精神は身体と同じように生物学的に扱ったり、検査できないと考えてきたのは大きな間違いです
精神を理解するということは脳、ひいては肉体を理解することでしょう
これまで痴呆に至る脳の病は「治す手立てがない」から、病気が見つかっても患者や家族を苦しめるだけで社会的にも無用の費用が嵩むだけだと、言われてきました
しかし、最近は脳の破壊を食い止める方法が次々と発表されてきていて、お手上げ状態ではありません
でも、所詮は老化に対する神経質な考えは、どんなに有識者でも自らの老いに神経を尖らせるのは普通でしょう。
学識があればこそ神経過敏になるのかもしれません。
老化していく脳と神経が辿る運命は一様ではありません。
最近老いを実感し始めた私の行動はそのことを真剣に考えるきっかけになったのです。
若い頃は誰もが未知の世界に魅了されて前進しか考えないのではないでしょうか
人間は年を重ねてくると、安定を求めるようになります。
そして今、私は「安定」が「停滞」しないように願うようになってきています
加齢に伴う精神の変化は、失うものばかりで得るものがゼロなのでしょうか
30年前の自分と比べ、記憶力は確かにスピード感を少し失ってきていますが、判断力にかげりはないと断言できるのです
頭の動きも鈍くなっておらず、前向きになるように自らを駆り立てています
つまり「停滞」を跳ねのける闘いが毎日繰り広げられているのです
私の中の「ハイパーグラフィア」は未だ健在です
脳のミステリー・・・暫くは自分の脳の老化現象を考えて書き綴っていこうかと思っています。
精神を理解するということは脳、ひいては肉体を理解することでしょう
これまで痴呆に至る脳の病は「治す手立てがない」から、病気が見つかっても患者や家族を苦しめるだけで社会的にも無用の費用が嵩むだけだと、言われてきました
しかし、最近は脳の破壊を食い止める方法が次々と発表されてきていて、お手上げ状態ではありません
でも、所詮は老化に対する神経質な考えは、どんなに有識者でも自らの老いに神経を尖らせるのは普通でしょう。
学識があればこそ神経過敏になるのかもしれません。
老化していく脳と神経が辿る運命は一様ではありません。
最近老いを実感し始めた私の行動はそのことを真剣に考えるきっかけになったのです。
若い頃は誰もが未知の世界に魅了されて前進しか考えないのではないでしょうか
人間は年を重ねてくると、安定を求めるようになります。
そして今、私は「安定」が「停滞」しないように願うようになってきています
加齢に伴う精神の変化は、失うものばかりで得るものがゼロなのでしょうか
30年前の自分と比べ、記憶力は確かにスピード感を少し失ってきていますが、判断力にかげりはないと断言できるのです
頭の動きも鈍くなっておらず、前向きになるように自らを駆り立てています
つまり「停滞」を跳ねのける闘いが毎日繰り広げられているのです
私の中の「ハイパーグラフィア」は未だ健在です
脳のミステリー・・・暫くは自分の脳の老化現象を考えて書き綴っていこうかと思っています。