前回は赤ちゃんとお箸の話題で終わったが、西のイギリスの伝統も一寸覗いてみようか。私の留学先は英国系豪州人の家庭だったので、私に子供が生まれると銀のマグカップとか銀のフォーク・スプーンが贈られてきた。私への結婚祝いも銀のティーポットだった。
以前にもマイ・ブログで取り上げたが「沈黙は金、雄弁は銀」はどちらに軍配をあげていいか分からない。そうかと言って必ずしも「雄弁よりも沈黙の方が有益」な訳ではない。そこで「雄弁は時間的なもので、沈黙は永遠なのだ」と考えるなら、喜ばしい赤ちゃん誕生に銀製品を贈る英国人やフランスの文豪ユゴーのジャン・バルジャンの銀の蜀台を私は思い出す事になる。時を経て鈍い輝きを放ち、且ついつまでも美しく気品溢れる銀の蜀台はジャン・バルジャン自らが犯した罪に苦しませる、そう考えると凄力を持つ銀は永遠の金に勝るのかなと私はつい思ってしまう。
確かに、古代エジプトでも中世のヨーロッパでも銀の方が高価だった。だが、砂金は存在するが砂銀はなく、現代のジュエリー界でも相変わらず、価値観から考えると金の方が勝っていると言える。だが、金メダルと銀メダルを考えると、銀を土台に金メッキをした物をゴールドメダルとして出すという事で銀の底力に感心してしまう。金銀は好きずきと言ってしまえば、簡単だが「お金」と」なると一寸違ってくる。
お金を扱うのに何故、金行とは呼ばず銀行と呼ぶのだろう? 普段はあまり気にしないが不思議と言えば不思議な呼び名である。中国の唐では、金製品と販売する商人を金行と呼び、銀製品を販売する店を銀行と呼んでいた。精製技術が進歩し、銀の産出量が金よりも多くなると、貨幣の主流は金貨から銀貨へ変化し、貨幣の使用が増えると大量の貨幣が必要になり、益々銀貨の方が普及していった。そして、銀行は経済の中心となる金融機関へと成長し、産出量が原因で銀は金よりも安価になったが、貨幣としては金よりも普及し、銀貨は経済の中心になった。これが銀行という呼び名の由来である。
ところで、西洋で銀は伝統製品として丁重に扱われているが、日本では平安の時代から漆の存在がとても気になる。
今年の誕生日に、私は姉から漆塗りのお箸をプレゼントして貰った。右手が不自由になった私が食卓で時折、ブツブツ独り言を呟いているからだ、と言っていた。
「食べる時、一苦労なのよね・・・」
家でなら、スプーンで掬い上げても、フォークで突き刺しても仕方ないかって思うけど、外ではそうはいかない、お里が知れるっていうものだ。私は外出する時、常に車椅子に箸、スプーン、フォークを載せている。今日からお箸の格上げという事である。
姉の創作御箸―さすがだ、持ち易い、使い易い! 昨年の還暦祝いの漆の杖に続いて、私という贅沢者は今度は漆のお箸に出会った! 天然はいい! 自然はやっぱり凄い! ありがとう、みっちゃん! 後生大事に使うからね! ああ、日本人に生まれてよかった!
以前にもマイ・ブログで取り上げたが「沈黙は金、雄弁は銀」はどちらに軍配をあげていいか分からない。そうかと言って必ずしも「雄弁よりも沈黙の方が有益」な訳ではない。そこで「雄弁は時間的なもので、沈黙は永遠なのだ」と考えるなら、喜ばしい赤ちゃん誕生に銀製品を贈る英国人やフランスの文豪ユゴーのジャン・バルジャンの銀の蜀台を私は思い出す事になる。時を経て鈍い輝きを放ち、且ついつまでも美しく気品溢れる銀の蜀台はジャン・バルジャン自らが犯した罪に苦しませる、そう考えると凄力を持つ銀は永遠の金に勝るのかなと私はつい思ってしまう。
確かに、古代エジプトでも中世のヨーロッパでも銀の方が高価だった。だが、砂金は存在するが砂銀はなく、現代のジュエリー界でも相変わらず、価値観から考えると金の方が勝っていると言える。だが、金メダルと銀メダルを考えると、銀を土台に金メッキをした物をゴールドメダルとして出すという事で銀の底力に感心してしまう。金銀は好きずきと言ってしまえば、簡単だが「お金」と」なると一寸違ってくる。
お金を扱うのに何故、金行とは呼ばず銀行と呼ぶのだろう? 普段はあまり気にしないが不思議と言えば不思議な呼び名である。中国の唐では、金製品と販売する商人を金行と呼び、銀製品を販売する店を銀行と呼んでいた。精製技術が進歩し、銀の産出量が金よりも多くなると、貨幣の主流は金貨から銀貨へ変化し、貨幣の使用が増えると大量の貨幣が必要になり、益々銀貨の方が普及していった。そして、銀行は経済の中心となる金融機関へと成長し、産出量が原因で銀は金よりも安価になったが、貨幣としては金よりも普及し、銀貨は経済の中心になった。これが銀行という呼び名の由来である。
ところで、西洋で銀は伝統製品として丁重に扱われているが、日本では平安の時代から漆の存在がとても気になる。
今年の誕生日に、私は姉から漆塗りのお箸をプレゼントして貰った。右手が不自由になった私が食卓で時折、ブツブツ独り言を呟いているからだ、と言っていた。
「食べる時、一苦労なのよね・・・」
家でなら、スプーンで掬い上げても、フォークで突き刺しても仕方ないかって思うけど、外ではそうはいかない、お里が知れるっていうものだ。私は外出する時、常に車椅子に箸、スプーン、フォークを載せている。今日からお箸の格上げという事である。
姉の創作御箸―さすがだ、持ち易い、使い易い! 昨年の還暦祝いの漆の杖に続いて、私という贅沢者は今度は漆のお箸に出会った! 天然はいい! 自然はやっぱり凄い! ありがとう、みっちゃん! 後生大事に使うからね! ああ、日本人に生まれてよかった!