ボーダーコリー 「ボルド」と「マロン」と猫の「にゃきち」And「バディ」

ボルドは虹の橋を渡り、寂しそうなマロン。そこへヤンチャ怪獣バデイを迎え、ドタバタな日々が始まりました。

「てんかん」が「てんかん」を呼ぶ

2009年02月20日 | 私達のあゆみ

(私達の歩み 第6話)

初めて目の当たりにした発作、ショックでした。
心配でたまりません。

夕方、ボルドを迎えに行くと、
先生から「てんかん」について説明がありました。

「てんかん」は脳の病気です。
その原因は様々で、
外傷性の場合や遺伝性や脳腫瘍がある場合、
もちろん原因不明の場合もあること。
そして、
「てんかんがおきると脳細胞が死んでいく」と言われていること。

ここまで聞いていても、何だか絶望的な気がして・・、うーん。(泣)

ーさらに話は続きー
興奮気質のWANに「てんかん」は多いので、
出来るだけ興奮させないように穏やかな生活をした方がいい。
興奮を抑える意味でも去勢手術をした方がいい。

「興奮させない」って!

興奮しないボーダーコリーが普通?
「ボルドは異常なんだー」と、どん底!

「てんかんはてんかんを呼ぶと言われているため、
発作を起こさないように、薬を飲ませてください。」と言われ・・、
もう限界を超えつつある私。

心の中で叫んでいました。
てんかんがおきちゃってるから来てるんだし、
発作が起きそうな感じはわかっても、どうやって止めるのよー。
てんかんが呼んじゃうんじゃ、止めるの無理でしょー!
私が呼んでるみたいじゃない!
ふんっ!ふんっ!
もう冷静に聞けない状態、鼻なんか大きくなってたと思います。

この日からボルドの投薬生活が始まりました。
 


家に戻って冷静になると悲しいやら・・、悩みました。

でも、この時のことがすごく考え方の基本になりましたし、
この時から、冷静になることが出来たのだと思います。

先生は、薬についても詳しく説明してくださいました。
今日からフェノバールを朝と夜に2錠ずつ飲ませてください。
初めの1週間位は、
薬のせいでもうろうとしていて、ウトウト寝ていることが多いです。
次の1週間位で安定しますから、頑張ってください。
開始から3週間位たつと、
一般的には薬の濃度が体内で安定するので、
薬の濃度や肝臓への負担を調べるため血液検査をします。
もし、万が一
3週間の間に発作が起きたら
座薬を1錠入れて、電話してください。
座薬は、1日3錠まで使用可能です。
頑張りましょう!!と励ましてくださいました。

実は、この頃の私は、
ボルドといえども、まだWANのことが、少しだけ苦手でした。

(つづく)



     
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ついに発作が目の前で・・

2009年02月19日 | 私達のあゆみ

(私達の歩み 第5話)

「てんかん」と言われても・・・。
私達は状態を見ておらず、
症状もはっきりと伝えることが出来ませんでした。
動物病院で採血と注射を処置されて、
家に戻るまでは興奮していましたが、
その後落ち着いていて、ボルドも何事も無かったような・・。
スッキリした表情です。
 


そして、ついに私達の前でも・・・。

9月18日、夫婦でお休みだったので、朝食後ゆっくりしていると・・・・、
歩いていたボルドが突然立ち止まり、
スローモーションのように横に倒れてゆきます。
ボルドという置物が倒れるように。

一瞬何が起きたのかわからず、
ふざけているようにも見えたんです。
置物のように動かず・・
でも力が入っているように・・。

次の瞬間、
ガツガツと歯を鳴らし、痙攣が始まりました。
手足を振るわせ、走っているかのように足を動かし、
目は色を失っていないものの、遠くを見ているような目でした。
1分程度続き少し治まりかけた後、
さらにもう一度、
今度は硬直も強く、その後再度もがくように・・、
声を上げて苦しそうに、体をのけぞらせていました。

私達はどうして良いかもわからず、ぼーぜん。
でも、
パパ猫は声をかけ、目を観察して、
舌の位置を確認して体をさすっています。
私も一緒にボルドの体をさすり始め、声をかけました。
私の声でわれに返ったように、私をしっかり見ます。
「良かった」とわたし。
意識が戻ったボルドは息も荒く、全力で走った後のようでした。
そして、
部屋を落ち着き無く歩き始めました、
グルグルと少しよろけるようにフラツキながら・・歩き続けます。

急いで病院へ電話をすると、「連れてきなさい」と院長先生。
10分ぐらいで着くと、若い先生がボルドを診てくれて、
「以前もこんなことは無かったですか」と聞かれ、
5日のお話をすると「やはり、てんかん、かな」とひとこと。
「今日は点滴を打ちますので、夕方まで入院です」というお話。

家に帰った私達は、ほんとうに途方にくれました。
死んでしまうのか?入院は続くのか?etc・・・。
この日から、私の「てんかん」勉強が始まりました。
そしてこの日調べた結果、
てんかんの恐ろしさを知り絶望感を感じました。

後日わかったことですが、
発作の時は坐剤をいれ、発作後のウロツキがおさまって、
少し状態が安定してから動かした方が良いようです。
落ち着いたのに、興奮させては良くないようです。

(つづく)


     
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初めての発作

2009年02月18日 | 私達のあゆみ

(私達の歩み 第4話)

そう、私達が神経質だったからなのか・・。
この頃から、

興奮はさらに多くなり、反比例するように、
他のWANとの接点が、さらに少なくなりました。
人間としか遊べない・・・・。
この頃から私たち自身も
大きな「誤り」と「不安」を感じ始めていたんです。
もう一歩が踏み出せないまま、
日々の作業的な「散歩」「公園遊び」「室内遊び」の繰り返し・・・、
犬同士のスキンシップ、社会意識の形成がないままで・・・・。

そして
初めての発作があったと思われる8月18日、
ボルド1才1ヶ月。
岐阜の大学にいる長男が夏休みで数日戻ってくることになり、
夕方、怪しい空模様の中、東京駅に迎えに行きました。
幸い夕立も雷が少し鳴った程度で、
みんなで夕食を済ませた頃には、雨もすっかり止んでいました。

家に戻り、
長男とボルドの感動の初対面・・・・、
でも・・・、
何だかゲージが臭い・・・。
こんな臭い、あまりしたこと無いのに・・?
ゲージは全然濡れていないし、排泄の後も無い。
でも、そー言えば掃除していなかったかな・・・?、
夏で少し部屋も暑かったからでしょう。
私は気楽に考えていたんです。
だってボルドは、いつものように嬉しそうに、お帰りのポーズ。

ボルドはお兄ちゃん猫が気に入り、ベッタリ甘えんぼになっていました。
お兄ちゃん猫は犬は少し苦手だったようですが、
ボルドの優しさで1週間もすると
プロレスもどきにジャレあっていました。
そんな楽しい日々も、夏休みが終り、岐阜に帰る日が来ました。
ボルドもすこぶる元気で、
岐阜日帰りの旅にお供することに。

普段も1日中、車で移動しても大丈夫だったボルド。
でも、
今朝は家を出て暫くすると、吠え始めました。
途中のSAでも興奮が治まりません。
今までに人に吠えることは無かったのに・・。
「こんなこと初めてだね」とパパ猫と話していました。
 

富士山を過ぎる頃には疲れたのか、
おとなしく普段のボルちゃんに。
帰りはボルドも別れを惜しみつつ、
車中もおとなしく良い子でした。

そして、
忘れもしない9月5日、
猫娘が学校から帰宅して1人でいた夕方、
ボルドが私達の前で初めてけいれん発作を起こしました。
突然、
ゲージの中で泡を吹き、
バタバタと体を痙攣させ、硬直し失禁して、
少しして、
興奮して吠え始め、興奮は治まらず
1時間後、私達が帰宅した時も、まだ興奮している様子でした。
猫娘はショックで涙が止りません。
緊急事態であったことが理解できているのに、
何をして良いかもわからず、
ボルドが死んでしまう、そう感じたようです。

ともかく、急ぎ動物病院へ、
「てんかん」かも知れないとの説明。
私は「何それ?」って感じ。
「痙攣がまた起きるようなら、夜中でも良いから、すぐ電話して」と
この病院、そんなに大きくない病院かもしれないのですが、
若い先生が5人位いるので、夜間対応してくれます。

この時の先生から、ノートに記録を取るようにアドバイスされました。

ボルド1才2ヶ月。
そして、この日から・・

(つづく)


     
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これ変じゃない?

2009年02月17日 | 私達のあゆみ

(私達の歩み、第3話)

犬を飼ったことの無いパパ猫、
私と猫娘も生き物と言えば、「ニャッキちゃん」しか飼ったことが無いし、
でも、
心配なんていりません!
親切なペットショップの人に教えられたとおり、
忠実な生徒のマーボー一家。

たとえば、
「ワクチンが完了するまでは触れるのは最小限に」とか
「ゲージからあまり出さないほうが良い」とか
言われたことが気になり
何だか私達に無縁な、神経質になり、気が重くなり。

家に迎えて、
ぬいぐるみのように可愛がろうと思っていたのに、
触っちゃ良くないみたいな言葉で、
3ヶ月間あまり触らず、ゲージからほとんど出さず。
体重が9キロにもなるのに・・・。

 

本当にかわいそうな日々を過ごさせてしまいました。
ワクチンが終わっても暫く様子見てました。
そのタイミングでも一言、
散歩に出ても、
すぐだと抗体がついていないこともあるので、
特にほかのWANがしたオシッコの後なんかも気をつけて下さい。
もう何だか、
散歩中にほかのWANと接しちゃいけないみたいな感じでした。
事実避けるように散歩していました。

私達も一番可愛い時期を指をくわえて待たされていました。
今思えばボルドに可愛そうなことをしました。
私達の勉強不足で・・・。
ごめんねボルド!

 


ゲージから開放されたボルドとマーボー一家は、
そっりゃー、遊びました。
当たり前ですが、
まず散歩でしょ、
公園でダッシュ、フリスビーに興味を持たせて・・、
でもフリスビーより、追いかけっこが一番好きでした。
あとは、
ホームセンターで、見せびらかせて連れ歩き。
この可愛さを周囲に見せたくてしょうがなかったママ猫です。
そうそう、
車でいろいろな所へお出かけ。
助手席で吠える事もなく、私のひざの上にちゃんとのって、
外を興味深く見て・・。
そうそう、唯一吠えることがありました、
高速道路で右側を抜かしてゆく車に向かって、
パパ猫の顔を見て、抜かせとばかりに。
 

やはり一番いけなかったと感じているのは、
この時期まで来ているのに、
他のWANとの接点を持たせられなかったこと。
ドックランで「ほれー遊べー」ってことはしなかったです。
ご近所でリードつないだまま、少しご挨拶程度でした。
お会いするWANが、
「ワクチン済んでいるの」とか「病気じゃないよね」など
気にもしなくていいことなのに、言われてきたことが気になって・・。
こんな失礼なことを考えるほど、過敏になっていたんです。
まるで奇人、変人です。

ちょうど生後5ヶ月過ぎて、
やっと、「これ変じゃない」と思い始めて、
ドックランデビューをしようと思って、いそいそ向かいました。
ネットで調べた、ボーダーがいる伊香保のドックランへ・・。
 
 
でも、あいにく降りだした雨で、風邪を引かせてはいけないと
(これも過保護)
あきらめて帰ろうと思い、車を動かし始めると、
看板犬のサンちゃんとユパちゃんがちょうど出てきて遊び始めました。
その時どこかで低い大きな声で「ワン!ワン!」
それを聞いて、サンちゃんユパちゃんも「ワンワン」
身を乗り出すように、興奮して吠えるボルド。
何かが外れた瞬間でした。

そしてこの時が、ボルドの声を初めて聞いたときでした。
この時までボルドは一度も吠えることをしない子だったんです。
けっこう低音で「可愛くねーなー、でも雄々しさがあるな」とパパ猫、
この時からおとなしかったボルドに、
「興奮」という言葉が気になり始めたんです。

翌日からボルドとの散歩は、少しアグレッシブになった気がしました。
言い換えると、興奮しやすくなったのかもしれません。
欲求不満な感じに見えました。
あの時・・・、
ドックランで遊ばせてあげれば・・・。

私達が神経質にしていなければ・・。

と何度後悔したことか。

(つづく)

     
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誕生日

2009年02月16日 | ボルドとマロン

今日はパパ猫の誕生日
パパ猫本人は「大台にのっちゃったー」と何だか複雑。
でも、
ボルドもマロンも嬉しそう!
もちろん私も猫娘も嬉しい!

私達が喜んじゃ変・・・?そんなことぁないです。
だって、
ケーキは変わらず美味しいですモン。
 
 5本のローソクが・・。

 とーちゃん!毎月のように歳とってね
 
 うーん、それほどまでに見つめるのか。


このブログを
多くの方々に見ていただいて、ありがとうございます。


     
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ボルドのてんかん2 時間を追って

2009年02月15日 | 病気 てんかん

次に発作の詳細な状態と時系列的に回数を書きます。

1年半前、平成19年9月からの発作の状態は、
確認できている発症初回から次までが
2週間ほど間隔があいていたようです。
3回目がそこから2ヵ月後の11月でした。

平成19年10月頃からは発作監視のため、
日中録画して必ずチェックしています。
確実に回数の断定が出来るようになり、
私達も安心出来るようになりました。
その後は
1週間から2週間の間隔をあけ、確実に定期的に起きています。
状態は1回で時間も長くても2分程度、
完全に戻るのも30分から1時間でした。
マロンを迎えた20年1月、2月は少し復帰が早い気がしました。

半年を経過した3月頃から
複数回連続しておきる重積発作になりました。
1回の発作がおさまりかける時にまた次の発作が起きてしまうのです。
したがって1回とカウントされる発作の時間が長くなり
2分を5回も繰り返せば、10分の発作とカウントすることもあるようです。
この頃から声をあげる事が頻繁になってきました。

私の精神状態も、
8月からブログを始めて、少し気分が軽くなりましたが、
いつ起きるかビクビクした毎日を送っていて、
ここまでの1年間は精神的にきついものがありました。

10月からは
発作の間隔が、ゆっくりと確実に短くなり始めました。
しかし発作の起きない日が続き、安心しかけた頃、
12月に入り立て続けに発作が起きました。
それも、重そうな発作が数回おき、数時間後に再度おきたので、
今までと違い、すごく深刻な状態ではないかと危惧していました。
そして、
あの入院に繋がる大発作。

記事も投稿しましたが、
猫娘がお昼頃に学校から帰って来ると、
ボルドはゲージの中で発作が終わって、
排泄物にまみれた状態でした。
猫娘がシャワーで綺麗にシャンプーして、暫くは落ち着いていました。
録画の画像を確認すると、9時ごろから4回の発作が出ていたようです。
しかし暫くすると、また4回の発作が起き、
夕方からさらに少し重い発作が5回おきました。
猫娘が座薬などの必要な処置をして様子を見ていました。
その後は安定している感じです。
私達も帰宅して、様子を見ることにしました。
普段と変わりが無いように見えましたが、
念のため散歩は止めました。

でも、発作は止りませんでした。
1時間に1回というよりも、
1時間をかけた長い1回が毎時間続いていたのだと思います。
深夜から明け方まで。
たまたま休日にあたっていたので、
朝電話をしてすぐに連れて行き、入院となりました。
入院してからも、3日間発作は続いていました。

約1年半、約550日の間に約43回。
1回の中にある数回と入院中はカウントしていません。
単純に平均すると、約2週間に1回の発作頻度でした。

薬は、一般的なフェノバール、ゾニサミド、臭化カリウムです。
予防剤としてセルシンも投与したことがあります。
発作時の座薬は、ダイアップです。
それと我が家の場合、
ビタミンB6製剤を食事の時に与えています。
効果は無いかもしれません、
しかしながら、入院となる1ヶ月前に薬が切れて、
効果もわからないでいたので、与えないでいました。
退院してから、すぐにB6投与を再開して状態を見る限り
私は、ボルドには何らかの効果があるのだと確信しています。

てんかんの薬の量は、
状態応じて変化しています。
入院後は増量されていることは言うまでもありません。

初めに書きましたように、
「てんかん」は個体差があるようです、
マーボー家の場合をご紹介しました。


最後に、
「てんかんの発作で死亡する事はないです」そう聞かされていたのですが、
入院中の衰弱してゆくボルドをみていると、
入院2日目に、院長先生が言った
「こんなに良くやった飼い主さんはいないよ」
「充分やったんだから、胸張っていいんです」の一言。
私達から見ても、納得できる状態に感じました。
もしボルドがいなくなったら・・・。
退院までの1週間は、ペットロス症候群的な状態でした。

今だから思うのですが、
もしボルドがもっと年老いていたら・・、
もしガリガリに痩せていたら・・・、
もし入院中に「頑張って、家に帰るんだぞ!」と言っていなかったら・・。

退院してからのボルド、
顔の左側には麻痺があるようで、
口に入った物を咥えているのかどうかの感覚が無いようです。
また、ボールへの反応も鈍く、
目の前で弾ませたボールを見失うこともあります。
視野に障害があるのかもしれません。

あらためて、
私達マーボー家は、
「ボルドの死」に直面していたのだと確信しています。
いえ、いまだその危険性を持ったまま、
退院から45日間は発作がなく、平穏で嬉しそうに日々を送っています。

同じ病で苦しんでいるWAN仲間と
毎日を気にしている飼い主のみなさん、
私達はまだ1年程度しか「てんかん」と付き合っていない、
まだまだわからないことだらけのマーボー家です。

少しでもみなさんの参考になれば幸いです。



     
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ボルドのてんかん1 発作の状態

2009年02月15日 | 病気 てんかん

最近投稿している「私達の歩み」は
ゆっくりと、物語のように進みますので、時間がかかります。

先行して、
ボルドの痙攣発作について、まとめてみました。
それでも長いので分けて投稿します。

「てんかん」は、その子その子で差があるようです。
また、完全な根治法や「これで治る」という薬はないようです。
あくまでも痙攣症状を抑え、発作を起きにくくするだけの対処療法です。

投薬量はもちろん、その薬剤の種類、用法までも異なるようです。
投薬は発作がある限り続きますが、長期期間発作が起きない時には、
少しずつ薬の量を減らしたり、止めることもあるようです。

薬の濃度も、発作を抑える重要な要素となります。
症状や個体に合わない濃度、種類では、
発作を抑制できなかったり、
副作用という形で影響してしまうこともあるようです。
副作用という点では、薬である限り必ずあると思います。
ただ、病的な状態に進行してしまうほどの副作用の有無、
使用の是非はわかりません。
ボルドの場合、軽い状態ではないと思いますが、
1年半の投薬で、血液検査でも、
体に影響のある症状は現れてはいません。

発作の抑制が必要な理由は、
てんかんの痙攣発作は、酸素欠乏の状態を引き起こしやすく、
したがって脳に確実なダメージをも与えてしまうからです。

専門家でもない私達が、
可愛い家族であるボルドの発作状態や思うことを書いてみました。
勝手に信じて行なっていることも含んでいます。


それではまず。

発作の状態。
突然倒れ、または安静にしている時に、
突然手足をピーンと張るように、体を硬直させ発作が始まります。
息を止めながら力を入れて、
力が抜けると同時に、失禁する時もあります。
そして、
激しく体を震わせ、走っているように手足をバタつかせます。
時に、苦しそうに声を上げて。

発作の起き始めの頃、薬を飲む前、もしくは濃度が安定していない頃は、
1回の発作での、硬直から痙攣までの時間は1分程度でした。
回数は1回で復帰しています。
復帰してから平常の歩行、行動になるまで、
落ち着きを取り戻すまでの時間は1時間程度かかっていました。

いつ、どんな前兆で起きていたか。
ボルドの場合、
平常時に少し興奮している感じがありました、
コマンドが効かない、言うことを聞かない。
その一方で不安げな目で甘えてきていました。
実際に発作が起きるのは、大体いつも夜中です。
夜中に目が覚めてしまい、少したった時でした。

もうひとつ、時系列的な見え方なのですが、
発作が治まってから、次の発作まで。
バケツに水が溜まり、溢れて空になるような感じ。
つまりは、発作の後は次に起きそうな日まで、
徐々に「変になってきたかな?」とわかるような過程がありました。
家族ですし、すごく良く感じると思います。


次は発作の詳細な状態と時系列的に回数を書きます。

  
   
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ボルド誕生

2009年02月14日 | 私達のあゆみ

(私達の歩み 第2話)

お迎え計画が始動。
でも・・・、いざ探し始めると、
犬種だけでも・・「うわー」と叫びたくなるほど種類があります。

それでも私達の気持ちは・・「小さくても犬は怖い、可愛くない」でした。
引っ越してから2ヶ月が過ぎる頃に、
初めて、生まれて初めて、ペットショップで子犬を抱きました・・、嫌々。
「あー」とか言いながら、笑顔引きつらせたまま。えへへっ!

しかし、しかしなんです。
お家に戻って、にゃきちを眺めながら冷静に考えると、
うーん、「猫より可愛いかも」と思うじゃあーりませんか。
 

翌日、再度そのペットショップへ行き、もう一度抱いてみました。
パパ猫のご要望でジャックラッセル、
毛が少しあるほうが「フワフワでぬいぐるみ?」と感じました。
その時から、
パパ猫を気にせずにお迎え計画の「参謀」になりました。

パパ猫の希望していたジャックもビーグルも、
猫娘の「パパ猫が連れているイメージじゃない」の一言と
たまたまショップにいたパピーが、
パパ猫同様にオヤジ顔の感じがして・・・却下。
ぶつぶつお祈りをささげているかのようなパパ猫を後ろに
さっさと車に乗って、ニコッと「また来ようねー」。

毛がホワホワの「ぬいぐるみお迎え計画」に取って代わったところで、
タイミングよくゴールデンを「抱っこ」、これこれ、このフワフワ感
 
(ペットショップ コジマさん)

これですー!
かわいいいーと、勝手に内定!
今度は爺猫・・いやパパ猫の逆襲。
「階段を抱っこして下りれるかい?」
「体重が35キロ以上になるんだろ」
我が家は3階建ての小さな建売・・、
「ひと部屋あげるのか?」という言葉と、将来の犬介護を見据えて却下。

そんな時、ネットで見たボーダーコリーという犬種。
「頭脳明晰、飼い主の先を読んで行動する」こんなことかいてあれば、
羊を追う位だし、初心者には向いていないというけれど、
飼い主の先を読むぐらいだからと、勘違いして内定!

そしてついに、ふとネットでみたペットショップの紹介写真と動画。
猫娘も私も撃沈。
翌日、売れちゃうと困るので、急いで行ってみると、
いました。
いました。
  

抱いてみると・・、うーんぬいぐるみ!
 

冷静に「サマー割引ないの?」って、あるわけ無いと思ったら、
「ございますよ、あさってまで2万円引き」と聞いていて 
ニヤッと笑っていたと思います。
店員さんのほうが上手だったのかも・・(笑顔)

1週間後のお迎えの日。
恐る恐る抱いて連れて帰るときも、腫れ物に触るようでした。
そんな感傷的な時間も一瞬。
家に着くまでの車中でさっそく大物の片鱗。
くちゃい!くっちゃーい!
初仕事は生命の必然を処理すること、ですね。
この瞬間こそが、
新しい家族、ボルドの誕生です。

(つづく)

「てんかん」の話がまだ出ない、とご不満な方、
やけっぽちっと、どーぞ。

     
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ことの始まり(プロローグ)

2009年02月13日 | 私達のあゆみ

(私達の歩み 第1話)

このブログを始めてから、
ボルドの「てんかん」についての投稿記事は
年末の入院記事を除くと2回程しかありません。

ボルドの発病から現在までを、少し詳しく紹介してゆこうと思います。
犬を飼ったの初めて、
病気の知識なんて無い私達、
ボルマロ家が辿った道です。

事の始まり。
パパ猫はご幼少の頃から団地やマンションに住んでいていたので、
猫は飼えても犬は飼えない状況だったそうです。
そんなパパ猫の「いつの日か犬を飼ってみたい」という欲望から、
事は始まりました。
 

しかし、しかし。
私も猫娘もパパ猫の家族となる前まで、生きるものは苦手の方でした。
にゃきちに慣れて11年が経ちましたが、
いまだ、にゃきち以外の猫は苦手です。
でも、虫は冷酷に殺しますけれど・・おほほほっ。

 
2年半前にマンションから、
現在の建売住宅への引っ越しを機会に、
パパ猫から念願の犬を迎えるお話が、恐る恐る私に告げられました。
もちろん結果は言うまでもありません。
じわりじわりとパパ猫の洗脳計画が実行され、
引越しから1ヵ月、ついにパパ猫の猛攻に屈したのでした。
猫も苦手な私と猫娘は、小型犬ならと「お迎え計画」に参加することに。

(つづく)

 
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涙を流すほどに

2009年02月11日 | ボルドとマロン

ボルドの散歩は、距離を少しずつ長くしています
長くなると足の裏は、ずいぶん傷口が大きくなり始めました。
ただ、治りも早くなってきていますので、慣れてきているのだと思います

今日も暖かい時間を選んで散歩に出ました。
ボルマロ地方は、まだまだ畑も多い地域です
 

ただ、大通りは国道なので、交通量はいつも多いんです
今日はこれでも少ない方です。
 

30分も歩いたところで、ボルドが足を引きずり始めました。
散歩のときの必需品・・「靴下!・・・・・子供用
  

ずいぶんと散歩も行きたがるようになりました
退院した頃は、当然のようにお留守番してました
今は以前のように、われ先に行きたがります

散歩から戻ると、いつものように「にゃきち」がお出迎え。
(カメラの準備が遅くなり座って出迎えを撮れませんでした
 
 
 マロンとゆっくり階段を上がる途中で、にゃきちゃんもお待ちかね
 

おやつのリンゴをお待ちかね 
 
至福の時?
涙を流すほど嬉しいようです。
退院してから「涙もろい」ボルドです

辛かったねボルド、
いまこの時がすごく幸せなんだよね
 
 
以前にも増して仲良しのボルマロです
 


 
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