NOBUの独り言日記

暇にまかせて、つまらないことを呟いています。

予言

2023-08-26 14:17:44 | 日記

予言者と言われる人は世界中におり、予言書と言われるものも数多い。なぜに人々は予言が好きなのか?

 

多分、未来が不確定で、不安であるからだと思う。いつまで経っても収まらない世界中の紛争、人口・食料問題、気候変動やマイクロプラスチックといった環境問題。さらにはスペースデブリといった宇宙にまで問題は広がっている。

 

こうした状況の中で、予言もまた絶望的である。第三次世界大戦、大災害、人類の滅亡等明るいものはほとんどない。予言が、人々に警告を与えるものだとすれば、それも仕方がないのかも知れないが、あまりに暗い内容では気が滅入る。

 

しかし、予言などというものは本当に当たるのか。多くの予言者がいるが、100パーセント当たるという人はいないようだ。予言の中の幾つかが当たれば、予言が当たった、凄い人だということになってしまう。数うちゃ当たるてきに多くの予言をすれば、中には当たるものもある。また、あやふやな表現でどうとも取れる予言を当たったことにしてしまうものもあろう。

 

例えば、東京オリンピックの延期を当てたという人がいるが、オリンピックが予定通り行われるかどうかは二つに一つ(中止も入れれば3択)。それを当てたからと言ってそんなにすごいとは思えない。

 

大災害だって、いつかは来るものだ。何年何月、何処で起きるかを特定して予言しなければ、本当に予言したことにはならない。(2011年3月に大災害が起きると何年も前に予言した漫画本が話題になったが、年月を特定して当たったのは本当に珍しい)

 

いずれにしても、予言は所詮予言。当たるも八卦、当たらぬも八卦である。自分としては、本当に当たるのであれば、自分の死ぬ時期を当ててほしい。そんなに長生きしたいとは思わないし、自分の死ぬ時期が分かれば、いろいろと算段もつき、これからの人生が生きやすくなるような気がする。ただ、あなたは明日死にますよと言われたら、もうちょっと待ってくれと必死に懇願するだろうから、やはり未来は分からないほうがいいのかも知れない。

 





夏の6句

2023-08-08 14:36:09 | 日記

立秋となりましたが、まだまだ暑いですね。

夏の6句です。

 

 

コルトレーン 命日の夜に 何を聴く 

(7月17日はコルトレーンの命日)

 

炎天下 喜怒哀楽も 溶かしけり

 

猛暑なり 蟻も見かけぬ 昼の庭

 

庭先の 小さき花火 バケツ置き

 

蛍火を 追って何処まで 夏の宵

 

コンビニの 冷やし中華で 一人飯

 




 


飲み過ぎて

2023-07-22 13:55:52 | 日記

先日、久しぶりに外で酒を飲み、飲みすぎてしまった。

家に帰ってから、エアコンも付けずに寝てしまい、真夜中に暑苦しくて目を覚ました。熱中症が頭をよぎり、起き出して水を飲んだが、すっかり目が覚めて、しばらく寝付かれなかった。

 

酒はそんなに強くないのに、料理がおいしいと、ついつい飲みすぎてしまう。生ビールから始めて、日本酒の鳳凰美田、田酒、鍋島、森嶋と行ってしまった。飲みすぎは、頭にも体にもよくない。いい年をして、それは充分わかっているつもりなのに、時々こんなことがある。

 

自制のきいた生き方も望ましいが、それだけでは寂しい気もする。人間いろいろと後悔するものだ。飲みすぎだって、翌日のつらい気分を乗り越えれば、次第に回復している自分を感じ、それはそれでわずかな嬉しさもある。そんな言い訳をしている自分である。

 

酒といえば、昔から思い描いている情景がある。さびれた港町の小さな酒場で、一人酒を飲んでいる。流れている音楽は、マル・ウォルドロンの「レフトアローン」(または八代亜紀の「舟歌」)。季節は秋か冬。店には他の客はなく、女将さん一人だけ。私は、残り少ない人生を振り返るでもなく、静かに酒を飲んでいる。  

 

そんな日が、いつか訪れるのであろうか。

 

 





環境を守る?

2023-07-14 14:11:41 | 日記

ある国立公園の湖畔にクリンソウが群生している。花の時期には多くの観光客が訪れ、マスコミにも取り上げられている。しかし、それを喜ばない人たちもいる。彼らによれば「クリンソウは人為的に持ち込まれたもので、もともとあの場所にはなかった。環境上問題だ」ということらしい。

 

ある県立自然公園の小さな湿原には水芭蕉が咲いていたが、これも人為的に持ち込まれたものだとして問題になった。10年ほど前には国・県・市が一体となって「生態系維持回復事業」の中で水芭蕉の除去が行われた。

 

侵略的外来種のように地域の自然環境に大きな影響を与えるものならいざ知らず、その土地に適合して生き延びている植物を、なぜ目の敵にしなければならないのか。

 

元々いなかった場所に蔓延るという意味では、その最たるものは人間だ。人間はいたるところを開発し、自然を壊してきた。その結果、多くの生物を絶滅に追いやった。さらに人間はその経済活動で地球に大きな負荷を与え、温暖化等地球規模の問題をおこしている。

 

その人間が、在来種を守るためという名目で、可憐な水芭蕉を引き抜いている。なんとも皮肉なものだ。

 

 





モッコクの花

2023-07-06 20:49:20 | 日記

我が家のモッコクに花が咲きました。

 

モッコクは常緑樹で、葉を見る木と思っていましたが、花も咲くのですね。

雌木と雄木があり、雄木には雄花しか咲かないみたいです。

 

シャクナゲやアジサイばかりに目がいって、モッコクの花にはほとんど気が付きませんでした。

 

人それぞれ、花それぞれ、それぞれの生があるんですね。