蓬 窓 閑 話

「休みのない海」を改題。初心に帰れで、
10年ほど前、gooブログを始めたときのタイトル。
蓬屋をもじったもの。

花過ぎ

2020年11月22日 | 読書

井上靖には、愛人がいた。以前書いた感想が下記

『花過ぎ』ー井上靖覚え書ー 白神喜美子

 井上靖の愛人だった人の書である。簡潔で端的な文章のなかに事実の重みがずっしりとくる。

 高校時代から井上靖の恋愛小説を片端から読み、映画化されたものも何本も観た。歴史物に移ってからも『天平の甍』などに涙したものだ。
 もっとも好きなのは『白ばんば』『夏草冬涛』『北の海』のビルディングス・ロマン三部作で、何度読み返したことだろう。

 この本が出るまで愛人がいたことは全く知らなかったし、それだけ井上靖が用心深かったとも言える。しかし『猟銃』や『闘牛』には、愛人がいてこその濃密さがあり、その他恋愛物のヒロインの清楚なイメージは、この白神喜美子が反映していたのだと、今にして思える。

 新聞記者だったのにダンサーまでして金を稼ぎ、大阪から東京へと付いていき、ひと間の借家に身をひそめるかたわら、有名になって豪邸や別荘を建てていく井上。
 おたがいに貧しくて肩を寄せあいながら、作家になる希望を燃やし続けていたころが一番懐かしいと本人も言い、井上も“ただの男と女の関係ではない”と述懐する。

 ふつうならどろどろしたものが流れるはずだが、さらりと描かれているのは、やはり当人の品性によるのではないか。
 それでも男としての井上靖のエゴが散見し、なにかしら失望した。こんな面は知りたくなかったという思いがわく。
 私小説はもともと好きでないし、作家の裏面は知りたいほうではない。略歴ぐらいは知ってもいいが。
 自伝や日記の類いに面白いものはあるが、所詮それは創作者の書いたものだ。
 本は本、作者は作者で、別物である。モーツァルトの曲とモーツァルトが別であるように。 

 それよりも32歳から16年間不倫の関係をつづけ、作家井上靖のわがままに耐え、支え、ひっそりと愛を貫きとおした白神という女性に会ってみたかった気がする。
 連城三紀彦の描くヒロインのようだ。
 こちらもドラマか映画で観たいものだ。

・いかにしておはすらむものか寄らばもしたかき静謐(しじま)の崩れむものを(T夫人)

 T夫人とは、白神と出会うまえに井上と関係のあった女性らしい。