【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

今日(狂)の狂言 : 10月23日(水曜日) & 旅と文化の足跡が野帳

2024-10-23 05:10:10 | 浪漫紀行・漫遊之譜

★ 忘備忘却録/きょうの過去帳・狂 

☆ 年号を明治に改めることにすると共に、年号が天皇の私有物となることに(1868年=慶応から明治に)。 ☆ ドイツの総統がスペインの総統に第二次世界大戦への参戦をせっつくものの、昼寝時だったため実現せず(1940年=西仏国境アンダイで会談)。 ☆ 平成天皇に初孫が生まれる(1991年)が、惜しくも女の子だった。待望の男の子が生まれるには、更に15年の時を待たねばならなかった。

◎ ◎ 創刊120年以上の“ナショジオ”が綴る【 そうだったのか! 】 =第 16 回= ◎ ◎

1921-1956期 追考 « ナショジオが伝えた原子力時代の幕開け »  1/2 

……National Geographic Journal Japan 〉 ニュース〉 旅&文化〉 より……

2012年8月1日 / (Web編集部)

 長く激しかった戦争の終わりはそのまま新しい時代の到来を意味しました。国境や地名は大きく変わり、そのおかげでナショジオの地図製作部は大忙しでしたが、何も新しくなったのはそれだけではありません。

 飛行機やレーダーなど、皮肉にも戦争はテクノロジーを大きく発展させました。  なかでも人々の関心を集めたのが原子力でした。

 原子力の扉を開いたのはもちろん広島と長崎に投下された原子爆弾です。その威力を見れば、以前とは次元の異なるチカラを人類がもってしまったことは明らかです。また、ソ連をはじめ、いずれはほかの国も原爆を完成させるといわれていました。もしもたくさんの国が原爆をもって、核戦争にでもなったりしたら……という恐怖は当初からありました。

「大いなる災厄であると同時に、大いなる希望でもある」そして「世界はもう二度と元には戻れない」といったのは、原爆を完成させた物理学者ロバート・オッペンハイマーです。この恐るべきチカラをどう扱ったらいいのかという問題は、戦後、いや、原爆が投下された直後から米国の国民的関心事でした。

 1945年10月号の「あしたの新世界(Your New World of Tomorrow)」はそんな状況をよくあらわしています。

 第二次世界大戦が完全に終わったのは1945年9月でしたから、10月号は戦後最初の号です。その巻頭特集がこれ。新しいテクノロジーによって、これからどんなふうに暮らしが変わっていくかを予測する、まさに新時代の幕開けを告げる内容です。

「ラジオの驚異」「テレビの未来」「“電気の時代”が始まった」「明日の航空路線」、なかには「テレビコマーシャル」とか「冷凍食品」なんて項目もあったりして、見出しを眺めているだけでも楽しめます。

 その筆頭が「原子力の時代(The Age of Atomic Power)」でした。こんな書き出しです。 「それ(ロケット)以上にセンセーショナルなのは、原爆によって幕が開いた原子力の新時代だ。  原爆のすさまじいパワーは、想像も及ばない宇宙の営みの力、太陽をはじめとする恒星が膨大な熱を出しながら何百万年も輝き続ける力とほぼ同じである」

 簡単に原子力の原理を解説したあとで、こう続きます。 「新しい世界では、少なくともある程度は原子力が石炭、石油、水力と置き換わるだろう。

 巨大な産業プラントや光やシステム、あるいは戦艦や大型船舶などを動かすために、数トンのウラニウムが何千トンもの石炭や石油と同じだけの仕事をこなせるだろう。

『だが、まずは』と、ある科学者が私に言った。『我々は原子力をコントロールするすべを学ばなければならない。原爆ではこの力を解放する方法を学んだだけさ。それは樽のなかとエンジンのなかのガソリンのように違うんだ。樽のガソリンをマッチ1本で爆発させることなら誰にでもできる。でも、自動車のエンジンのなかでガソリンを自分たちの役に立つようにコントロールすることは、もっとずっと複雑だ』」

 平和利用の構想があったとはいえ、まだ原子力発電の実験すら始まっていませんでした。

 1946年には戦後はじめての核実験である「クロスロード作戦」がビキニ環礁で行われます。『ナショナル ジオグラフィック』はその状況を1947年の4月に写真とキャプションだけで伝えているのですが、その前の46年7月号にビキニ環礁で暮らしていた住民の引っ越しのレポートを掲載しています。

 タイトルは「さよならビキニ(Farewell to Bikini)」。最初と最後の段落を引用してみましょう。 「1946年2月の中頃のこと。マーシャル諸島のラリック列島にあるビキニ環礁の住民が、突然、現代文明に襲撃された」

「『さよなら』という言葉が交わされた。『また明日来るからね』と以前のように言えたらどんなにいいだろう、と私は願っていた。私は『さよなら』を繰り返した。だって、私だけでなく、おそらく彼らにとっても、もう二度とここに戻ることはないだろうから。文明と原子力時代がビキニにやってきた。そして、彼らは邪魔だったのだ」

 レポートが発表された46年7月は、核実験が行われたまさにその月でした。  その後、ソ連に先を越されることを恐れた米国は1952年11月に初の水爆実験に成功(。

さらに7カ月後の53年6月号には「原子力に耐え忍ぶことをネバダは学ぶ(Nevada Learns to Live with the Atom)」というショッキングな体験レポート(!)が掲載されます。

・・・・・・・・明日に続く・・・・・

次回は “ «ナショジオが伝えた原子力時代の幕開け» 2/2“ に続く・・・・・

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森のなかえ

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