアです。左に描かれているのが洗礼者ヨハネで、右側の人差し指をヨハネに向けているのは天使です。
中央に三角形を構成するように登場人物が描かれています。
中央のマリアは伏し目がちで憂いを含んだ表情です、一般的に母子像のマリアの表情が、憂いを含んだものになっているのは、将来のイエスの磔刑を予感して人間としてのマリアと神の子イエスの母親として全人類の救済のために犠牲になる子どもの将来についての栄光との狭間で悩んでいる姿だといわれています。
マリアは左手をイエスの頭上にかざし、右手はヨハネの肩をつかんでいます、ずいぶん長い右手のようにみえます。
ヨハネの目はしっかりとイエスを捉え手を合わせています、イエスは指を立ててそれに応えています。このイエスの指使いは受容のポーズだといわれています。
天使は視線を画面外に流しながら、人差し指は明確にヨハネの方に向けています、まさしく「貴方です」といっているようですね。
この天使の指の意味はイエスよりヨハネの方を重要視しているのではないかと解釈され、発注者からの受け取り拒否にあったのではないかとの説があります。
参考のために書いておきますが、ほとんど同じ構成で描かれている、ナショナルギャラリーバージョンですが、天使はヨハネの方を指さしていません、そしてヨハネの手には十字架が見られます。これは書き直しの理由は発注者からのクレームではないかとの根拠となっています。
しかし、レオナルドはナショナルギャラリーバージョンを発注者に引き渡す際に、前に売却したルーブルバージョンの値段なみに支払いを引きあげるように要求したとのレオナルド自身のメモが残っています。彼は発注者からの支払額が不満であったために、1枚目は他の人に売りその貨幣的価値を基に、2枚目の絵を売却してということも考えられます。
偉大な功績を残した人というのはすべての面にわたって美化されがちですが、問題が起こった時の原因は意外と現実的な利害に基づいていることも多いので、レオナルドがこの作品の価値を過小評価されたことに対するひそかな不満がこの二つの作品につながっているのではないかと私はひそかに考えているのです。