私は1歳に満たないとき、事故で左足の甲に火傷を負いました。
今でもその痕が残っています。
後遺症はありませんが、もう少し処置が遅れていたら、足の指が一本になっていたかもしれません。
当然のことながら、その時どんな状況だったのか、どんだけ痛かったのか、なんてことは一切憶えていません。
右足と左足で様子が違うことに気づき、親から説明を受けた時も、ふーん、と他人事のように思っただけでした。
足の甲という目立たない場所のおかげで、日常生活でこの火傷のことが頭に浮かぶことは滅多にありません。
隠そうとしたこともないし、周りの人たちも気がつかないのか、気を使ってくれてるのか、何も言われたことはありません。
なので、今さら責任を追及しようとは思いません。
ですが…。
私はこの後、水膨れを伴う火傷を3回ほどしました。
それらはきれいに治りましたが、かなり痛かったことを憶えています。
水膨れまでは行かなくても、ヒリヒリ痛いくらいの火傷もよくやりました。
どうやら、私は火傷する危険性の高い場面になると、注意力が低下するようです。
さすがに成人してからはそんなこともなくなりましたし、ただの偶然かな?とも思います。
しかし、体にこれだけ傷が残っているのだから、心の方にもきっと残っているはず…。
自分の記憶として言葉で語れない傷はこのまま抱えて行くしかないのでしょうか?
おエライ先生が教科書を書き換えるように、なかったことにしようとすれば歪みが生じるでしょう。
いつかその歪みに耐えられなくなった時のことを考えると怖いです。
思い出せたらいいのに、とも思います。
それもとても怖いですけど。
今でもその痕が残っています。
後遺症はありませんが、もう少し処置が遅れていたら、足の指が一本になっていたかもしれません。
当然のことながら、その時どんな状況だったのか、どんだけ痛かったのか、なんてことは一切憶えていません。
右足と左足で様子が違うことに気づき、親から説明を受けた時も、ふーん、と他人事のように思っただけでした。
足の甲という目立たない場所のおかげで、日常生活でこの火傷のことが頭に浮かぶことは滅多にありません。
隠そうとしたこともないし、周りの人たちも気がつかないのか、気を使ってくれてるのか、何も言われたことはありません。
なので、今さら責任を追及しようとは思いません。
ですが…。
私はこの後、水膨れを伴う火傷を3回ほどしました。
それらはきれいに治りましたが、かなり痛かったことを憶えています。
水膨れまでは行かなくても、ヒリヒリ痛いくらいの火傷もよくやりました。
どうやら、私は火傷する危険性の高い場面になると、注意力が低下するようです。
さすがに成人してからはそんなこともなくなりましたし、ただの偶然かな?とも思います。
しかし、体にこれだけ傷が残っているのだから、心の方にもきっと残っているはず…。
自分の記憶として言葉で語れない傷はこのまま抱えて行くしかないのでしょうか?
おエライ先生が教科書を書き換えるように、なかったことにしようとすれば歪みが生じるでしょう。
いつかその歪みに耐えられなくなった時のことを考えると怖いです。
思い出せたらいいのに、とも思います。
それもとても怖いですけど。